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「うまく生きる」方法は、隣で上映される映画が教えてくれた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:渡辺エリナ(ライティング・ゼミ)

 

「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「お一人様です」

私は今日もカフェにやってきた。

家ではテレビにソファ、雑誌やマンガなど、あらゆる誘惑に負けて捗らない仕事を片づけるためだ。

木の温かみが感じられるテーブルに、ちょうどいい間隔で配置された、座り心地のいい赤いソファ。

馴染みのある席に腰を落ちつけ、ビターなコーヒーを注文する。

「かしこまりました。いつもありがとうございます」

あまりに通いすぎたためか、店員にも顔を覚えられている。ここでは悪いことはできなさそうだ。

 

「突然ごめんね~。今日は友達を待ってたの?」

「いえ、一人だったんで大丈夫です」

コーヒーを飲みながら、仕上げるべき原稿に向かっていると、一組の男女が隣のテーブルにやってきた。

〆切に追われてそれどころじゃない私は、たいして気にもしなかった。

しかし……。

「ウチみたいなお店で働いたことあるの~?」

「いえ、はじめてです」

ん?

そんな会話が聞こえて、思わず隣を盗み見る。

男の方は黒いスーツを着ているが、どう見ても会社員ではない。年の頃は30代なかばくらい、けれど妙に髪をツンツンと遊ばせていて、どうにもチャラい。“ホストくずれ”とでも言えば伝わるだろうか。

対する女性の方は、20代前半くらいか。傷んだ茶髪に一昔前の化粧……ギャルっぽさが抜けきらない新人OLといった感じ。

「声かけられて、怖くなかった?」

「うーん、まぁ、どうにでもなれって感じで」

はは~ん。これはキャバクラの勧誘だな。

駅前でよくキャッチのお兄さんは見かけるものの、実際にどのように女の子が働くところまで持っていくのかに興味があった私は、仕事をしているフリをしつつ耳を傾けた。

 

聞くところによると、彼女は駅前で彼氏を待っていた。しかし、待てども彼は来ない。もう帰ろうかと思っていたところに、キャッチのお兄さんが声をかけた、ということらしい。

淡々と話す彼女の口調からは、彼氏との別れの気配が漂っていた。

 

もう別れを告げられるかもしれない。

→自分は女としての価値がないのかもしれない。

→そんなところに、自分を商品価値のある“魅力的な女性”として見てくれる男性が現れた。

→いかがわしい感じはあるけれど、話を聞くくらいはいいかもしれない。

……こんな感じだろうか。

私は彼女の心境を勝手に推理した。

――プルルルルル。

そこで仕事の電話がかかってきたため、私はいったん退席。

 

電話を終えて戻ると、隣の席のお兄さんは、店のシステムの説明をしているところだった。

それを聞くかぎり、やけに簡単そうな仕事に思えた。

お客さんと一緒に、お酒を楽しく飲めればOK。まずはこのあと体験入店をしてみよう、それで2万円あげるから、という話だった。

やはり、若いということは、それだけで価値があるらしい。私のようなおばさんが酒の相手をしたところで、そんな大金をくれる店はありゃしない。

こんなことなら、大学生の頃に一度くらい、体験入店やっとけばよかったなぁ。この女の子も臨時収入が入ってラッキー、って感じだろうな。

そんなことを思っていると、耳を疑う言葉が聞こえてきた。

 

「で、ぶっちゃけ、どこまで脱げるの?」

 

え?

ええーーーーー!?

これ、ただのキャバクラじゃなかったの?

どこまでって、お兄さんはどこまでを期待しているんだ! やっぱり東京って怖い!

「やはり、そう来ましたか。話がうますぎると思ってました」

え?

女の子の方もわかってて聞いてたの? めちゃくちゃ冷静だね。

おばさん、まったく予想してなかったよ……。

どうやらその店は、いわゆる“おっパブ”だったようで、女の子は自らの乳房をみだりに触らせることに同意のうえ、お兄さんと一緒にカフェを出ていった。

 

お姉さん、大丈夫?

自暴自棄になってない?

おそらく彼女は、このあと人生で初めて、自分の体を売り物にするのだろう。

今日待ち合わせ場所に来なかった彼氏は、それを知ったらどうするんだろう。もう二人の仲は戻らないのか。

彼女はそれで本当に後悔しないのか……?

