恋人がくれた高級ボールペンが私の失恋の証だった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【12月開講申込みページ/東京・福岡・全国通信】人生を変える!「天狼院ライティング・ゼミ」《日曜コース》〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
→【東京・福岡・全国通信対応】《日曜コース》
記事:長井美由(ライティング・ゼミ)
真っ赤なリボンをほどいた中から出てきたのは、銀色に輝く高級ボールペンだった。
それを見た瞬間、私は全身からさっと血の気が引くのがわかった。
「……あ、ありがとう」
絞り出すように言ったお礼の言葉はかすかに震えていたかもしれない。笑顔が強ばらないように精一杯努力したつもりだったけれど、それが成功したとは思えなかった。
でも、彼は全く気にとめなかったようだ。
「気に入ってくれると思ったよ」
そう言って笑った彼の顔を見つめながら、私はこの恋がもうすぐ終わることを悟っていた。
だって、彼がくれたそのボールペンに、私はとても見覚えがあったから。
そしてそれは、彼が私を愛していないということを、十分すぎるくらいに、教えてくれていたから。
付き合ってから2回目のクリスマス。私は恋人に送るプレゼントに悩んでいた。
色々考えた結果、これからの就職活動にも使えるようにと、少し良いボールペンをあげることに決めた。ネットで見たおすすめのボールペンをいくつかピックアップして、私は百貨店に向かった。
クリスマス前の百貨店は人で溢れていた。お目当てのボールペン売り場に着いてショーウィンドーを眺めていると、横からさっと1人の男性が現れた。彼はどうやら私と同じ目的だったようで、スマートフォン片手にショーウィンドーを覗きこみ、店員の女性に声をかけた。
「すみません、これをお願いします」
その人が指差したのは、私が買おうかと考えていたボールペンだった。ネット上のおすすめでも1位になっていたから、やはり人気なのだろう。私もそれにしようかなと思っているうちに、男性は颯爽と買い物を済ませて帰って行った。
店員さんの手が空いたところで今度は私の番だと思い、声をかけた。
「これ、試し書きってできますか」
指差したのはもちろん前の男性と同じボールペンだ。すぐに決めてしまってもよかったけれど、折角だし高級ボールペンの書き心地とやらを私も試してみたい。ちょっとした好奇心で、私は店員さんにお願いした。店員さんは快く承諾してくれた。
「……あれ?」
ペンを手にとってすぐに、私は違和感に気がついた。つるりとした銀のフォルムは見た目には美しいけれど、グリップがないせいか、握ってみるとどこか心許ない。それに、重心が上方に寄っているみたいで、何となく軸がぶれてしまう。さらにいえば、インクが紙に引っかかる。滑らかな書き心地とは到底言えそうになかった。
「いかがですか?」
接客スマイルで聞いてくる店員さんには申し訳なかったが、私は正直に感想を伝えた。
「うーん、少し書きにくいような気がします。私には合わないのかも」
すると驚いたことに、店員さんはしたり顔でこう告げた。
「実は、そうおっしゃるお客様が多いんです」
店員さんは、なぜかネット上では人気となっているこのボールペンが、実際にはあまりおすすめの商品ではないこと、試し書きをせずに買っていく人は多いが、試し書きをした人で買っていく人は滅多にいないこと、特に恋人へのプレゼントにするならば、絶対におすすめしないということを、滔々と語ってくれた。
「恋人にこれを渡したら、この人は自分へのプレゼントを選ぶのに碌に時間をかけてくれなかったんだなってわかってしまいますから」
そうして私は結局、店員さんがおすすめしてくれた別のボールペンを彼にプレゼントした。
そして、クリスマスプレゼントを渡してから約一ヶ月後。
私の目の前には、美しい銀色のボールペンがあった。恋人がお返しにとくれたプレゼント。本来喜ぶべきはずのその銀色の輝きが、私には悪夢みたいに思えた。
だってそのボールペンこそが、まさにあの、最悪のボールペンだったのだから。
それはつまり、彼が私のプレゼントを選ぶのに、ほんの一瞬の試し書きの時間すらも、割いてはくれなかったということだった。
そんなことくらいで、と人は言うかもしれない。たかがプレゼントのひとつくらいで、人の愛を量ることはできないだろうと。私だってそう思いたかった。
でも、本当は薄々気がついていた。
たとえば彼と一緒に出かけるとき、私はいつも彼の隣を小走りで付いていった。彼がこちらを顧みて速度を緩めてくれたことなんて、一度もなかった。
待ち合わせに遅刻は当たり前。メールの返事も疎らで、デートはもっぱら彼の家だった。
ボールペンはあくまできっかけにすぎなかった。
私の失恋の証として、どうしようもなく目をそらせない現実として、目の前に現れたにすぎなかった。
見かけだけ立派で中身の伴わない高級ボールペンは、いつの間にか空虚になっていた私たちの関係性に、よく似ていた。
最後に別れを切り出したのは私からだったけれど、あれはまさしく私の失恋だったのだと思う。
別れを切り出したとき、彼が傷ついた顔をしたから、それに甘えたくなったけれど、結局それは、「私」と別れることが嫌なのではなく、「都合のいい恋人」と別れるのが嫌だっただけ。そしてそのことからずっと目を逸らし続けてきたのは、他でもない私自身だった。都合のいい恋人を演じる方が楽だって、ちゃんと彼と向き合うより簡単だって、逃げていただけだった。
あのとき、店員さんがあんな話をしなければ――。
試し書きをしようなんて思わなければ――。
そもそもボールペン以外のものをプレゼントに選んでいれば――。
あるいは――隣を歩く彼の手を取って、「もう少しゆっくり歩いて」って言える勇気が私にあれば、何か違っていたのかもしれない。
だからやっぱり、この銀のボールペンは、私の失恋と怠惰の証として、もうしばらくは手元に残しておこうと思う。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
【12月開講申込みページ/東京・福岡・全国通信】人生を変える!「天狼院ライティング・ゼミ」《日曜コース》〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
→【東京・福岡・全国通信対応】《日曜コース》
【天狼院書店へのお問い合わせ】
TEL:03-6914-3618
天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL 092-518-7435 FAX 092-518-4941
【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
【天狼院のメルマガのご登録はこちらから】