メディアグランプリ

疲れ果てた私は「安い! 簡単! 便利!」をやめることにした


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:佐藤 穂奈美(ライティング・ゼミ)

「はいっ! じーさん! 写真撮るよ~」

10秒のタイマーが光りだす。

自分も慌てて写る位置に駆け込む。

「3、2、1……」

あれ??? 光らない。

「あれっ、おっかしいなあ。じーさんしっかりしてよ~」

私はじいさんの頭をガンガンはたく。

じいさんは驚いたように「カッッ」と目を開けた。

そうそう、言い忘れたがじーさんとは下取りに出しても値もつかなくなった古いフィルムカメラの愛称だ。決してわたしが老人虐待をしてるとか、そういうのじゃない。いや、してるのか……? とにかく、じいさんは古すぎてあちこちガタが来ており、自動で開くはずのシャッターカバーもあいたりあかなかったりの、なかなかのボケっぷりを見せてくる。
古いし使いにくいしで最近のカメラブームに乗って買おうかな、と思っていた一眼なんかとはえらい違いだ。
そもそもピントひとつ合わせるのにも一苦労なのだ。私の腕のせいだという反論はこの際受け付けない。じいさんがわるい。フィルムカメラだから1つのフィルムで25枚前後撮るのだが、わくわくして現像したものを見るとぼやんぼやんで撮った本人でさえ何を撮ったか分からない奇跡の1枚がたくさん出てくる。
カメラ初心者へたくそヤロウとぽんこつジジイ。
この文字にしてしまうとなんのメリットもない謎のコンビが誕生したのは、私が社会人生活に疲れてふらりと実家に帰った時のことである。

慣れない社会人生活に加えて終電間際の帰宅、さらに最寄駅から家まで無駄に遠いというトリプルパンチに私はほとほと疲れていた。
元々自炊がすきだったはずなのに、もうめんどくさいしコンビニでいっかとコンビニ通い。社会人生活も慣れたらお弁当作ろ! と勇んで買った弁当箱もいつの間にか封印され、気付けば外食三昧。それは最初はよかったのです。最近のコンビニは惣菜なんかも充実してるし、そもそもコンビニで買えば割りばしをくれるから洗い物もいらない。安い、簡単、便利、最高だ。外食だって最近の牛丼屋は、なかなかおいしい。深夜のラーメンなんて麻薬的なやばさがある。東京って街はどんな時間にクタクタになっているサラリーマンに、いつだってやばくておいしいごはんを提供してくれる。
とにもかくにも私はわずかでも自分の時間を確保したかった。だってそうしないと、家に帰ってシャワーを浴びてすぐ寝たら、もう今日と明日がつながって、無限に会社に行っているような気分になるんだもの。
そんな暮らしを半年ほど続けた頃、部屋でコンビニ弁当をつつきながら唐突に思ったのだ。

「あれ、わたしこんなに疲れて、ここで何してんだろ」

そう気が付いたらダメだった。

もう、なんというか、どっと疲れを感じた。
今までがむしゃらに走り抜けてきてぜんぜん気付かなかった、というか棚上げにしていた疲れが、ドオオッとわたしのこころになだれ込んできたのだ。
夢を持って東京に出てきたは良いものの、東京の一人暮らしは案外孤独なのだ。
少年ジャンプばりに夢と理想をガソリンに日々燃え尽すように生きている若者にとっては、夢の途上でふとガス欠になって「ああ、じぶんは疲れてるんだ」と自覚してしまったとき、なんの努力もなしに「自分が自分である」というだけで、自分の帰りを待ってくれる家がないというのは、とてもくるしい。ほんとうに世界で自分ひとりきりしかいないんじゃないか、自分には友だちなんてひとりもいないんじゃないか、みたいな気持ちになる。東京は「だれかが誰かで」あるときにはやさしいけれど、インフルエンザにかかりました、みたいな「自分であること」以外なんにもできなくなってしまった人にはすこし孤独な街だ。わたしたちの人生ではジャンプの主人公みたいに、最高のタイミングで最高の仲間が現れたりしないし、何度倒れてもすぐ起き上がるようなタフにはそう簡単になれないのだ。

