メディアグランプリ

もしもあの夏の日に戻れるのなら、私は君に好きだということを伝えたい。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:福居ゆかり(ライティング・ゼミ)

 

「俺の好きな人、ねえ」

「そう、聞いてきてって頼まれたんだもん。教えて」

もう何回目かになる私の質問に、彼は笑って言った。

「んなこと言ってるけど、俺の好きな人って、お前かもしんないよ?」

笑って言うその姿に、心臓が止まるかと思った。

顔がまともに見れなくなって、見つめていた学ランのボタンを、今でもはっきりと覚えている。中学の校章が、金色に輝いていた。

 

 

武井は、中学一年生の時のクラスメイトだった。

中学生にして180センチを超える身長の彼の第一印象は「でかっ」だった。

私は特に顔が好みでもなく、彼が得意なバスケが好きなわけでもないので、単なるクラスメイトの一人、と思っていた。

しかし、私の友人である紗香は何か気になったらしい。

彼が外見に似合わない、かわいいくまちゃんのシャープペンを持っていた、とお昼の時間に言い始めた。箸が転がっても可笑しい年頃の私たちはその事で盛り上がり、みんなこそこそと彼のシャープペンを見に行くようになった。

彼からしたら、女子たちに笑われているのは不快だったらしい。理由がわからないのだから当たり前だ。

そして彼はなぜか、その犯人は私だと思ったようだった。私が何か言っているせいで、自分は笑われている、と。そして私に地味な嫌がらせを始めた。

グループ学習で一緒になれば、なぜか私とは口をきかない。物を隠される。すれ違えば睨まれる。中学生のやった事なので思い返せば可愛らしい物だが、当時の私はものすごくショックだった。

私じゃないのに。私は別に何もしてないのに。くまちゃんのシャープペンだって別に見に行ってないし、率先して何かした訳じゃないのに。

そう思うと、不満が募った。

けれど、「私じゃない」とは言いづらかった。それを言ってしまうと、グループの他の友達を売る行為のように思えたからだった。別にいいか、気にしない。そう思って耐え続けたのだった。

 

そんな中、家庭科の授業で同じ班になった。またか、そう思ってうんざりしながら先生の話を聞く。調理実習をとても楽しみにしていた私は、武井に無視されることで折角の楽しい時間が台無しになると思うと憂鬱だった。せっかく仲が良い紗香と愛子とも同じ班になれたのに、と私はため息をついた。

私たちは四角のテーブルを囲んで座っていた。黒板に向かって前側に男子、その後側にテーブル越しで女子、という配置だった。そのため、男子からは振り向かないと女子が見えないが、女子は男子の頭越しに先生の姿を見る形だった。すると、話に飽き始めた紗香と愛子が、武井の頭に消しゴムのかすを投げ始めた。

あーあ。そう思って見ていると、武井が気づいた。振り向いて、私を睨む。そうして私のペンケースを、鍛えた腕で実習室の隅っこに投げ飛ばした。

違う、違うのに。私じゃないのに。そう思って取りに行こうとすると、紗香と愛子は2人で笑っていた。それを見た時、カチンと来た。自分達がしていることで、友達が怒られていても何とも思わないのか。自分がやり返されなければいいと思っているのか。そう思うと、怒りがフツフツと湧いて来た。

思い切って言うなら、今しかない。そう思った私は、彼に声をかけた。

「あの」

訝しげに彼は私を見た。視線が痛い。

「私じゃ、ないんだけど」

振り絞るようにそれだけを言った。

彼は、えっ? という顔をした。そして、初めて自分をニヤニヤと見ている紗香と愛子に気づいたらしい。「ごめん」と私に謝ると、二人のペンケースを掴んで、さらに遠くに投げたのだった。

 

その日以来、状況が一変した。

武井は普通に話しかけてくるようになった。

ペンケースを投げられた事はかなりムッとした。けれど、こそこそ笑われている武井に同情もしていたので、きちんと謝ってくれた事だし、と許すことにした。

そして正直なところ、人に罪をなすりつけておいて笑っている紗香と愛子にははイライラしていたので、武井が2人のペンケースを投げた時にはちょっと胸がスッとしたのだった。

私たちはよく班が一緒になった。調理実習、社会の調べ物、理科の実験。マトモに話してみると存外いいやつで、私たちは気が合った。二人で話していると、何時間でも話し続けられる気がした。

そして、その次の席替えで、隣同士になったのだった。

 

「武井って好きな人いるのかなぁ」

そう言い始めたのは愛子だった。

その頃の私たちの興味といえば、日々のドラマと、恋愛ごと。みんなで好きな人を教えあって、今廊下通ったよ! と言ったり、今日は話せたの、と報告したりして、それによってキャーキャー騒いでいた。

そして、クラスメイトを捕まえては「好きな人いるの? 誰々? 教えて!」と訊ね、教えてもらえるとその情報をグループ内で共有し、観察した。それが流行りだった。

なので、愛子がそう言いだした時も「あたし聞いてくるー」と、すぐに紗香が聞きに行ったのだった。

数分後、「いるらしいけど、教えてくれなかった」と帰って来た紗香を見て、私は複雑な気持ちになった。

なんだろう、これ。

モヤモヤとする私に、愛子が言った。

「ゆかちゃん、隣だからまた聞いて来てよ」

ドキッとした。

うん、わかった、と安請け合いをしてしまったところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。

 

