死ぬ間際に後悔しないために手に入れた、どこでもドアの話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:リコ(ライティングゼミ)
「ママ、行ってきまーす!」という元気な長男の声に続いて、旦那の声が響いた。
「じゃあ、行ってきます」
我が家の男たちは声がでかい。
「はいはい、いってらっしゃーい! 気を付けてねー」
私はドアがしまるのも待たず、玄関からキッチンに戻った。
鍋の蓋がカタカタといい始めているのが聞こえた。
大変大変。ジャガイモが煮崩れてしまう。
今日の夕飯は肉じゃがの予定だった。
幸いまだお湯がグラグラと煮立つところまではいっていない。
最近学んだ煮物のコツ。
それは沸騰させないこと。
キッチンに戻った私は真っ先に火力を最小にした。
ダイニングテーブルに出っぱなしになっていた朝ごはんの食器を下げて、食器類をさっと洗うと、鍋の様子をもう一度見た。
肉にも野菜にも火は通っていそうだ。
もう火を止めても大丈夫だろう。
煮込み料理は冷めるときに味が染み込む。
夕飯までにはきっと美味しくなっているはずだ。
私は鍋の火を止めて時計をみた。
始業時間まで、あと5分。
そろそろ出社の時間だ。
私はデスクで愛用しているサーモスのマグカップを手にコーヒーを注ぎ、どこでもドアに向かった。
皆さんは、東京のラッシュを経験したことが、あるだろうか?
数年前まで、私は霞が関に勤務していた。
ご存知のように、霞が関には多くの官公庁がある。
加えて、霞が関周辺は東京オリンピックに向けて再開拓されていて、ここ2、3年新しいビルが建った。オフィスの数は増え、通勤者は増える一方だ。
ラッシュ時の混雑は本当にひどい。
私は地下鉄で会社に通っていた。
地下鉄に乗る時間は8時台後半。
電車は大層混んでいた。
自宅の最寄り駅で電車にのるのは大変だった。
最寄り駅に着くころ、電車はすでに満員だ。
電車が駅につき、ホームのドアが開くと、お客さんがどっとおりてくる。
別に、降りたお客さんが全員この駅に用があるわけではない。
本当にその駅で降車するお客さんは、ほんの一部だ。
それでもそうしないことには、奥の方にいる本当にこの駅で降りたいお客さんが降りることができないのだ。
いったん大勢のお客さんが降りたあと、道を開けるために降りたお客さんと、新たにその駅から乗り込むお客さんが電車に乗り込む。
乗り込み始めた時点では、ホームには人が溢れている。
これ全員入るの? というくらい大勢の人がいる。
それでも、だましだまし、詰めていくと、これが意外と入るのである。
見ず知らずの人と秩序をもって協力できるのは、日本人ならではの、もはや技術だ。
その「乗ったり降りたり」は一駅一駅繰り返され、霞が関が近づくにつれて、大仕事になっていく。
一度乗った後の車内は身動き一つとれず、新聞はおろか、本を開いたり、スマホをいじったりするのも難しかった。
インフルエンザの流行る時期、満員電車の中でコンコンと咳をする中年サラリーマンとぴったり体をくっつけながら私は思っていた。
ああ、どこでもドアほしい……。
私は遠距離通勤の経験者でもある。
それほどのラッシュでなければ、通勤時間は自分の時間といえる。
特にスマホを持つようになってから、本を読むことに加え、ネットサーフィンだって、ゲームだって、電車の中でできるようになった。
でも、電車の中でできることは限りがあるし、通勤に片道2時間かかったら、1日のうち、仕事の時間+4時間は家の外で過ごすことになってしまう。
家事をする時間や、家族と過ごす時間は確実に減ってしまう。
小さい子どもを育てながら仕事をする私にとって、会社から保育園に向かう帰り道ほど気が急くときはない。
帰りの道の私は、早く迎えに行って、あの子たちに夕飯を食べさせなければ! という気持ちでパンパンだ。
そんな中、たらたらと電車に乗るのは耐え難かった。
私は帰りの電車の中でいつも思っていた。
ドラエもーん! どこでもドアだしてよー!