ここぞというときにキーマンが出てきて、「こちらへ進め」なんてストーリーを大逆転させてもらえる当てもない私は、ひとしきりの孤独タイムを終え、なんだか無性に母の手料理が食べたくなった。だから次の週末、実家に帰ることにした。犬に会って癒されよ、なんて思いながら。

週末、特急で1時間半の場所にある実家に帰るといつも通り、はしゃぎまくる犬とシワシワでやさしいじじばばといつも変わらぬ両親が出迎えてくれた。
リビングで最近どうなの、みたいななんでもない会話をしていると、ダイニングテーブルに置いてあるいかにも古めかしいカメラに気が付いた。
わたしが尋ねると、母は「あ~、それはあんたがこどもの頃よく写真を撮ってあげていたカメラなんだけど、新しいの買ったし、売りに出そうかと思ってカメラ屋さんに持っていったの。そしてら、古すぎて値がつかないから、ご自宅に置いておいたらどうですか? だって。すこし壊れててちゃんと撮れないし」と、めんどくさそうにカメラを手に取った。
私はそのカメラが捨てられて燃やされるところを想像したら、なぜか猛烈に切なくなった。初めて見るのに。
「そのカメラ、もらえない?」
私はそう言っていた。
「え~、荷物になるからやめときなよ」
そう言う母から「まあ、いいじゃん」とカメラを奪い、私はその古すぎて値もつかない、やたら重いカメラを東京に持って帰った。
そのカメラは電池式だった。新宿である電気屋に行くと「うちでは扱ってませんねえ」と言われ、カメラ専門店にも行き、そこでも振られ、もう1軒……。
やっとこさ電池を手に入れ、フィルムも買う。フィルムをセットしてどうやって撮るんだろ……とかちゃかちゃいじってたらパカッとフィルム部分の蓋が開いてしまった。ああ、感光しちゃったよ……ていうか「感光」ってなつかしい。じいさんのやつ、なかなか手がかかるな……。
電池を手に入れるのに苦労したあたりから、私の中でのそのカメラの呼称は「じいさん」になっていた。でも、なんだか私はたのしかったのだ。ただ写真を撮りたいだけ。それなら、今もポケットに入っているスマホで撮ればいいのに、わざわざ手間も余計なお金もかかるこのカメラで撮った写真が見たい一心で新宿の街を右往左往してる。父が幼いわたしを撮るために覗いたこのレンズで、このカメラが来るはずもなかった新宿の街を撮ってみたい、と思った。御苑でも行って撮るか、と向かう道でも、かしゃりかしゃりと撮る。撮ってすぐ確認もできないから、どんな風に撮れたかな、とわくわくも募る。
日が暮れるころ、私はすっかりじいさんがすきになっていた。
まだ寝起き半分な感じでたまにシャッターを閉じっぱなしにしちゃうところも、手のかかる子供みたいでかわいい。帰り道、カメラ屋さんでフィルムを出して帰宅した。

数日後、受け取った写真は判別ができないものが3分の1くらいあった。最初の方は感光しちゃってるし、シャッターが開ききれずに上下が黒くなってしまってるものもある。
だけど、気のせいかもしれないが、じいさんの撮った写真はいい感じに色あせていて、やさしかった。じいさんが切り取った街の人々は、ちゃんと生きてる感じがした。

東京も、わたしたちの生活もめまぐるしい。わたしたちは生きるためにごはんをたべなきゃいけないし、ねなきゃいけない。だけどある人は、ごはんを食べるためにはじめたはずの仕事のせいで、ごはんを食べる時間もちゃんと取れなくなっている。
がんばる人に「安い! 簡単! 便利!」は本当にありがたい。私もよく助けられている。でも、たまには、ちょっと回り道をしても、ちょっと面倒なことをしてもいいのではないか。
「ちょっと面倒」な時間が、わたしたちにわくわくをくれることもあるし、「ちょっとの面倒」そのものが楽しいことだってある。
シンプルで合理的な暮らしももちろん日々の中では必要だけれど、たまにはコンビニの惣菜を自分のすきなお皿にあけるくらいの「ちょっとの面倒」がわたしたちのきもちをふっと軽くさせることもあるのかもしれない。

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この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2016-12-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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