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ゼロ円の還暦祝い

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:都宮将太(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「お父さん、ここまで育ててくれてありがとう」
たった二十一文字。この言葉が言えたのは、恥ずかしながら三十歳を目前にした先日のことだった。
今までも内心では思っていた。だが、思うと口にするは違う。そう実感した日でもあった。
 
 
私は今、ある方に渡す手紙を書き終えた。
文字数は約100文字。
恥ずかしいことに、文章を書きながら泣いてしまった。途中目に浮かぶ涙を何度か拭いたため、ハンカチは湿っている。
24時間テレビでも泣いていない私が、たった百文字程度の手紙を書く時間で泣いてしまった。
手紙を書き終えるまでに要した時間は約二時間。
いくら手書きだからといって、そんなに時間のかかるものだとは思わなかった。
いや、性格には文章を書くよりも、考えることに大半の時間を使ってしまった。
その文章とは一体何か。誰に渡す手紙か。その手紙は、
還暦を迎える父親へ渡す感謝の手紙だ。
 
 
「父親の還暦祝いどうしようか」
最近の脳内は、この悩みで埋まっていた
大分県の温泉に親戚一同で旅行する計画は立てているものの、還暦祝いにプレゼント無しでは父親も素直に喜べないだろう。
「旅行に行くし、何も準備せんでいいよ」
と、母親はプレゼントの準備にあまり乗り気ではない。
友人に還暦祝いについて相談したところ、高価なスーツやお酒。また、ゴルフ好きな父親でもあるため、ゴルフセットのプレゼントといった案もでた。
お金が判断理由になったわけではないが、どれもピンとこなかった。
 
 
そんなとき、テレビに映るある光景を見てピンときた。
それは、お笑い芸人が自分の人形を勝手に製作されるという番組だった。
「これだ! 父親の人形を作ってプレゼントしよう!」
そう考えた。
幸運なことに、私の地元、福岡市では博多人形が有名なのだ。
周囲の人形店へ無差別に電話をかけ、人物写真からの人形製作が可能かを聞きまくった。
十件以上電話をかけ、人形製作が可能なお店が一件だけ見つかった。
次の休日、私はお店に伺い店主と面談した。
その店主は準備の良いことに、人形の大きさに合わせた見積書まで作成済みだった。
私は数枚の見積書を早速見せてもらった。
「これは新車の見積もりですか?」
という言葉が喉元までやってきたが、口に出す直前で消した。
それくらい人形の値段が高価だった。
父親の還暦だ。値段はケチらないと決めていたが、ワンランク下の人形製作を依頼した。
ところが、金額という条件をクリアした私を待っていたのは、第二の試練である製作時間だった。
 
 
「今日の受注ですと、製作期間は一年半です」
「え?」
私の反応が予想外だったのか。店主が困惑した表情を浮かべたのが分かった。
私は人形製作の期間を、勝手に三ヶ月くらいと見積もっていた。
「そんなにかかるんですか?」
「職人さんへお願いするからね……」
何を当たり前なことを聞いているんだこの客。そんな漫画のような吹き出しが見える店主の態度に不満を感じたが、そんなことは問題ではない。
父親の還暦は四ヶ月後なのだ。
一年半も待っていられない。
渋々人形製作をキャンセルした私は、店主の恨めしそうな視線を背中で受けながらお店をでた。
「ありがとうございました」
という言葉はかけてもらえなかった。
 
 
「困った。非情に困った。還暦祝いどうしようか」
途方に暮れ帰り道を歩いていた私だったが、人間の心理なのか、
「後4ヶ月ある。全然余裕だ!」
という根拠のない自信が出てきた。
小学生が、「夏休みも始まったばかり」と余裕をかまして宿題をしないのと同じだ。
そんな小学生はどうなるか、夏休み終了直前に焦るのだ。そして後悔する。「もっと早く宿題を始めていれば」と。
今の私がまさにそれだ。
父親の還暦祝いまで一週間きってしまった。
少し高価なお酒やスーツをプレゼントしようか。そう思った矢先、悪い知らせが入った。
父親の同僚が還暦祝いにと、お酒やスーツ。更にはブランドのゴルフウェアをプレゼントしたのだ。
そんな中、家族で息子の自分が、皆と同じ物を贈るわけにはいかない。そんな使命感に駆り立てられた。
そんなとき、先日読んだある本の一文が脳裏に浮かんだ。
 
 
『人が亡くなる寸前に後悔することの一つは、人に感謝の言葉を伝えられなかったこと』
 
 
という一文だ。
確かにそうかもしれない。これまで父の日や誕生日にプレゼントを贈ったことはあっても、感謝の言葉を伝えたことはない。
せっかくの還暦だ。恥ずかしさを堪えて、感謝の言葉を伝えよう。そして、感謝の手紙を渡そう。
そう意気込みペンを持った数十分後、涙で視界がぼやけてしまった。
 
 
ここまで一家の大黒柱として家庭を支えたこと。仕事と家庭のストレスを抱え、子供を大学まで通わせたこと。
そういえば私は、父親の悩み事や不満を聞いたことがない。
悩みがなかったのか? いや、そんなはずないだろう。
仕事の悩み、家族の悩み、お金の悩み。私よりもはるかに悩んだはずだ。
眠れない夜なんて、数えきれないほどあっただろう。
だが、そんな弱みを一切見せず、家庭を支えた父親のことを思うと涙が溢れてしまった。
溢れる感謝の思いをどうにか文字にしたが支離滅裂だ。
だが、読み返すのも恥ずかしく、感謝の言葉は還暦当日に言葉で伝えようと思い、その日を迎えることにした。
 
 
九月二日、父親の還暦当日を迎えた。
親戚含め、約二十名が集まる中、各家庭から還暦を迎えた父親にプレゼント贈呈が行われた。
プレゼントが被らぬよう、実際に何を渡すかは聞いていた。しかし、私が手紙をプレゼントすることは誰も知らない。もちろん父親本人も。
一通りのプレゼント贈呈を終え拍手がなりやむと、ついに私の番が回ってきた。
「何を渡すと?」
と、身内何人かが聞いてきたが一切言わなかった。
私がジャケットの内ポケットから手紙を取り出した瞬間、周囲から悲鳴のような歓声が上がった。
父親が照れているのが分かる。
恥ずかしい気持ちを押さえつけ、私は手紙を広げた。
 
 
手紙を全文読むのは恥ずかしく、
「お父さん、ここまで育ててくれてありがとう」
とだけ口にして手紙を渡した。
手紙は後程、一人のときに読むように言葉を添えた。
だが、周囲の野次もあり父親はその場で手紙を読むことになってしまった。
今思うと、それが良かったのかもしれない。私はその日、初めて父親の涙を見ることができた。
父親の涙につられてか、母親含め、親戚の何人かが涙を流してくれた。
 
 
手紙を書いたいり、感謝の言葉を伝える行為にお金はかからないが、お金をかけたプレゼントを準備するよりもハードルが高かった。
実際に感謝の言葉を伝えるのは、非常に恥ずかしく難しいものだ。
恥ずかしくて言葉にできない人も多いはずだ。
だが、恥ずかしい気持ちを一歩超えた先に、言葉では表現できない感動が待ち構えている。
 
「今日は最高の一日です」
目を赤くした父親の言葉は、今後も忘れることができないだろう。
 
 
 
 
***
 
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2023-09-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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