私はサラリーマンだ。
先進的とは言い難い、良くも悪くも日本企業らしい日本企業に勤めている。
そんなうちの会社に、3年ほど前、テレワークの制度ができた。
私は当時それを他人事のように見ていた。
家で仕事ができるなんて、あまりに夢のような話だと思った。
正直に言って、うちの会社のような古い風土の会社で、その制度が運用できる気がしなかった。
実際、制度はできたものの、制度を利用する人はいなかった。
ところが、私の状況が変わった。
小さい子どもを抱えたし、職場が変わった。
この状況での遠距離通勤は厳しい。
もはや、退職かという選択肢も浮かんだとき、テレワーク制度があることを思い出した。
社内一番手として名乗りをあげるのには、勇気がいった。
特に目立った成績でもない自分に、そんな優遇を受ける資格があるとは、思えなかったからだ。
それでも、私は手をあげてみた。
有難いことに上司が後押ししてくれて、私は週に数回テレワークをすることになった。
テレワークを始めて一番心配したのは周りの目だった。
あいつ実は家で仕事してないんじゃないのか、と思われるのではないかと、心配だった。
実際のところ同僚たちがどう思っているのか、実はまだ図りかねている。
でも、この不安は私と、たぶん会社にとって、逆によい方向に働いている。
私はその不安があるからこそ、もっと成果を出さなきゃと強く思って、前より前向きに、主体的に仕事をするようになったからだ。
はじめてみてのメリットはたくさんある。
仕事を始めるギリギリの時間まで家事ができるし、家族で過ごす時間が増えた。
びっくりしたのは効率の良さだ。
仕事があまりに効率よく進むのだ。
家で仕事をしていると、人の電話を取ったり、周りの雑談で気が散ったりすることがないのでサクサク仕事ができるのである。
こんな風に、始めたばかりのテレワークは、すこぶる好調だ。
少し前の調査では、アメリカではなんと20%の人が、週に一回以上テレワークをしているという。
お役所や超優良企業だけのモデルケースだけではなく、中小企業でも普通のことになっているそうだ。
日本では、ちょっと普及が遅れているように見える。
会社に制度があるかどうかという壁に加え、運用できるかどうかという壁があるのだ。
制度があったとこで、実際はなかなか利用が難しい。
それは、秩序を重んじる日本人の体質とも、深く関係しているように思える。
実際私もやりたいというのには、結構勇気がいった。
私がテレワークに立候補したきっかけは、ある本だった。
その本には、死ぬ間際に多くの人が後悔することについて書かれていた。
死ぬ間際に多くの人が後悔すること。
それは、「家族ともう少し長く一緒に過ごせばよかった」だそうだ。
私はこれを読んでテレワークに立候補しようと決めた。
私の背中を押したのは、家族だった。
日本では、まだまだそんな制度ないよ、という会社の方が多いかもしれない。
でも、きっとテレワークの制度は導入する会社が増えれば増えるほど、制度を使う社員が増えれば増えるほど、ドミノ倒しのように増えていくんじゃないだろうか。
日本で、現代の「どこでもドア」がどのくらいのスピードで普及するかは、1人1人のドミノの勇気にかかっているのかもしれない。
家族に背中を押されてぱたっと倒れてみた私は、次のドミノがぱたっといくことを祈っている。
私は、テレワーク制度が普及して、みんなが家族で過ごす時間が増えて、死ぬ前に後悔しない人が増えることが、日本をよくすることにつながると結構本気で信じている。
そしたら、ほら、朝の霞が関のラッシュだって、ましになるかもしれない。
もうすぐ2017年。
ドラえもんはまだポッケからどこでもドアを出してくれないけど、現代のどこでもドアはドラエもんじゃなくて人が作れるのだ。
この文章がどこかのドミノに届くことを祈りつつ。
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