他人事ながら、心配せずにはいられない。

 

やはり、キャッチというのは怖いものなのだ。

最初は当たりさわりのない内容から入って、相手を安心させて、ほぼ同意を取ったうえで、一番重要なことは帰り際にちらっと囁く。きっとこれが彼らの手口なのだろう。

うん。覚えておこう。

まぁ、この年になって、私が勧誘を受けることはないだろうけれど。熟女パブでもないかぎり……。

 

 

カフェで仕事をしていると、時折、隣の席でこのように、思いもよらぬドラマが繰り広げられることがある。

「お前、最近仕事でミスが多いよな。なんでかわかるか?」

「わかりません……。すみません」

「いい方法を教えてやる。今度の日曜に、俺と一緒にここに行こう」

ある時はこんな流れから、職場の後輩に宗教の勧誘をしている人がいた。

 

「私はお兄ちゃん側につくから。お父さんたちもよく考えた方がいいよ」

「だけど、おじさんたちだって、ずっと一緒にやってきたんだから……」

またある時は、年に似合わない、ロリっぽい格好をしたアラフォー女性が、家族と見られる人たちと親族経営の会社の方針について話しているところに遭遇した。

これは相当ヒートアップしていて、深刻な派閥争いになりそうだった。

きっと、こういう小さな方向性の違いから、ロッテあるいは大塚家具のようなお家騒動に発展していくのだろう。

 

私なら、○○と言って宗教行事に行かないようにするだろうな。そもそも、仕事のミスは宗教によって改善されないだろうし。

私なら、社長に○○という提案をして、長男側の意見を採用するように働きかけるだろうな。

 

気づくと、そんな隣の席の人たちの会話に参加して、心の中で意見を言っている自分がいた。

無意識のうちに、当事者意識が芽生えていたのだ。

 

他にも、商談、面接、何かしらの勧誘……あらゆる人生のシーンに間接的に立ち合い、これまでいくつものシミュレーションをしてきた。

本当に、世の中にはいろんな人がいる。

おかげで、人生の節目に訪れる、様々な危機への対処法を学べた気がする。

「いいから仕事しろよ、〆切ヤバいんじゃなかったの?」というツッコミが聞こえてきそうだが、その犠牲を払ってでも、「今後、何かの役に立つかもしれない」情報を得られたのは、大きな収穫だと思う。

……皆様には、カフェで立ち入った話をする時は、隣に私のような野次馬がいないか確認することをオススメする。

 

 

ここまで、どちらかというとマイナス方面のシミュレーション事例ばかり紹介してきたが、たまにはプラスの言葉を聞けることもある。

 

「なんの仕事をしているの?」

カフェで隣の席になったおじさんに話しかけられたことがある。

おそらく、何やら頻繁に仕事の電話をしながらパソコンに必死に向かっている私に、興味を持ったのだろう。

最初は「うるさい」と怒られるのかとビクビクしていたけれど、お互い文章を扱う仕事をしていることがわかり、すっかり意気投合した。

仕事もそっちのけで、2時間くらいは話していたと思う。

上等なコートを着て、ボルドーの柔らかそうなマフラーを品よく巻いたおじさんは、最後にこう言った。

 

「流れ星に3回願い事をすれば、それは本当に叶うんだよ」

 

実際にやってみたことがある人ならわかると思うが、一瞬のうちに消えてしまう流れ星に向かって、3回も願い事をすることは不可能に近い。

「あっ……えっと、金、金、金が欲しい!」

私も何度か試したけれど、このくらいが限界だった。

我ながら夢がない。

おじさんは、お子さんが所属する少年野球チームの“6年生を送る会”で、突然挨拶を振られ、子供たちにこの話をしたそうだ。

「そう、本当に3回も言うのは難しい。だけどね、流れ星を見た瞬間に思い浮かぶくらい、いつも願っている夢は、必ず叶うんだよ。きっと君たちはその夢に向かって、日々努力しているのだから」

おじさん……!

素敵です。

「自分で考えたことのように言ったけど、本当は僕も、どこかで誰かが言っていたのを聞いただけなんだ。だけど、そういう話を頭の片隅で覚えていて、急に挨拶を頼まれた時なんかに浮かぶといいよね」

少しはにかみながら帰っていったおじさんが、なんだかとてもカッコよく見えた。

 

 

カフェは私にいろんな人生を見せてくれる。

ミニシアターの最前列で映画を見るように、私は最高に臨場感が味わえる特等席で、それを目撃する。

 

これは避けたいから、こう動こう。

この言葉はいただこう。

この持って生き方はうまいな――。

 

一度しかない人生を、失敗せずに、うまく生きることは難しい。

けれど、「あの時、こうしておけばよかった」という後悔が、一つでも少なければ。

先に、直面した問題に対する答えを知っていたなら。

それは、人生を「よりよく生きる」ことに繋がるんじゃないかと思う。

今日も私は、隣に座った人たちの人生を垣間見ながら、自分ならどうするか――無意識のうちにシミュレーションする。

いつの日か、人生をうまく生きられるようになることを夢見て。

 

 

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2016-12-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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