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プロフェッショナル・ゼミ

彼に求めていたのは、ルノワールのまなざしだった《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吉田裕子(プロフェッショナル・ゼミ)

「真弓さん、次はいつ」
「うーん、次は無いですかね。ごめんなさい。これ、私の分のお会計です。飲み物飲んでから出るので、まとめて払っておいていただけますか? 今日はどうもありがとうございました」

満面の笑みを浮かべつつ、拒絶の意をきっぱりと伝えた。男は一瞬、呆気にとられた顔をしたものの、すぐに席を立ち、振り返ることもなく帰って行った。きっと慣れているのだろう。ちょっとかわいそうな気もしたけれど、いちいち気に病んでいたら、婚活なんてやっていられない。

私は、すっかり冷めてしまったハーブティーに口を付ける。飲み切らなくては元が取れないと考えてしまう。貧乏性だ。何せ、ここのホテルのラウンジでは、ハーブティーが1杯1,200円もするのだ。飲み干したくもなるものである。

婚活にはいちいちお金がかかる。これは実際に始めてみて分かったことだ。結婚相談所よりも安く済むと聞いて、ネット婚活にしたのに、それでもそれなりにかかる。

私は今、28歳。親にはさんざん急かされているが、婚活市場においては、十分に若いといっていい。サイトに登録してからというもの、ひっきりなしにメッセージが来る。最初は驚いた。実生活で縁がなく、婚活の門を叩かなくてはならなかった人間である。もう“自分が異性に求められている”と感じられること自体が嬉しかった。

最初は最低限の情報だけを公開する。メールを何回かやりとりする中で、信頼できそうであれば、ちょっとずつプロフィールを公開するのである。そうしたプロセスで、顔写真を相手に公開すると、たいてい「まず一度、会いませんか」というリアクションが返ってきた。これは大きな自信になった。

というのも、私は長年、外見にコンプレックスを抱えていたのである。中高生の頃には必ず、クラスの中の地味なグループに入れられたものだ。顔と性格は必ずしも連動するものではないと思うけれど、地味グループで過ごしているうちに、性格も顔に似つかわしいものに固まっていった。大学デビューを一瞬考えたけれど、結局、テニスサークルに入る勇気は出なかった。

今日は同じラウンジで、別の男性とも待ち合わせていた。いったん出ることにし、ホテルの化粧室で、自分の顔と相手のプロフィールの最終確認を行う。週末で何人もの相手と会うような生活をしていると、誰が誰だか混乱し始めるのだ。

えーと、これから会うのはお医者さんだった。

賢人さん(まだ苗字は知らない)。
34歳。

1ヶ月前からやり取りしてきた人で、まだ顔写真は交換していなかった。

どんな人なんだろう。期待と緊張から、つい自分のメイク直しにも力が入る。

そして、ルノワールの《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》がプリントされたスカーフを取り出し、絵柄ができるだけ見えるよう、カバンに結んだ。これは、顔を知らない相手と会うために、事前に決めておいた目印だ。

「プロフィールを見ました。ルノワールがお好きなんですね。それほど絵に詳しいわけではないのですが、僕も好きです。優しい雰囲気が良いですよね」

最初にそんなメッセージを送ってきた人だから、私は賢人さんのことを「ルノワールさん」と記憶していた。何通かのメッセージをやり取りして感じたのは、「僕」という一人称がよく似合う、繊細で優しい文章を書く人だということだ。どことなく文化的な香りがして好もしかった。

「あの……真弓さんですよね?」
ラウンジの入り口で待っていると、声をかけてきたのは、小ぎれいで、少し線の細い印象の男性だった。年齢よりも若く見える。色白で、清潔感と透明感を持った人だった。

「はい、真弓です。よろしくお願いいたします」
会釈をして顔を上げると、賢人さんは、少し驚いた表情をしていた。

こういう経験はよくある。

それは「あ、思ったよりも可愛かった」という表情なのだ。逆に言えば、会う前には「この年で婚活に走る女だし、きっとブサイクなんだろう」と高をくくられていたわけである。随分とバカにされたものである。まあ、それでもいい。今、「思ったよりもかわいかった」と思ってくれていれば。

婚活では、残酷なまでに人を値踏みするのも「お互い様」だ。

ここからは、初めて会うときのお決まりの流れだ。個人情報が特定され過ぎない範囲で自己紹介をし、小一時間の雑談だ。

初対面の相手と、1対1で雑談。これは思いの外、難易度の高いコミュニケーションなのだが、賢人さんとの初対面は、ルノワールに助けられて円滑に進んだ。

「ルノワールは、幸せな絵が多くて好きですね。社会の闇を告発するような芸術も必要だと思うんですが……。個人的な好みとしては、明るい、幸福感のある作品を見ていたくて」
「きっと、真弓さんはポジティブな人なんですね」
というやり取りをきっかけに、お互いの性格の話になったし、
「僕はもし1つ挙げるなら、あの、ピアノを弾いている姉妹の絵が好きです。あんな子どもたちがいたら可愛いなぁ、って」
というところから、子どもは好きか、何人ぐらい欲しいか、という、婚活では非常に重要なポイントが話題にのぼった。