了解してしまったからには、聞かないと。そう思って、席に戻った私は武井に聞くことにした。

「武井って、好きな人いるの?」

すると、お前もか、といった具合で彼は「さっきあいつにも聞かれた」と紗香の方を指差した。

「そうそう、さっきそんな話になってさー。教えてよ」

と言うと、

「教えねー」

とにべもなく断られた。

そう言われると、無性に知りたくなった。一体、どんな女の子が好みなんだろう。明るくて、かわいい子だろうか。それとも、武井と同じようにバスケが得意な子だろうか。

そう思うと、眩暈に似た感覚で世界がぐるんと回った。

先生が来て号令がかかり、話はそこまでとなった。きりーつ、れい。座りながら、隣を盗み見る。

目が合ったその時、モヤモヤした理由が分かった。

ああ、もしかしたら私、この人のことが好きなのかもしれない、と。

 

 

「お前かもしんないよ?」

言われた言葉を、何度も何度も思い出す。その度に私はどうしていいかわからなくなり、言葉にならない声を上げ、お湯をバシャバシャ叩いていた。

「ゆかり、うるさい!」

脱衣所から妹の声が聞こえ、私は頭を冷やそうと湯船に沈み込んだ。ぶくぶくと泡の音を耳元で聴きながら考える。

そう言うって事は、私の気持ちはバレてるけど向こうはなんとも思ってないってことだろうか。いやいや、逆に気付いてないからそんな事を言ったんじゃないだろうか。そもそも武井は私のこと、どう思ってるんだろう……。

当然ながら、お湯の中なので頭が冷えるどころか暖まりすぎた私は、フラつきながら湯船から出た。

その状況に、そしていっぱいいっぱいな自分の気持ちにのぼせせてクラクラして、倒れそうだった。

 

告白しようか、と考えなかった訳じゃない。けれど、今はこんなに仲が良いのだから、それを壊したくない。そう思って行動しなかった。バレンタインデーに鞄に忍ばせたチョコレートは、行き場がないまま、帰り道に自分で食べた。

臆病な私はフラれる覚悟ができず、その後の気まずさも怖かったのだ。

帰る方向もバラバラだし、部活で帰る時間も合わないし、一人きりにならないし……理由を山のように積み上げては、自分の気持ちと向き合わずにいた。

しかし、幼馴染でも何でもない中学生の男女は、余程のことがないとずっと仲良しではいられないということが、当時の私には分かっていなかった。

 

そして、その終わりは呆気なくやってきた。

クラス替えだ。

発表の日、ドキドキしながら張り出されたクラス表で自分の名前を探す。私は1組だったので、すぐに見つかった。けれど、同じクラスに武井の名前はなかった。

最後に一言話そう、そう思った時にはタイミングが合わず、私たちはそのまま別れたのだった。

 

 

「はーい、次はフォークダンスです。2人1組になって、手を繋いでください」

校庭にアナウンスが響く。

中学最後の運動会。私はフォークダンスなんてめんどくさいな、と思いながら列に並んだ。私がいた中学のフォークダンスは、毎年オクラホマミキサーと決まっていた。それは2人1組で手を繋いで踊り、順に相手が変わっていくダンスだった。

手をぎゅっと繋ぐ人、全く繋がずに指先だけちょんと触れる人。色んな人がいるなぁ、と思いながらふと列の先に目をやると、武井の姿が見えた。

クラスが別れた後、私たちは全く会わなくなった。人数が多い中学だったため、教室がある階がまず違うので、すれ違う機会もない。わざわざ会いに行けば、それこそ噂になるだろう、と思った。そうこうしているうちに、私の武井への気持ちは随分と薄れ、すっかり昔の事のようになっていた。

けれど、手を繋ぐとなれば別だ。あと2人、あと1人。心臓がバクバクして、手の汗が気になった。

くるっと回って、武井の前に出る。彼は私に気がつき、口を開いたと思うと何も言わず、そのまま閉じた。

そして、こちらに向かって手を出さなかった。

私はどうして良いのかわからず、何も言えなかった。音楽が流れ続ける。みーぎ、ひだりー、とアナウンスが入る中、2人ともただ周りに合わせて並んで進むだけだった。気まずさに私は顔を上げられず、彼がどんな顔をしていたのか見えなかった。

次の人の番が近づいてくる。一言、「何してんの、踊ろうよ」と言って手を出せば良いだけなのに。

なのに、なぜかそれができなかった。

1メートルもない距離がものすごく遠くに感じた頃、次の人に交代となった。

私は少しホッとしながら移動した。

けれど、なぜ彼は私の時だけ手を繋ごうとしなかったのだろう。

なぜ私は、気軽に声を掛けられなかったのだろう。

複雑な気持ちのまま、運動会は終わった。

 

