プロフェッショナル・ゼミ

息子が、学芸会で、主役でもないのに、一瞬、たった一人で舞台に立っていたワケ《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中村 美香(プロフェッショナル・ゼミ)

あれ? その他大勢の「町の人」のはずだよね?
コウが、ひとりで、そろそろと舞台袖から出てきたのを見て、私は驚いた!
コウと入れ替えに、それまで舞台上にいた泥棒役の児童たちは、反対側の舞台袖にはけて行った。
だから、その一瞬は、舞台上には、4つのドアを背景に、コウだけがいた。

どうして脇役のコウが一瞬ではあるものの、ひとりで舞台に立っていたのだろう?

***

先週の土曜日、息子のコウの小学校で学芸会があった。
前日の金曜日には、リハーサルも兼ねて、児童たちは音楽や劇を披露し合い、他の学年のそれを鑑賞し合ったようだった。
土曜日は、保護者たちのための鑑賞日になっていて、児童たちは、自分たちの学年の演技だけをして、それ以外の時間は、教室で授業を受けるということになっていた。

学芸会の練習は、ひと月程前から始まった。
1・3・5年生は、合唱や合奏を、2・4・6年生は劇をすることに決まった。
息子たち2年生は、3クラス合同で、“アイウエオリババ”という劇をすることになった。

“アイウエオリババ”と聞いて、よくわからなかったので調べてみると、アラビアンナイトの“アリババと40人の盗賊”を原作とする、小学校の学芸会用に作った児童劇らしいということがわかった。
ストーリーは、原作と大筋では変わらないけれど、主人公が、アリババ・イリババ・ウリババ・エリババ・オリババという五つ子という設定らしい。

コウの小学校は、11月に、展覧会と学芸会を隔年で交互にやることになっているので、2年生のコウにとっては、今回が初めての学芸会だった。

役決めをするという日の前夜、私は、まるで自分のことのように、ソワソワしていた。
「何の役にするの? 主役のオーディションってあるの?」
「オーディションて何?」
私と対照的に、コウはやたらと落ち着いていた。
「やりたい役を実際にやってみて、うまい人がそれになるとか、そういうやつだよ」
と、オーディションについての雑な説明をしつつ、
「コウは何の役をやりたいの?」
と、聞いてみた。
すると、コウは
「ナレーターか、町の人」
と、言った。
「ナレーターかぁ、それもいいね! 町の人かぁ……。アイウエオリババのどれかをやればいいのに! 主役に手を挙げてみたら?」
「嫌だよ! 目立ちたくないもん!」
そうかあ……目立ちたくないんだ……。
親としては、少しでも出番が多かったり、見せ場がある方がいいなと思ってしまうけれど、目立ちたくないと言われてしまうと、そもそものベクトルが違うから、期待できないなと思った。
「主役に手を挙げたっていいんだよ! コウは幼稚園の劇の時も、ちゃんと役に成り切って上手だったし、きっとできるよ!」
と、諦めずに、もうひと押しだけしてみたけれど
「絶対にヤダ!」
と、コウは言い切った。

翌日、役決めを終えて、コウが学校から帰ってきた。
「どうだった? 役決まった?」
「うん」
「ナレーターになれたの?」
もうこの際、ナレーターでもいいや! ナレーターも華があるし!
そう思って聞くと
「ううん。ナレーターには手を挙げなかった」
と、コウは言った。
「どうして? ナレーターになりたかったんじゃないの?」
「ナレーターは人気で、なりたい人が多かったんだよ」
「コウだって、やりたい! って、言っていいんだよ! 言わなかったの?」
「だって、もめたくないもん。僕は平和に暮らしたいんだ」
それも、大事なんだけどね……と、もどかしく思いながら
「結局、何になったの?」
と、聞いたら
「町の人だよ」
と、コウは言った。
そっか……町の人か……。
「コウは町の人がやりたいんだね?」
「うん。だって目立ちたくないから」
じゃあ、仕様がないな。
ようやく、私は諦めた。

私が、学芸会にこだわるのには理由があった。
コウは、とても繊細で、慎重で、おとなしい性格だ。
だから、何事にも最初は積極的に取り組まないところがある。
幼稚園の時も、泣かない日の方が少ないくらい、毎日のように、何かしらが原因で泣いていた。
幼稚園の先生は、コウの性格を知って理解し、寄り添うように接してくれていた。だから、居心地は決して悪かったわけではないと思う。けれど、それでも、日々起こる様々な出来事は、コウにとって刺激が強いようだった。そのために、おそらく、泣く日が多かったんだと思う。
そんなコウが、年少の学芸会を境に、少しだけ変化したのだった。

その時は、またしても、その他大勢の悪役を演じたのだけれど、他の子と比べて、表情がとても豊かだったのを覚えている。
顔をくしゃくしゃにして、コウなりに悪い顔を作っていたのだ。
その一生懸命さに感動し、だけど、その顔がおかしくて、私は、泣きながら笑った。
そして、その日から、コウは少しだけ自信がついたように、ほんの少しだけれど、泣くことが減った気がした。