国立新美術館でやっているルノワール展にでも行ってみませんか、という形で、次回の予定まで自然に決まったのだから、もうルノワール様様であった。実を言えば、私はそれほど熱心なルノワールファンではなかったけれど、何がきっかけであっても、相手と仲良くなれれば万々歳。プロフィールにルノワールが好きだと書いておいた過去の自分に感謝した。

それから2週間に1度のペースで会い、4回会った頃には、「もしこの人と結婚できたら、素敵だろうなぁ」と想像するようになっていた。

気が早い……だろうか。

確かに、まだ4回。まだ本性まで見えているわけではないだろう。婚活という状況下で会っている以上は、よく見せようと演技をしている部分もあることだろう。実は、性格上の難点があるかもしれない。そんな風に疑う気持ちは残りながらも、会っていてしみじみと感じる居心地の良さに惹かれた。丁寧な言葉遣いと、誠実な気遣いからは、夫婦になっても、こまやかに関係性を育んでいけそうだという予感を誘った。私は、賢人さんの使う、「僕」という響きが好きだった。

そう考え始めると、他の男性へのメッセージへの返信が億劫になってくる。今なお、次々と届くメッセージ。ずらりと並ぶ件名をいい加減に眺めながら、賢人さんに想いを打ち明けてみようかと思案する。

……あれ。そういえば、婚活って、どれぐらいで決着をつけるものなんだろう。

気になって検索してみたところ、「婚活は即断即決!」などと煽る文言がある一方で、「その相手、結婚詐欺ではありませんか!?」という警告の言葉が目に飛び込んできた。

私はここで、心地よい夢から醒めることになる。

気付いてしまったのだ。

自分は、賢人さんのことを何も知らない、と――。

お医者さんとは聞いていたけれど、何科のお医者さんかも知らなかった。当然、病院名も知らない。大学名はたしかサイトに書いてあった。そう、◯◯大だ。年収は……3,000万円以上で登録がなされているけれど、何だか開業医ではなさそうだし、34歳で、こんなにももらえるものなのだろうか。いったん疑い始めると、全てが疑わしくなってくる。

そもそも、この登録条件が本当だとしたら、彼はわざわざ婚活なんてしなくても引く手あまたなのではないだろうか。どうして婚活なんかしているんだろう? 遊び目的? もしかして、実はバツイチとか、何か厄介な事情を抱えているんだろうか。

モヤモヤが膨らむ。耐え切れなくなった私は、自分の中で禁じ手としてきた行為に踏み切った。

この前初めて聞いた彼の苗字を含め、フルネームで検索をかけたのである。

トップに出てきたのは、彼のFacebookだった。顔写真は彼本人だった。職場の情報は登録されていなかったが、出身大学は聞いていたものと同じだった。そういった部分で嘘をつかれていないことが分かって、ひとまずホッとした。

医師と付け加えて、さらに検索をかける。

すると、彼の勤務する病院のホームページが出てきた。

それを見て、私は、彼の年収額に納得した。

それと同時に、これを私に黙っていた理由も分かったような気がした。彼が最初に私を見たとき、ちょっと驚いた顔をしていた理由も――。ああ、もしこの推測が当たっているとすれば、次どんな顔をして会えば良いのだろう。私は赤面した。動揺した。どうしたらいいか、途方に暮れた。

そのことばかり考えているうちに、カラオケデートをしようと約束した日曜日になった。

合流しても、何も尋ねられないまま、部屋に入った。聞きたい質問が頭の中でぐるぐる回り、会話も上の空だった。今日は、このまま無邪気にデートし続けることは難しいと思った。

飲み物が届き、賢人さんが1曲目を入れようとしたとき、私は口を開いた。

「賢人さん、美容外科で働いてるんですね」

「え、どうして」

「ホームページにたどり着いちゃいました」

「あぁ。そうですか……」

その気まずそうな沈黙を確かめてから、私は1番聞きたかったことを切り出した。

「私の整形、気付いていましたか?」

私から目をそらしたまま、賢人さんは答えた。

「……はい。最初に会ったときに。目とあご、ですよね」

恥ずかしい話である。私はあのとき、「この人はきっと『思ったより可愛かった』と驚いているのだろう」なんて思っていたのだから。こちらが一種の得意を感じていたとき、「あ、整形してる」と思われていたわけである。私ってば、何てイタいやつなんだろう。

私の中で、当時の自分の浅はかさを恥じる気持ちが沸騰する。そして、全てを見透かしていながら今日このときまで黙っていた賢人さんに、一種の憤りを覚えた。彼は何も悪くないのかもしれないけれど、裏で「整形女」と思われていたかと考えると、悔しくて、いたたまれない気持ちになった。とりあえず、この場にはいられないと思った。

