無くして良かった
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記事:静川 謙在 (ライティング・ゼミ)
高間は去年のクリスマスに送料込み3足3000円の靴下を買った。普段100円均一ですましている高間にとって靴下に3000円ものお金を使うのは一大事だった。カートに入れてから購入ボタンを押すまでに2週間程かかった。なぜか赤色に見惚れてしまったのだ。履くのが勿体無くて下ろしたのは今年の12月になってからだった。その赤い靴下を一度履いただけで片方を無くしてしまった。しばらく無くしている事にすら気づいていなかった。気付いたのは初めて履いてから1ヵ月は経っていた。タンスの引き出しをすべて開けて探してみたが見当たらなかった。その靴下が今日洗濯機と壁の隙間に眠っていた。高間は思わずガッツポーズをした。301号室の人ごめんなさいとつぶやいた。靴下を片方だけ盗む人なんているはずもない。
無くしたと思っていた片方の靴下が見つかって喜びを感じたことで高間は他にも失ったものは何かなかったかと考えた。何かなかったか? あった。情熱だ。
高間は19歳の時に俳優になろうと決めた。2年間で250万円貯金した。バイトがない日はいつも映画を観ていた。本を買って発声練習や演技の練習を一人でしていた。1年間英語の勉強をして、もう1年で演技の勉強をしようと考えていた。21歳でハリウッドに行き1年間語学の勉強をしたがものにならなかった。そんな事で諦められる夢だった。結局地元の大学の経済学部を卒業してからは日本でサラリーマンをしていた。帰国後自分より若くて海外で活躍している人をテレビで見るとすぐにチャンネルを変えるようになった。彼らが稼いでいる金額に嫉妬したのではない。戦わずに戦線離脱した自分を思い知らされたからだ。高間がアメリカンドリームと意気込んでから21年が過ぎていた。今何をしていてもあの当時の情熱が甦らなかった。
脱サラをして農業の勉強をしていたこともあるがイネに触ると肌が荒れて話しにならなかった。農業をやりたいのではなくサラリーマンを辞めたいという目的では続くはずはなかった。高間は携帯電話の販売・すし職人・証券外務員・英語教師・テレマーケティングと転職を繰り返していた。その都度給料は下がっていたが気にしていなかった。自己啓発の本を毎日のように読んでいたが日常は何も変わらなかった。自分より若い人がテロや事故で亡くなったニュースを見た時だけ自分は幸せと思えた。高間は自分の内側から沸き起こるものが何もなかった。衝動が欲しかった。
「高間しっかりしろ!いつまで惰性で生きるんだ!これからどうするんだ!」高間は自分に叫んでいた。お金も成功も考えず脇目も振らず走りたかった。だがどこに向かって走ればいいのか? もう40歳という声をかき消したかった。まだ40歳だと鼓舞してくれるのは自分しかいなかった。
プロ野球選手の契約金を知り活躍しなくてもあんなに貰えるのなら野球をやっとけばよかったと思い、Jリーグが始まり華やかな選手を見るとサッカー選手になればよかったと思った。要はお金だった。医者や弁護士になろうと思っていた日もあった。誰かを助けるためではなく私利私欲の為に。初めてお金という対象を外して見つかった俳優という夢ですら挑戦する前に終わってしまった。有名になったらソープランドに行けなくなるからと自分を慰めていた。
高間は会社で報告書が雑だといつも上司から指摘されていたので週末にライティング講座を取り始めた。毎週最低2000字がノルマだった。書ける訳ないと思っていた。書き終えるのにかなりの時間を費やしていたが講師の「15分もあれば書ける。手書きで書こう」というアドバイスに従って書き始めたら15分は無理だったがいつも一日がかりで書いていたものが1時間足らずで書き終えるようになっていた。締め切りのしんどさはあったが書き終えたときの充実感は自然と笑みがこぼれるほど大きかった。
作家という言葉が浮かんだ。またその程度の夢かもしれない。才能はないだろう。無謀なのは承知している。19歳の情熱と比べたら冷めているかもしれない。だが今度は戦場に居続けよう。辞めたいと思っても辞めるのは止めにしよう。戦って敗れよう。書きたくない日は書く気がない自分はどういう人間なのかを書こう。
高間は誇りに包まれた靴下を洗濯機に入れずに手洗いをした。靴下が見つからなければ新たな目的も見つからなかった。靴下を無くさなければと言った方が良いかもしれない。
高間の19歳は情熱があった。40歳の今は焦燥だ。行動の源泉は違うが高間は動き始めた。書き始めたら止まらなくなった。食べたい・眠たいよりも書きたいという気持ちが強い訳ではない。しかし食べる・眠ると同じように書くが日常になった。ベストセラー作家になれなくても売れない作家で居続ける事はできる。高間は久しぶりにアルコール無しで酔うことができた。
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