年中の時も、年長の時も、学芸会を境に、それぞれ少しずつ成長したような気がした。

コウは、もしかすると、役に成り切ることが結構合っているのかもしれない! という淡い期待が、実は、あった。
だから、あわよくば、今年も、学芸会を通して、一皮むけてほしいという期待があったのだ。

学芸会の練習は、授業の合間に、毎日のように行われた。
コウは、練習の時間を、少し怖がっていた。
それは、コウが演じる「町の人」役を指導する先生が、声の大きな青山先生だからのようだった。
青山先生は、3人の、2年生の担任の先生の中で、一番若く、一番声が大きかった。
コウが学校から帰ってくると、
「声が小さいって怒られて泣きそうになったよ」
と、言う日もあれば、
「振りつけを自分で考えてやったら、すごく褒められたよ」
と、言う日もあった。
風邪をひいて、声が出にくい日があって、学校に行くのを渋っていたから
「風邪をひいているんだから、声は出せるだけ出せばいいよ。無理しすぎなくていいんだよ」
と、送り出したら
「やっぱり、声が小さいって怒られたよ」
と、帰ってきてから言っていた。
ああ、そうか! そういう時も怒られちゃうんだな! と、私は、少し切なくなった。
「でもね、昼休みに廊下で会ったらね、『頑張れ』って言ってくれて、ちょっと嬉しかったんだよ」
と、コウが言っていたのが、なんだか、とても、いじらしかった。

本番前日の金曜日。
この日は、リハーサルも兼ねて、児童たちが練習の成果を披露しあい、他の学年の演技を鑑賞し合あう日だった。
帰ってきたコウに
「どうだった? うまく行った?」
と、聞いたら、小さく頷いた。そして、他の学年の演技に感動して、涙が出そうになったことを話してくれた。
「そっか。明日、楽しみにしているね!」
そう私が言うと、コウはニッコリとした。

学芸会当日。
体育館の前方には、体育で使う白いマットが敷き詰められていて、その後ろにパイプ椅子が並べられていた。一番後ろに、跳び箱の最上段だけが並んでいて、それがビデオ撮影コーナーになっていた。

前半に1・3・5年生の音楽の発表があり、休憩をはさんで2・4・6年生の劇の発表の時間だった。コウの出る劇は、休憩時間の直後ということだった。

私は、
「他の学年のも見てほしいんだ」
と、コウに言われていたこともあって、1年生の音楽の発表の時間から、見に来ていた。
自分の子が出ていないのに、やはり、子どもたちの声を聞いていると、じわーっと感じるものがあり、目が潤みっぱなしだった。
1年生のまだ幼い声も、3年生の元気な声も、5年生の美しい2部合唱も、どれも胸に響いた。

休憩時間に、後から来た旦那と合流し、パイプ椅子席から、前方のマット席に移動した。

もうすぐ、コウの演技が始まる!
前半とはまた違った緊張感で、その時を待った。

開演5分前に、コウは、客席から舞台に向かって右側の、舞台の下に作られた待機用のひな壇の2列目に座っていた。
ひな壇は3段になっていて、コウの座っていた場所と線対称に、それは舞台の左側にもあって、同じく児童たちが座っていた。
自分の登場シーン以外にBGM的に歌を歌うので、それが観客席に聞こえるようにそうしたつくりにしてあるようだった。
自分の出番が近づくと、ひな壇から立って、舞台袖に移動する段取りらしかった。

「プログラム5番。2年生による劇“アイウエオリババ”です」
先生によるアナウンスがあって、音楽が流れて、劇は始まった。

ナレーターの役の子たちが登場し、物語を勧める。
アリババ・イリババ・ウリババ・エリババ・オリババの五つ子の主人公たちが登場。
泥棒たちは、町から財宝を盗み出し、洞窟にしまい込む。
その後、その洞窟の岩が
「ひらけ! ごま!」
の合図で開くことを知ったアイウエオリババは、その財宝を取り返し、町の人たちに配る。
それを見ていた、近所に住む、欲張りな夫婦は、洞窟の岩を開ける合図を聞き出し、洞窟へ行くけれど、財宝を物色していた時に、泥棒たちに見つかってしまう。
そして、捕まってしまったふたりは、
「宝を盗んだのはアイウエオリババなんだ!」
と、告げ口をしてしまう。
怒った泥棒たちは、アイウエオリババに復讐しようと、明るいうちに、町に来て、寝込みを襲うために、アイウエオリババの家に“バツ印”をつけるのだった。

