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相性最悪な親子のラストゲーム


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北本 亮太(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「人生最後のソフトボールになるかなあ」
父から何気なく届いた一通のメッセージが私の手を止めた。少しだけ考えてから「向こうでもやればいいやん」とメッセージを返す。とはいえ、親子で出る試合は次で最後になるのだろう。少し寂しさが募ってきた。
 
私と父は小学生の頃、地元の少年野球チームで、監督と選手(キャプテン)として師弟関係を築いた。大会成績は0勝5敗5コールド負け。めちゃくちゃ弱い。圧倒的な最弱ぶりを発揮して1年間を終えた。とはいえチーム力は決して最弱ではなかった。では、なぜ? 言い訳になってしまうが、負ける理由があった。私の引く抽選の結果がなぜかトーナメントの2回戦からで、そこそこに強いチームと当たってしまうのである。1回戦を勝ち上がり、勢いのあるチームに負けたり、シードのチームに負けたりと相手が悪かったのだ。
 
加えて父の「みんなで頑張ろう!」という必死な姿勢は当時の私にとって暑苦しく、鬱陶しかった。家では父の立てる作戦を巡って「そんな作戦だから勝てんのや!」と言い合いをする日々。私の言っていることがめちゃくちゃでも、父はそれに全力で言い返していた。監督とキャプテンがバチバチしていて、収拾がつかないチームが勝てるわけもなかった。こうして私たち親子は「史上最弱世代の監督とキャプテン」としてチームの歴史に名を残すこととなった。
 
あれから18年。舞台は地元から関東に移り、また親子で試合に出場することになった。父は9年前に単身赴任で、私は昨年末に転職でそれぞれ引っ越したからである。競技は野球からソフトボールに変わったものの、相性の悪さは健在だった。父のチームの助っ人で出場した試合は初戦の相手が人数不足で棄権し、次の優勝候補のチームと試合をすることに。しかも父が代理監督を務めているではないか(なぜ教えてくれない!)。少年野球時代の記憶が蘇った結果、0-8でまたもやコールド負けに終わった。
 
ただ、昔の暑苦しかった父の必死な姿は魅力的に感じるようになっていた。味方のエラーには大きな声で「それを捕らなきゃ!」と声を張り上げ、好プレーには満面の笑顔で敵味方問わず「ナイスプレー!」と褒め称える。全力でひたむきに応援する姿に尊敬の念を抱いた。
 
そして、父の会社対抗ソフトボール大会でも、私は父のチームの助っ人として試合に出場することとなった。しかし、大会前の練習試合では優勝候補の相手にフルボッコに。父が選手でも勝てないか……。その上、練習試合後に開かれたチームの必勝会では、責任者の部長さんが、大会当日に旅行の予定があって、来ることができないと漏らす。嫌な予感はしたが、やはり、ベテランで最年長の父に代理責任者の白羽の矢が立った。私はビールを煽って即座に全力で止めに入った。
「マジで父を責任者にしちゃダメですよ。今日以上にやられますよ」
こっちは勝ちたいんだ。何も相性最悪なコンビにする必要はない。せめて選手同士ならまだ今日で1敗だ。分からんではないか。必死で否定する私と監督と聞いてまんざらでもなさそうな父。頼むからでしゃばるな……! 父!
 
そうして大会が2週間と迫ってきた時である。父から連絡が届いた。
 
「俺、地元に帰ることになったわ」
 
突然、地元の方の部署で欠員が出たという。そしてその後に冒頭のメッセージ「引退宣言」が届いたわけだ。50歳を過ぎ、今さら新しいチームでソフトボールチームに所属するのはいろいろと気が引けるのだろう。そして、相性最悪な親子としての試合も次の試合が最後というわけだ。関東に来て、偶然にも復活した父子鷹。最後ぐらい華々しく飾りたい。そうだ、何より父が喜ぶ姿を見たいじゃないか。私は当日に向け、毎週のように練習した。
 
迎えた大会当日。父は監督こそ譲ったものの、結局は責任者として選手の采配を振るうことになったという。「それって監督と何が違うんだ?」と思ったのも束の間、15チームによるトーナメント戦が幕を開けた。初戦は力の差があり、私たちの圧勝で終わった。親子での初勝利だったが喜びは少ない。次の相手は練習試合でフルボッコにされた優勝候補のチームが相手だからである。聞けば相手は既に祝勝会の日程を組んでいるらしい。父が叫んだ。
「さあ勝ちましょう! 祝勝会を残念会に変えてやりましょう!」
よし、勝とうじゃないか。私は燃えた。
 
とはいえ、力んでは打てない。こんな時は原点回帰である。「コンパクトに振り抜こう!」「全力で走ろう!」少年時代から口うるさく言われてきた父からの助言である。この試合でも気付けばそればかり言っている。ただ、今日に限っては「確かにその通りだ」と思い、忠実に守った。長打ではなく、内野の頭を越す打球を放ち、塁に出たら全力で走る。するとそのつなぐ姿勢がチーム内に伝播する。打線がつながり、3点リードで最終回を迎えた。
 
「勝ちたい」
 
私にもチームのメンバーにも少し焦りが出てきた。緊張が走る。そんな時、父が暑さで顔を真っ赤にしながら声を張り上げていた。
「さあ! 勝てるぅ! 勝てるぅぞぉ! みんなあ! 頑張るぞお〜〜〜〜!」
 
ああ。父よ。声が裏返っているじゃないか。ここに誰よりもめちゃくちゃ焦っている人がいたわ。おかげで少しだけ気が楽になった。ランナーは出たが、ダブルプレーでピンチを凌ぎ、勝利をつかんだ。全力で喜ぶ父。18年越しに父の会心の笑顔を見ることができた。
 
迎えた次の準決勝は同点で時間切れとなり、3人先勝方式のジャンケンで決着をつけることに。1勝2敗の後がない状況で私がジャンケンをすることになった。思えば少年時代、抽選で強い相手ばかりを引き当てていた犯人は私だ。抽選やジャンケンはそこまで強くないが、今日ぐらいは勝たせてくれ!!
 
最初はぐー! ジャンケンポン!
 
相手のチョキに私が出したのはパーだった。喜ぶ相手に対して残念がる私たち。残念ながら優勝することはできなかった。
 
選手私と監督(責任者)父の通算成績は2勝7敗1引き分け(抽選負け)6コールド負けで終幕した。大人になって父とプレーして学んだことがある。それはどれだけ負けていても諦めない姿勢が大事であるということだ。少年時代には分からなかったが、大人になってよくわかった。暑苦しくても良い。必死にひたむきにプレーする姿勢は周りに広がるのである。18年越しにそれを体現してみせた父の姿は大きく見えた。
 
「最後のじゃんけん、負けてごめん」
「それは、ええよ。気にするな」
 
初めて父に素直に謝ることができた。こうやって互いに思いやりの気持ちをもって接していれば、少年野球時代も勝てたのかもしれないなあ……。素直に謝れたのだから、私も少しだけ成長できたのだろうか。引退宣言したとはいえ、父も体を動かさなければ体がなまるだろう。地元に帰ったら、たまにはキャッチボールに付き合ってもらおうか。差し込む夕日がまぶしく感じた。
 
 
 
 
***
 
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2023-07-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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