六本木に生息するキツネおじさんにファミレスで口説かれた夜のこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【12月開講申込みページ/東京・福岡・全国通信】人生を変える!「天狼院ライティング・ゼミ」《日曜コース》〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
→【東京・福岡・全国通信対応】《日曜コース》
記事:村崎寧々(ライティング・ゼミ)
「俺、俳優の◯◯と知り合いなんだよね」
「今度、芸人の◯◯がくるパーティーがあるんだよ」
六本木の夜には、そういう言葉が飛び交っていた。
たしかに、六本木というのは、ひょんなきっかけで有名人と出会えてしまう街だ。
あのドラマに出ていた俳優、武道館のステージに立つミュージシャン、バラエティ番組で見かけるお笑い芸人……。
画面の向こうにしか存在しないと思っていた人たちと、シャンパンを飲んで騒ぐ。シュワシュワした泡のような夜が、六本木にはたしかにある。
とあるパーティーで、ある男性から自慢気にスマホの画面を見せられた。
暗い空間にぼんやり白く浮かぶその画面はアドレス帳で、そこには誰もが知る有名芸能人の名前があった。
「え~! すご~い!」
「よく飲み会してるからさ、今度おいでよ」
あの人に会えるかもしれない、なんてテンションが上がったのは一瞬で、冷静に考えれば、アドレス帳の名前なんて自由に登録できる。
例えば、私が母親の電話番号を“星野源”とでも登録しておけば、週に1回くらいの頻度で星野源から電話がかかってくるスマホの出来上がりであって、本当の携帯番号を知らない限り、誰もその履歴が本物かどうかは確認できない。
六本木には、こういうおじさんがたくさんいた。
有名人の名前をチラつかせてドヤ顔をして、自分はいったい何者なんだかよくわからないおじさんである。
ことわざで言えば、まさに「虎の威を借る狐」だ。
勝手に名前を使われる有名人たちにとっては、数ある有名税のうちのひとつなんだろうけれど、とにかく六本木にはそんな有名人の“威”を借りた “キツネおじさん”がたくさんいたのだった。
その夜も、私はキツネおじさんに遭遇した。
いつも飲み会の誘いをくれるマリちゃんから「なんか海外の有名な画家が来るらしい」というざっくりした連絡を受けて、私は指定された場所に向かった。
その場所は、六本木のホテルにあるバーで、迷路のように入り組んだ先にある入り口の重厚なドアが開くと、ジャズの生演奏が流れる優雅で贅沢な空間が広がっていた。
オレンジのランプで照らされたソファ席の一角から、マリちゃんが私を手招きする。そこには、マリちゃんの言う“海外の有名な画家”と、彼の取り巻きの男性数人と、そして彼をもてなすために呼ばれた20代前半くらいの女の子たちがすでに集まっていた。
私はマリちゃんの横に座ると同時に、妙に盛り上がりに欠ける空気に気づいた。肝心のその画家は、ほとんど日本語が話せなかったのだ。英語が苦手な私は早々に彼との会話を諦め、ふかふかのソファにもたれながら他の女の子とおしゃべりに興じていた。
しばらくすると、取り巻きのおじさんのひとりが話しかけてきた。当たり障りのない会話を続けていると、おじさんはおもむろにスマホを手に取り、大量の写真をスライドしながら見せてきた。
そこに映っていたのは、海外セレブとそのおじさんの2ショット写真で、海外セレブに興味がない私でもわかるような、超有名な女優や俳優との写真だった。
なかなかグローバルなキツネおじさんだった。
おじさんは、話半分に「すご~い」などと相槌を打ち続ける私に、やたらと強いお酒ばかりを勧めながら、そろそろお開きというタイミングになるまで、延々と海外セレブの話を続けていた。
「寧々ちゃん、このあともうちょっと飲もうよ」
「いいけど、もう一人女の子呼んでもいい?」
「え?」
「ねぇ、マリちゃん。この後もうちょっと飲みに行かない?」
「うん、いいよ~」
私はおじさんと二人きりにならないよう、隣に座っていたほろ酔いのマリちゃんを確保した。まっすぐ帰ってもよかったが、私はこのおじさんが何者なのか興味があった。
「イタリアンと中華、どっちがいい?」
「うーん、イタリアンがいいな」
私は適当にそう答えると、おじさんは「わかった」と言って歩き出した。マリちゃんと一緒にしばらくついて行くと、六本木ヒルズの向かいにたどり着いた。
「……え? もしかして、ここ?」
階段を上がっていくおじさんを見て、マリちゃんが怪訝な顔で立ち止まる。
たどり着いたのは、私たち庶民にとって馴染み深いファミレスだった。そこはたしかにイタリアンであることには違いなく、思わず私は笑った。
さっきまでいた優雅で高級な雰囲気との落差に、露骨に不満そうなマリちゃんをなだめながら席につくと、おじさんはデキャンタのワインとカプレーゼを注文した。
おじさんはなんとかして私をお持ち帰りしたいようだったが、適当にはぐらかしながら運ばれてきたワインを注いでいると、いつの間にかマリちゃんに海外セレブとの2ショット写真を見せ始めた。
「……帰る」
マリちゃんが、バッグを持って勢いよく立ち上がった。
ゲンキンなマリちゃんは、これ以上おじさんと飲む価値がないと判断したようだった。ちなみに、マリちゃんは有名人よりお金持ちが好きなタイプだ。
私はマリちゃんに手を引かれ、食べかけのトマトを置いて席を立った。
お店を出る瞬間、振り返ると1人残されたおじさんの小さな背中が丸まっていた。
結局、おじさんが何者なのかわからなかった。
というか、おじさんは頑なに自分が何者なのか、語ろうとしなかった。
そんなおじさんを、私はバカにできなかった。
私も心の中に、キツネおじさんを飼っていたからだ。夜の街で有名人と出会える自分に優越感を抱いた。その人が有名であれば有名であるほど自慢だった。
でも一方で、実際に有名人の隣に並ぶと、痛切に感じることがある。
それは、自分の“何者でもなさ”だ。相手が何かを成し遂げたすごい人であればあるほど、何の変哲もなく無名で平凡な自分が浮き彫りになる。
どんなに有名人と出会ったところで、自分自身の価値が変わることはない。すごいのはその人であって、決して自分ではない。そういう当たり前のことに気付かされてしまう。
もしかしたら、あのおじさんもそうだったんじゃないだろうか。
世界中の人が知るセレブの隣に映る自分は、どう見えていたんだろう。優越感と劣等感がごちゃ混ぜになった感情を、もしかしたらおじさんも心のどこかに抱いていたかもしれない。なんて、そんなことを勝手に想像してしまう。
おじさん、あの時は置いていってごめんね。
もしいつかまた会うことがあったら、その時はミラノ風ドリアおごるから許してね。
***
この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。
【12月開講申込みページ/東京・福岡・全国通信】人生を変える!「天狼院ライティング・ゼミ」《日曜コース》〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
→【東京・福岡・全国通信対応】《日曜コース》
【天狼院書店へのお問い合わせ】
TEL:03-6914-3618
天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL 092-518-7435 FAX 092-518-4941
【天狼院公式Facebookページ】 天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。
【天狼院のメルマガのご登録はこちらから】