バンジーから飛び降りる覚悟でオムツは外れた
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:パナ子(ライティング実践教室)
ジュワーーーーーーーーーーーーーーー。
ん? んん? 生温かい……!!
ハッとして目覚めるとそこは辺り一面、尿の海。これが仮に血の海だったら間違いなく殺人事件だぞという程の大量のおしっこに囲まれているというのに、当の本人は天使のような顔でスヤスヤと寝息を立てている。
はぁ……。またか。
息子を着替えさせながらため息が出る。パンツ、パジャマ、シーツ、敷きパッドなど真夜中だというのに大量発生してしまった洗濯物を見つめながら途方に暮れる。
3才の頃に完全にオムツが外れた息子は4才になる頃、急にまたおねしょを繰り返すようになってしまっていた。
きっかけはわからない。しかしあまりにも繰り返すおねしょに音を上げた私はとうとうアレに手を伸ばしてしまった。オムツである。
もう買うことはないと思っていたオムツをドラッグストアのレジに通した時は何だかソワソワした。いいのか? それでいいのか??
でも、もう何回も何回も真夜中に大量の洗濯物と格闘するのは嫌だ!
私は首をブンブンと振りながら迷いを打ち消して「Lより大きいビッグサイズ」のオムツを宝物のように胸に抱えて帰宅したのであった。
こうして、本人の意思とは関係なく、快適なオムツ生活がまたスタートを切ってしまった。
ぐっすりと熟睡した4才は、まるでイースト菌で発酵させられたパンみたいに大きく膨らんだオムツと共に起床するのが常になった。さすが一回はオムツが外れていただけある。きっと膀胱はもう完全なる成長を遂げているのだ。今にもはち切れそうなパンッパンッのオムツを履いた4才はみつばちのように可愛らしかった。
いやいや、待て待て。そんな事言ってる場合ではない。この状況をどうにかしなければ、と思いつつ時は残酷に通り過ぎるのであった。
そんな時だった。
オムツを外すのに大きなきっかけをくれた人がいた。小児科医だ。
おねしょとは別件で小児科医を訪れた際、他に何か気になることはないかと聞かれ思い切って相談してみた。
先生は経緯を聞くと「(オムツ)外してみたら? 夏だしね」といとも簡単に回答を差し出してきた。
夏だし素麺でも茹でようか? くらいのカジュアルな感じで言ってくるやん。そんな簡単にできるの事なのか? 外せなかったからこそ悩んでいたのにその回答は軽すぎるではないか。エアインチョコくらいの軽さだぞ。少し物申したくなった私を優しく制するように先生は続けた。
「オムツ自体はね、小学校入学までくらいなら外れない子もいます。膀胱の成長には個人差があるのでね。その場合は気にしなくていいの。ただこの子の場合は一度外れてたってのが気になるね」
6カ月以上オムツが外れていたにも関わらずまたオムツに逆戻りする場合は精神的ストレスや身体的疾患も視野に入れる場合もあるという。
これを聞くとのんびり屋の私もいよいよ重い腰を上げなければという気持ちになってきた。
先生に背中を押してもらい、その夜から早速オムツなしで一晩過ごすことを試みた。
果たして荒野の向こうに輝く太陽を拝むことはできるのか? お母さんはビチョビチョのシーツもう嫌だよ。祈りにも似た気持ちを込めて4才に声を掛ける。
「○○、今日からまたパンツで寝てみようか? もしおしっこしたくなったらいつでもお母さん起こしてね。一緒にトイレにいこう」
うんうんと勢いよく頷く4才。
「なんかいでも、おこしていいの?」
「もちろん! お母さん絶対ついていくからね」
そりゃ本音を言えばお母さんも口を開けて朝まで豪快に寝たいけどね、背に腹は代えられぬとはこのことよ。4才のおしっこを気にしながら私の極浅い眠りの日々が始まった。
夜中に細切れに起きては4才の股間にそっと手を当ててみる。よし! 乾いている。大丈夫だ。俊ちゃんのハッとしてグーみたいに起きては触る、起きては触るを繰り返すうち私はいつの間にか意識を失ってしまったようだった。
午前7時。
ハッ! 4才のおしっこは!?
……濡れてない!!!!!
まさかの一日で習得を!? そんな馬鹿な!!
防水パンツも試したし、パンツに敷くタイプのパッドも試したし、水分量を調整するとか色々試した挙句ダメだったのに信じられない。
と歓喜したのも束の間、翌朝はまた尿の海で目が覚めることになった。やっぱりかー。無理かー。と落胆したのは言うまでもない。
綺麗好きで合理的な方法を好む夫は言った。
「まあ、またしばらくはオムツにしたら?」
普段の私だったら「そうだね」とあまり深く考えずにこう答えていただろう。しかし今回ばかりは違った。
「いや、大丈夫だから。多分もうできるから今夜もパンツでいくわ」
この覚悟にはある事情が関係していた。
実は4才は舌小帯が短く、上手に発音ができない。要するに舌足らずなしゃべり方で「~でちょ?」と赤ちゃん言葉になってしまうのだ。正直親から見たそれはとても可愛らしく何なら長いこと見ていたい気持ちにさせたが、そうも言っていられない事件が起きた。
幼稚園でお友達に「バブちゃんだ」とからかわれ、普段は温厚な本人が怒って抗議したというのだ。
4才はうちの兄弟では弟の方だし、早生まれのため同じ学年の中でも体が小さい。それは行く場所行く場所で小さい人扱いを受けやすいという事だ。
しかし、本人が怒って抗議したという話を聞いた時に初めて気づいた事があった。
この人はもう赤ちゃんじゃない。
ちゃんとした自尊心がある。
4才だから赤ちゃんじゃないのは当たり前の話なのだが、大きい人ばかりに囲まれているのを見慣れ過ぎて「息子は幼くて世話を焼かれる存在」との認識が潜在的に私の心の中に根付いていた。もしかしたら息子が可愛いあまりに幼い姿をそのまま愛でるだけで、本来できることをさせてこなかったのではないか。そういった反省が生まれた。
だからこそ、一度外れたオムツ生活をもうこれ以上長引かせたくはないと思ったのだ。
最近、子育てコーチングの界隈では「子供を心配する気持ちは一種の呪いだ」ということが言われ始めている。
赤ちゃんの頃からあれやこれや世話を焼いてきた母親だからこそ、心配してしまうという構図は出来やすいだろう。私だってその傾向が大いにある。しかし、子供の心配をする余りに子供の可能性を潰してはいないか。
もし心配しそうになったらバンジージャンプで飛び降りる覚悟で挑戦させよう!
根拠はなくても「私の子供なんだからできる!」という勢いで信じよう!
失敗してもドンマイドンマイと背中を押すお母さんでいよう!
これからは少しずつそんな心持ちで子供を育てていきたいと思っている。
さて、その後の4才。
幾度かの殺人事件級の尿の海に包まれた後、ピタッと魔法にかけられたみたいにおねしょが止まった。緊張感に襲われながらの浅い眠りではなく、私も朝までグースカ眠りこけている。
ほら、やっぱり! 私が信じてあげられなかっただけで4才の膀胱はちゃんと成長しているじゃないか。今宵も我が家には、パンツ姿の誇らしげな4才を囲んでの平安な夜が訪れそうだ。
***
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