私はすぐに立ち上がり、カバンを掴んで出て行こうとした。しかし、賢人さんに止められた。出て行こうとした状態のままで、腕を後ろから掴まれた。

「真弓さん。このまま、こちらを向かないで、聞いてもらって良いですか」

私はそれでもなお、振り切って帰ろうとした。でも、賢人さんは私の腕を強く掴んで離さなかった。

「話していたら、僕、泣いてしまうかもしれないので。でも、聞いて欲しいです」

真摯な声色に、私は動けなくなった。

「大学に入った頃、僕には彼女ができました。他大の子でしたが、高校の同級生だった人です。その頃からずっと好きだった人でした。告白して、付き合ってもらえて幸せでした。彼女も、僕のことを心から好きだと言ってくれました。でも、1年と少しして、僕はフラれました。嫌いになったんじゃない、一緒にいて辛いのだと言われました」

「……何でですか?」

「僕は私大の医学部に行っていました。医学部生ってだいたい、医学部専用の運動部やサークルに入るんです。僕、今でこそガリガリですけど、当時はバスケ部に入っていました。まぁ、それで卒業後に活きる人脈を築く訳です。そこには、女子大の女の子たちがマネージャーとしてたくさん来るんです。そして、何かしら名目をこしらえては、派手な飲み会をやるんです。僕も、そういう場に顔を出す機会がありました。彼女にはそれが辛かったようです」

「嫉妬……ということですか?」

「広く言えば、そうなんですけど、ちょっと違う部分もあって。僕は、彼女が嫌がっているのを知って、そういう会に行くのを止めました。……でも、それでもつらいと言うんです。彼女はよく『私はきれいじゃないから』と言っていました。『賢人くんならもっときれいな人と付き合えるのに、私なんかと付き合っていることが申し訳なくてつらい』と。まぁ、たしかに、女子大の子たちは華やかでした。アイドルやモデルのような子がたくさんいました。それに比べ、彼女はどちらかというと素朴な子でした。でも、だから何だって言うんでしょう」

「彼女の性格が好きだったんですか?」

「性格はもちろん素敵でした。それにですよ。彼女を好きだった僕は、彼女の顔だって、大好きでしたよ。一つひとつが愛おしかったです。……でも、彼女は、自分の顔が、そして結果として、自分のこと自体が嫌いだと言って、よく泣いていました」

悲痛な話に、私は何も言えなくなる。整形前、私だってそうだった。

「そのまま連絡がつかなくなって、それで完全に終わりです。僕は、彼女に、彼女自身の素晴らしさに気が付いて欲しかったのに、全然伝えることができなかったんです。自信を持ってもらうことができなかった。それだけ彼女にとって、外見というものは大きい要素だったんですね」

賢人さんの手は震えていた。

「だから、僕は美容外科医になったんです。外見が自分のブレーキになってしまう人を何とかしてあげたいと思った。してあげたいって言うとエラそうかな……それは、善意というよりは、僕が彼女にしてあげられなかったことの償いのような気持ちです」

少し黙った後、賢人さんは私の腕を強く握った。

「真弓さんはそのコンプレックスを突破しようと勇気を出したわけでしょう。お金を準備して、リスクを覚悟して、踏み込んだんでしょう。その想いを、尊敬こそしても、軽蔑なんて全然しないです」

私は静かに、彼の方に向き直った。

「僕は、真弓さんのぱっちりした目も、ちょっと低い鼻も、同じように好きです」

賢人さんは真剣な表情でこう言い切った後、自分のセリフが「好きです」という言葉を含んでいることに気が付いて、急に照れたようで、少しうつむいた。そして、慌てた様子で、掴んでいた腕も離したのだった。

私はこのとき、自覚することになる。

整形を決意したとき、私はきれいになりたかったのではないのだ、と。

……きっと、愛されたかったのだ、と。

そして、そのとき切望したものは、今、ここにあるかもしれないのである、と。

そう思えたとき、私の目から涙がこぼれた。

賢人さんはそんな私を座らせ、隣に腰かけると、何も言わずにただそばにいてくれた。その人の良さと、温かいいたわりに、もっと涙が止まらなくなる。

ポロポロポロポロ泣きながら、私はふとルノワールの絵のことを思い出していた。

ルノワールの描く女性には、ちょっとぽっちゃりした女性が多い。でも、そうした女性だって、ルノワールはあの優しいタッチで描いているのだ。見る者は、ルノワールの対象を慈しむ姿勢を感じ取ることができる。きっと、私はそうしたルノワールのまなざしが好きだったのだ。

もしかしたら、賢人さんはそうしたまなざしを私に注いでくれるかもしれない。

そんな期待を抱きながら、
「泣き止んだら告白しよう」
と決意していた。

※この物語はフィクションです。

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