 

「わー、愛子、久しぶり!」

数年ぶりに会う愛子は、綺麗に化粧をして振袖を纏い、 別人のようだった。

「ゆかちゃんも! 何年ぶりかなぁ? 高校以来だよね」

「お互い、大人になったよねー」

大学で実家を出離れていた私だが、成人式は地元で参加した。あまり着ない着物、しかも振袖なので、長い袖を何度も踏んでは「シミになる!」と母に怒られた。

会場は小学、中学、高校の同級生が入り混じり、ほとんどが知っている顔ばかりだった。すれ違う人と話しては、写真を撮る。みんな綺麗になっていたが、面影があってすぐに誰か分かった。

私は、ふと思い出して武井の姿を探した。同じ市内なのだから、会場はここのはずだ。だけど、それらしい長身が見当たらない。来てないのかな、そうぼんやりと思っていた。

すると、式の間に紗香がボソボソと話し始めた。

「そういえばさ、武井、覚えてる? 1年の時のクラスメイト」

思っていることを見透かされたようで、ドキッとした。

「覚えてるよ。今日、来てるのかな」

そう私が言うと、紗香は声を落として言った。

「……亡くなったんだって、昨年」

 

 

「若いから、病気の進行が早かったって……」

オレンジ色のグラスを傾けながら、紗香が話す。

ショックを受けた私は、大勢で騒ぐ気分にもなれなかったために同窓会をキャンセルし、紗香と2人で飲んでいた。

若いうちに……なんて、テレビドラマのようで、当時の私には現実味がなかった。

けれど、それは紛れもなく現実で、私は武井に2度と会うことは出来なかった。

「……そっか」

紗香も何かを察したのか、それ以上深くは聞かなかった。

武井と、最後に会ったのはいつだっただろう。

思い返した私の頭に、蝉の声が蘇った。

 

 

その日は暑かった。

まだ着慣れない高校の夏服を着た私は、汗を拭いながら帰る途中だった。

あまり広くないけれど、駅へつながるためにそこそこ車通りが多い道を歩いて行くと、反対側の歩道に歩く人影が目に付いた。

高校の制服を着た、武井だった。

風の噂でバスケが強い私立に行ったと聞いていたけど、制服姿を見るのは初めてだった。中学とは違い、ネクタイを締めている姿にどきりとした。

声をかければ、聞こえる距離だ。

と、思ったその瞬間、彼もこっちを見た。

目が、あった。

元気? 久しぶりー、と声をかけようか迷っていたところで不意に視線があってしまったので、盗み見していたようで恥ずかしかった。先に逸らしたのは私で、それからそっちを見られなくなってしまった。

けれど、そんな事は気にせずに話しかければ良かったのだ。生きている武井に会えたのは、それが最後だったのだから。

声をかけて、走って行って、そして……。

 

「武井!」

と呼んだところで、目が覚めた。

見覚えがある天井。けれど、いつもの私の部屋じゃない。

ああ、実家に泊まっているんだった、とため息をつく。ほのかな月明かりが差し込む中、電気を付け、私は押入れを開けた。

中学のものを詰めた段ボールを探す。中を開けると、プリントや連絡ノート、教科書などが出てきた。懐かしさについ全部を見てしまいそうになるが、とりあえず横に詰み、目当てのものを探す。

……あった。

手にした1枚のプリント用紙には、「良いところを見つけよう!」と書いてあった。なんの授業だったか忘れたが、隣の席の人と紙を交換し、お互いの良いところを書きましょう、という内容だった。

そこには「あなたのいいところは……」という文に続き、武井の字で「にこやかなその笑顔です」と書いてあった。

嘘のようだった。

もう、2度と会えないなんて。

 

正直なところ、一途にずっと思っていたわけじゃない。高校、大学と進むうちに他に好きな人もできたし、彼氏がいたことがあった。

けれど、武井との思い出は心の奥深くで消化しきっておらず、時々思い返しては「もしも、あの時……」と思っていた。

あの時、あの夏、声をかけていたら、と。

だから、成人式や同窓会でもしも会うことができたら、その時は過去を告白しよう、そう考えていた。

そうしてまた、隣同士で座っていた時のように、笑い合えたらいいな。大人になった私達は、一体どんな会話をするんだろう? 君は、どんな大人になっているんだろう?

……そう、思っていた。

私の中のあたたかな妄想は木っ端微塵となって、破片がただただ、痛いばかりだった。

 

 

今でも、私は夢を見る。

あの夏の日、反対側の歩道にいた武井に声をかける夢を。

好きだと伝えたら、君は困った顔をするだろうか。それとも、笑ってくれるだろうか。

あれから、もう随分長い年月が経つ。中学生当時の私から見れば、今の私はすっかり「おばさん」だ。そんな年齢になっても、こんなに長い君へのラブレターを書いている私を、迷惑だと怒るだろうか。それとも、バカだなと笑ってくれるだろうか。

それはずっとずっと先にしかわからない。

それまで、私はにこやかに笑って生きようと思う。

君が褒めてくれた、この笑顔で。

 

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2016-12-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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