コンビニ店員Aとコンビニ客Bの私の日常
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:紗那(ライティング・ゼミ)
コンビニ店員A「イラッシャイマセー! オハヨゴザイマス!」
コンビニ客B「……」
でかい。
今日も相変わらず、声が半端なくでかい。耳障りに感じられるでかさである。
時刻は朝8時。
毎朝、会社の近くのコンビニにウーロン茶とカフェラテを買いに行くのが私の日常だ。
朝のテンションというのは、どうしてこうも上がらないものなのだろうか。何年働いてもこの感じは変わらない。
勤続20年のキャリア組大先輩に聞いてみても、
「朝と月曜日の憂鬱は一生もんだよ! 偉くなっても変わらないから!」
と笑われた。
やはりそうか。何となくそんな気はしていた。先輩ほどの優れた者でもそうなのだから、もう仕方ない。この憂鬱とは上手く付き合っていかないといけないようだ。
では、なぜ朝は憂鬱なのか。
まず、眠い。ものすごく眠い。
通勤電車を寝て過ごす私は、会社の最寄り駅を降りた頃にはまどろみが抜けきらず、ぼっーとしている。
そして、歩いている内にこれから始まる終わりのないタスク潰しというゲームを思い出してウンザリするのだ。
あー、今日会社に行ってやることは、あれとこれとそれで、その後は会議、その後は……。
あ! やばい! 〇〇さんにメールを送り忘れていた! まず一番はメールだな。いや、でもあれも早めに終わらせないと怒られるな。
うー、昼までにあれは終わるかな。ランチをすがすがしい気持ちで迎えるために、あの仕事だけはなんとしても終わらせたい。
そんなことをぶつぶつ考えながら、いつものコンビニに向かうとあの異常に大きな声の店員Aに毎朝遭遇する。
コンビニ店員A「イラッシャイマセー!」
コンビニ客B「……」
カタコトの日本語で、耳障りな大きさの挨拶なのである。
何もこんなに大きな声でいらっしゃいませを言う必要はないのではないか。
一人だけ明らかに声の大きいその店員Aを見て、私は自分が新入社員だった頃をぼんやりと思い出した。
「いいか、新人の仕事はまず挨拶だ! まずは挨拶で顔を売れ」
生真面目な顔でそう言う上司の言葉が、当時の私には意味不明だった。仕事が挨拶なんて、そんなわけないじゃないか。やっとの思いで入社できたのだから早く仕事を覚えてバリバリ働いて認知してもらうのだと浅はかなことを考えていた。
ところが実際、挨拶はなかなかの大きな関門だったのだ。
体育会系の部署に配属されてしまった私は、毎朝一人一人のデスクまで直接出向いて挨拶をすることが必須だった。体育会の部活なんて所属したことがない私にとって軍隊のように挨拶をすることは、ややこしく面倒くさい習慣だと思ったが簡単なことだろうと舐めきっていた。しかし、これが全然簡単じゃない。
忙しい先輩方は新人の挨拶なんかに付き合っていられないのか、こちらがどんなに大きな声で挨拶をしても軽くあしらわれる。返事をきちんと返してもらえない。レスポンスがないということほど寂しいものはない。そして、新人に一切感心のない先輩達は、いつまでたっても私達のことを「新人さん」としか呼んでくれなかった。
「あ! そこの新人さんあれやって!」
「新人さん、この書類を二階まで持っていってくれる?」
そう呼ばれる度、違う! 違う! 私は新人さんじゃない! ちゃんと名前が付いているのだ! と思いモヤモヤしつづける日々が続いた。
何もできない新人なりに一人の社員として、ちゃんと認識してほしいという願いがあった。しかし、当時の先輩にとって役に立たない私達は、お遊戯会でセリフの少ない配役みたいに新人A、B、Cでしかなかったのだ。
そこで、私は苦し紛れに同期と作戦を練った。
飲み屋で散々酔っぱらいながら、同期と練った作戦は、まずはこちらが先輩の名前をちゃんと呼んで挨拶してみようというシンプルなものだった。
次の朝から私達は、各デスクの先輩に名前付きで挨拶をしてみた。
「○○さん、○○さん、おはようございます! 今日も宜しくお願いします!」
「あ、お…はよう」
数秒、目を丸くされたが名指しの挨拶にさすがに無視できなかったのか小さく返事を返してくれた。成功だ!
