メディアグランプリ

聞くことと話すことを分ける


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:平沼仁実(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「対話型カンファレンスを始めます」
 
ある日職場で、突然通達があった。
 
「対話型カンファレンス」って何? 何のためにやるの?
初めて聞くその名称に、頭の中はクエスチョンマークでいっぱいになった。
 
私は医師としてクリニックで働いていて、外来診療と訪問診療にたずさわっている。
通常医療者が行う「カンファレンス」といえば、診断のついていない患者の症状について、診察所見や検査結果など客観的なデータをあげ、次にやるべき検査や治療について議論する、というようなことが多い。
その目的は、問題を解決することにある。
 
「対話型カンファレンス」では問題解決は目指さない。議論もしない。
ある一つの事象に対して感じたことを話し、他の人はただそれを聞く。
話す人が順番に入れ変わり、それを繰り返していく。
聞くことと話すことを分けることで、聞くことを深める。
話を聞くためのトレーニングだ。
 
普段医師として患者の話を聞く際にはたいてい、問題解決という目的がある。
診断をして、治療をして、患者が困っている問題を解決する。
そのために患者の話を聞く。
 
問題解決のためではなく、背景や想いも含めたその患者全体を理解するために、話を聞くトレーニングをしようというのが「対話型カンファレンス」のねらいだ。
 
テーマとして取り上げるのは、患者やその家族の、様子や言葉。
診療の現場で我々医療者が「見たこと、聞いたこと」の中から一つの事象を選び、それについて職員それぞれが感じたことを話す。
医師、看護師の他、事務員、ドライバーを含めた全職員が参加する。
 
「私ももう後期高齢者になったんですよ」
初回に取り上げたのは、ある患者家族の言葉だ。
 
その人は70代半ばの女性で、生まれた時からの病気と障害をもつ40代の娘と二人暮らしをしている。
私たちはその娘の訪問診療を行っていた。
ある日の訪問診療の際に、患者の母親である彼女が言ったその言葉が、初回のテーマになった。
 
この言葉を聞いて感じたことを、それぞれが話していく。
 
「自分の老化を感じ、将来に不安を感じているのだろうか」
「いつも自分の趣味を楽しんだりアクティブに生活しているので、彼女が将来を不安がっているとは思えない」
「脈絡もなくなぜ自らその言葉を口にしたんだろう」
「長年娘の訪問診療に通っているが、この母親が病気や加齢で介護ができなくなったら娘をどうするか、という話をしたことがなかった。今度話してみようと思う」
 
やってみると、肯定も否定もせずただ話を聞くことは意外と難しい、ということに気づく。
聞いているとつい何か言いたくなってしまう。
それをぐっと飲み込んで、じっと最後まで話を聞くことだけに集中する。
すると話し手の選ぶ言葉、話し方、声のトーン、表情など、今まで気に留めなかったたくさんのことに意識が向くようになる。
その一つ一つがその人への理解を深めていく。
 
普段いかに、人の話を聞いているようで聞いていないか。
自分の聞きたいようにしか聞いていないか、ということを思い知らされた。
 
「対話型カンファレンス」を終えても、疑問は解消されず、問題も解決していない。
結論も答えも出ていない。
 
それでもやり終えてみると不思議と気持ちがスッキリしていて、何とも言えない心地よさを感じた。
 
それはおそらく、自分の話を十分聞いてもらえたことにあるのではないだろうか。
人の話を聞けるようになるには、聞くだけでなく聞いてもらう体験が必要だ。
聞いてもらえたからこそ、聞くことのおもしろさに気づくことができるのだ。
 
一つの物事に対しても感じ方は人それぞれで、そこに正解も間違いもない。
肯定も否定もせず、そのまま受け止め、受け止めてもらう喜びや安心感。
互いの違いを知り、受け入れ、理解が深まっていくことに、聞くことのおもしろさを感じた。
 
「対話型カンファレンス」を経験して、話を聞くことの難しさとおもしろさを知った。
仕事だけでなく、毎日の日常生活の中でもできるだけ人の話を丸ごと聞くようにしようと、心がけるようになった。
 
とはいえ、言うのは簡単だが実行するのはなかなか難しい。
中でも最大の試練は、毎日繰り返される娘のマシンガントークを聞くことだ。
 
小学生の娘は毎日学校から帰ってくると、息つく暇もなく話し始める。
時間的にも精神的にもこちらに余裕がない時には、エンドレスに続くそのとりとめのない話を黙ってただ聞いていることができず、どうしてもイライラしてしまう。
 
子どもには、話を聞ける人に育って欲しい。
親ならば誰もがそうであるように、私も娘にそう願っている。
 
話を聞けるようになるには、まずは聞いてもらうことから。
十分に自分の話を聞いてもらう体験が、人の話を聞けるようになるための第一歩だ。
 
娘の話を聞くことは、私にとっても娘にとっても聞くためのトレーニングなのだ。
 
「ただいま!」
娘が帰ってきた。
さあ今日もトレーニングが始まる。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2023-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事