そして、コウたち、「町の人」たちが登場するはずだった。
ぞろぞろと出てきて、会話をする。
そういった場面を想像していた。

ところが……

あれ? その他大勢の「町の人」のはずだよね?
コウが、ひとりで、そろそろと舞台袖から出てきたのを見て、私は驚いた!
コウと入れ替えに、それまで舞台上にいた泥棒役の児童たちは、反対側の舞台袖にはけて行った。
だから、その一瞬は、舞台上には、4つのドアを背景に、コウだけがいた。
「泥棒たちに見つかったらどうしよう」
コウは、頭を抱える動作をして、気弱な「町の人」を演じている。
どうやら、泥棒たちがドアに“バツ印”をつけたのを目撃した「町の人」役だったらしい。
その後、主役のアイウエオリババと相談し、全てのドアに“バツ印”をつけた。
そして、小走りで、舞台袖に消えた……。
主役も、五つ子だから、ひとりでは舞台に立たないのに、どうして脇役のコウが一瞬ではあるものの、ひとりで舞台に立っていたのだろう?

物語は、夜になって、泥棒たちが町に戻ってきて、“バツ印”が全部の家についていることに気づく。混乱し、アイウエオリババに翻弄される場面へと続く。
そして、泥棒たちは捕まえられて、洞窟に閉じ込められてしまう。
その後、泥棒たちが改心し、みんなで、なかよく暮らすことになり、めでたしめでたし……という話だった。

私は、主役でもないのに、どうしてコウが一瞬ではあるものの、ひとりで舞台に立っていたのだろう? という疑問で、頭がいっぱいになっていた。
その一瞬、体育館いっぱいの観衆が、コウのことを一斉に見ていたのかと思うと、ドキドキした。

2年生の劇が終わり、手が痛くなるくらい拍手をして、マット席を4年生の保護者に譲り、またパイプ席に移動した。

4年生と6年生の劇も鑑賞し、さすがだなと思った。
一年一年、子どもというものは、心も体も成長するんだなと、感慨深かった。

「コウくん、頑張ってたね! 堂々とセリフ言ってたね!」
小さい時からコウのことを知っている、お友だちのママが、そう言ってくれたのも嬉しかった。

5時間目の授業が終わって、コウが学校から帰ってきた。

「コウ、お帰り! コウ、すごいじゃん! よく頑張ったね!」
玄関に迎えに行ってそう声をかけると、コウは、少し恥ずかしそうに笑った。
そして
「青山先生が、今日は1万点満点だって言ってたよ!」
と、話してくれた。

手洗いうがいをすませ、コタツに入ったコウに、さっきからずっと気になっていた疑問を投げかけてみた。
「コウさ、町の人役なのにさ、ひとりで舞台に出ていた時があったね!」
すると、コウは、急に倒れるように寝転がり、渋い顔をした。
「あれは、最悪だった」
「え? なにそれ?」
「今日学校に行ったら、『町の人6番』がお休みだった」
「へ?」
よくよく説明を聞くと、コウは「町の人7番」で、本来ならば、「町の人6番」の女の子と一緒に舞台に出て行って、ふたりで順番にセリフを言う予定らしかった。
6番の子が
「大変! 大変! アイウエオリババ!」
と、言った後に
コウが
「泥棒たちに見つかったらどうしよう?」
と、言うのが正解だったようだった。
それが、6番の子が欠席だったため、急遽、ひとりで舞台に立つことになったらしかった。
「そうだったんだね! 大変だったね! だけど、立派に頑張っていたよ!」
そう私が言っても、コウはあまり納得していないようだった。

「ビデオ見る? お父さんが撮ってくれたよ!」
「うん!」
と、少し乗り気に返事したかと思うと
「やっぱり、見たくない」
と、言い出した。
全体は見たいけれど、自分の姿は見たくないらしい。
「じゃあ、自分の時は、目をつぶっていれば?」
そう言って、一通りビデオを流した。
コウは、自分の登場シーンは、コタツの布団をかぶりながら、チラチラと見ていた。

見終わった後
「すごく、よかったよ。恥ずかしがることないのに!」
と、私が言ったら
「だって、先生が、“へた”だって言ってたんだよ」
と、コウが言った。
「え? 先生が?」
一瞬、耳を疑った。
「一万点満点って言ってたんじゃないの?」
「青山先生は、そう言っていたけれど、上田先生が黒板に『下手』と書いていたからさ。僕たちの座っている台の人たちが『下手』で、反対側の人たちは『上手』だって書いてあったよ」
えー? そんなこと黒板に書くのかね?
全く信じられなかった。
しかし、その後、ハッとした。

それって、“へた”じゃなくて“しもて”じゃない?
“じょうず”じゃなくて“かみて”じゃないの?

「コウ、多分、それって違うよ」
そう言って説明してみたけれど、よくわかっていないようだった。
しかも、どう見ても、コウは“かみて”に座っていたし……。

「とにかく、それは“へた”っていう意味じゃないから安心しな。実際、“じょうず”だったし!」
そう言ったら、コウは、ようやく、ホッとしたように笑った。

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