小学生の娘に教えたかった、ポケモン探しより楽しいこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:みはらあずさ(ライティング・ゼミ)
「ポケモン、ポケモンって、うるさい!」
私はバンッと机を叩いた。6歳の娘がビクッとしてこっちを見上げる。手に持った携帯には、ゲームアプリのホーム画面が映っている。ちょうどそのゲームが社会現象になったと騒がれていた夏頃のことだ。
最初は、テレビでブームになっている様子を見て、「親子で遊べたら楽しいかも」と思い、アプリをダウンロードした携帯を貸し与えていた。
それが失敗だった。
娘は車での移動中も、車から降りて商業施設を向かうときにも、ポケモンを探すために携帯を手放さなくなった。どこに連れて行っても、「ポケモンでたー!」「ポケモン捕まえるからちょっと待って」しか話さなくなった。
これじゃあ、どこに連れて行っても意味がない。
小さな画面に囚われている娘を見るたびに、だんだんとイライラが募っていた。
そして今朝。まだ布団をかぶっている私に、娘は甲高い声で「ねえ、携帯貸して」「ポケモンやりたい!」「ポケモンポケモンポケモンポケモン……」と催促を続けた。そのしつこさに、脳みその血管がプチッと音を立てる。
「うるさい! 携帯ばっかり見てないで、外で虫でも捕まえてきなさい!」
怒鳴る私に、娘は半べその顔で答えた。
「でも、ほんものの虫なんか捕まえたことないんだもん」
「都会っ子か!」
思わず突っ込みを入れるが、私と違って、東京生まれ東京育ちの娘は、紛れもなく都会っ子だった。なんということだろう。東京の子どもたちはリアルな虫の捕まえ方もわからないのか。もしかしたらポケモンは、昔当たり前だった、虫捕り体験の代替手段なんだろうか。
ただ携帯を取り上げて「ダメ」って言うのは簡単だが、その代わりになる別の楽しみを、親として教えなければならないだろう。
「よし、それなら、ママがリアルな昆虫探しを教えてあげる!」というわけで、夏休みは私のふるさとの沖縄で虫捕りをすることに決めた。
これをお読みの方は、「トカゲ釣り」ってしたことがあるだろうか?
まず、弾力があって切れにくい、イネ科の雑草を引き抜く。その端をひとつ結びにして輪を作る。その輪を、草葉の陰にいるトカゲの首にそぉっとかける。そのまま引っ張ると、輪が自然と縮まって、トカゲが捕まるという簡単な仕掛けだ。暴れることもなく無抵抗にぶら下がっているトカゲの姿は最高にシュールでおもしろかった。
「私が子どもの頃は、こういうのがはやっていたんだけど。知ってる?」
娘に聞くと、首を左右に振り、ものめずらしそうに、輪を作ったイネを見つめている。
確かに、東京の家の近くの公園には木登りできる大きな木もないし、虫は蚊くらいしか見たことない。私が子ども時代には、虫捕りなんて当たり前の遊びだったけど、都会っ子にとっては非日常の体験のようだ。せめて沖縄にいる間くらいは、さまざまな生きた体験をさせてあげたい。
夕暮れ前に、娘を連れて糸満市にある図書館を訪れた。
この図書館は高台にあり、裏側は遊歩道のある山になっているのだ。
「この山の中なら、トカゲや虫がいっぱいいるに違いない!」
身長よりも長い虫捕り網を構えた娘は目をきらきらさせて聞いた。
「カブトムシもいる?」
「いるいる。たぶん」
安請け合いして、山道を歩き出す。ガジュマルの枯葉に覆われた木の階段には、アフリカマイマイが2段おきくらいにいた。アフリカマイマイは大人のこぶし大くらいある巨大な黒いかたつむりである。これが階段や木の枝にびっしりくっついている。というか、マイマイしかいない。
「虫はぁ?」
軟弱な都会っ子が声を上げる。
石ころを動かしたり、木のウロを覗き込んだり、草葉の間を掻き分けたりするが、蝶々くらいしか見かけない。
困ったな。沖縄の生態系も変わってきてるのかな。
昔はちょっと山の中に入れば、虫やトカゲがいた気がするんだけど。
「もう疲れた、帰りたい、家でポケモンやりたい……」
背後からグズグズと泣きごとが聞こえてくる。
そうだ。現実の虫捕りは、疲れるし汚れるし、いつまで経っても見つからないことがある。それならゲームのほうがずっとラクだと思うかもしれない。家で寝転がっていてもできるんだもの。
「ねえ、ママ。なんで本当の虫をとる必要があるの? なんでポケモンじゃだめなの?」
娘が泣きべそをかきながら、私の背中に問いかける。
その答えは、実際に体験しなければ腑に落ちないだろう。
遊歩道にそって山を下りていくと、水音がした。この下には確か湧き水をためた池があって、その流れは人工的な川につながっているはずだった。
「あっ、魚がいる!」
娘が池をのぞきこんで言った。
「この池にはうなぎとかエビがいるんだよ。川は浅いから、そっちでエビでも捕まえてみる?」
「うん!」
やる気になった娘のために、いったん家にバケツと魚とり網を取って戻ってくると、もうあたりは墨を流したように暗かった。東京と違い、街灯や家の明かりもまばらなため、水底が見えないくらい暗い。でも、エビは夜行性だから、このくらいがちょうどいいのだ。
懐中電灯で水面を照らすと、サッと動く影がある。エビだ。川のそばにしゃがみ、網を構える。
「エビの軌道を予測して、岩と網で挟むようにして捕まえて」
そういいつつ、サッと水面に網を入れてエビをすくう。
ほとんど無色透明の、小指くらいの大きさのエビが網の底できらきら光っている。それを水を入れたバケツに放った。エビはスッ、スッ、と直線的な動きをしている。
「すごい! 私にもやらせて」
娘が奪うように網を手に取り、水面に目をこらす。さらさら水が流れる音がする。揺れる水面のしたで、生き物がこそこそと動く気配がする。
パチャッ。娘が網で水を跳ね上げる。
網の中には藻が張り付いているだけだ。
「じっとして、エビの動きをよく見て」
生き物を捕まえるのに必要なことは、呼吸を通わせることだと思う。やみくもに手を出せば逃げてしまう。相手をよく観察して、リズムがわかってから、先読みして動く。
リー、リー。
じっと水面を見つめていたら、遠くの畑から鈴虫か何かの声がした。
ポタッ……。
川沿いに植えられた、背の低い木から花が落ちて流れてくる。
「あっ」
これはサガリバナだ。大量のおしべが線香花火のように見える可憐な花で、夜に咲き、明け方にはすべて落ちてしまう花だ。その花が一つ、前方から甘い香りとともに流れてくる。きっと、夜明け前には、この川の水面をサガリバナが覆う。なんて幻想的な光景だろう。
「ねえ」
私は娘に話しかけた。娘はエビを捕まえるのに熱中していて、私の声が聞こえていないみたいだった。だから心の中で続けた。
ゲームは楽しいけど、夏の夜の蒸し暑さも、川の水の冷たさも、こそこそ動き回るエビも、夜だけ咲く花のにおいも、そこにはないでしょう。
生き物を探して、捕まえるっていうことは、自分も自然の生き物の一員だって、認識するチャンスなんだよ。それはゲームを通してじゃあ、わからないことなんだよ。
エビを追いかけ、歓声を上げながら水しぶきを上げる娘を見る。夜の底で水しぶきがきらきらと光っていた。
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