作戦が成功して同期と密かに目を合わせてニヤニヤする。
この方法を毎日続けていると、少しずつ私達は先輩に認識をしてもらえるようになり、「新人A」という存在からきちんと名前を呼んでもらえるようになった。
思い返せば新人だったあの頃の私達にとって、挨拶は何よりも大切な仕事のひとつだったのだ。
それから5年以上が経ち、中堅と言われる世代となった私は、正直挨拶をおざなりにしている気がする。
「おはようございます!」
と目を合わせて先輩に元気よく言っていた新人の私は消え去り、いつの間にか
「おはょぅ……ざいます」
と小さく自信なく言う大人になっていた。
ぼんやりとそんなことを思い出しているとあの大きな声の店員が私を呼びかける。
コンビニ店員A「ポンタカードオモチデスカ?」
店員の大きな声に意識を現実に戻した私は、お財布からカードを取り出そうとする。
慌てて財布を取り出すとその勢いでレジの前のガムの陳列を崩し、商品をパラパラと落としてしまった。
「あ!」
私はノソノソと床に散らばったガムたちを拾い上げて元にもどす。
と、今度は手に持っていた小さなサブバックが陳列棚に当たり、違うガムたちがパラパラとこぼれ落ちる。まるでコントみたいな展開である。
「プッ! ……ダイジョブデスカ? オキャクサマ!」
店員は明らかに笑っている。笑いをこらえるのを諦め、見るからに私を見て笑っているではないか。その姿を見たら私も妙におかしくて二人で顔を見合わせながら声にだして笑ってしまった。
「わぁ、ごめんなさい!」
笑いながら、私がもう一度落ちたガムを拾おうとすると
「オキャクサマ、ソノママデダイジョブ! シゴトオクレタラタイヘンヨ!」
と笑顔で気遣ってくれた。
気になって、そのいつも声の大きい店員の名札を見ると「チョウさん」という名前だった。
覚えておこう。その時、なんとなく私はそう思った。
思わぬハプニングで心を通わせたその日から、私とチョウさんの関係はただの「コンビニ店員A」と「コンビニ客B」から、「チョウさん」と「ガムを何度も落とした、どんくさいOL」に変化した。私達はガム事件以来、会えばニコリと微笑みあう程度の関係になった。
今日もいつものようにあのコンビニのチョウさんのレジに足を運ぶ。
チョウさん「イラッシャイマセー! オハヨゴザイマス! ポンタカードオモチデスカ?」
どんくさいOL「はい。ありがとう……チョウさん」
たまには、私も「コンビニ客A」ではなく、言葉を発してみよう。
そう思って発した私の言葉にチョウさんの顏がぱっと明るくなり、歯をむき出しにする。
「アリガトゴザイマシタ。イッテラッシャイマセ。オシゴトガンバッテクダサイネ」
あなたもね、と思いつつ、ニンマリといい笑顔をするチョウさんをなんか憎めないなぁと感じる。
チョウさんよ!
チョウさんのおかげで私は新人の頃の新鮮な気持ちをちょっとだけ取り戻せたのだ。
あたりまえのことをおざなりにせずに、一生懸命にできる人ってなんだかんだすごい人だと思う。チョウさんは懸命な挨拶によって私にそれを教えてくれた。
今日もまたいつもと同じドタバタの1日が始まる。
チョウさんはいつも通りの声のでかさで絶好調である。
不思議と以前は耳障りに聞こえていた声の大きさが気にならなくなる。
ぼっーとしていないで私もたまには新人の時みたいに大きな声で挨拶をしてみようか。
面を食らうオフィスのみんなの顏が思い浮かび、私はちょっとニヤニヤしながら会社へ向かう。
相変わらずタスクの山は減りそうもない。
だけど、こんな日常も悪くはないかと思えてきた。
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