メディアグランプリ

沈黙は金なり。と教えてくれた靴屋の店員さん

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:都宮将太(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「こちらの靴、……なんですよ」
笑顔でそう答えるのは靴屋の店員だ。
接客態度もよく、商品も気に入った。加えて店員がとても綺麗で笑顔が素敵だった。その笑顔にも負け、当初の予算より若干高い靴を購入しようと私は思った。
だが、店員の何気ない一言で、私は購入を断念した。
その店員に悪気は全くないだろう。そのことは事実かもしれないし、私を侮辱したわけでは当然ない。
この店員が何を言ったのか、読者の皆様は当てることができるだろうか?
 
 
「私服用の靴を買いに行こう」
そう思って既に半年以上が経過していた。
普段はスーツだし、私服用の靴は必要ない。ボロボロでも履ければ十分だと思っており、常に後回しにしていた。
だが、職場にいる女性の上司から言われた一言が私を駆り立てた。
「靴汚いね。足元が綺麗じゃないと女性にモテんよ」
その日は休日出勤。皆私服で出勤する一日なのだ。物事をハッキリ言うことで有名なその上司は容赦なく言葉のナイフを私に突き刺した。
私が黒ひげ危機一髪の人形なら、その上司の一刺しで飛び出していたかもしれない。
「いくら服や髪に気を配っても、お洒落は足元からやけんね!」
その言葉に周囲の女性何名かが無言で頷いた。
 
 
「確かに汚いな……」
足元を見ながら私は思った。
既に履き続けて一年以上が経過している。平日はスーツのため、私服用の靴を履く機会は滅多にないのだが、さすがにボロボロだ。購入した際は芸能人の歯のように白かった。と言ったところで、もう誰も信用してくれないだろう。それくらい色あせていた。
当初はフリマアプリや、中古の品物を購入しようと思っていたが、
「女性にモテんよ」
その一言を思い出し、多少高めの予算を設定してデパートへと向かった。
 
 
「いらっしゃいませ」
明るい声に迎え入れられた私は、靴が四方八方に並んだお店に入って行く。
今年三十歳になる私だが、ブランドにまるで興味がない。アイドルにまるで興味のない人間から見たら、全員同じ顔に見えるのと同じだ。
ナイキやプーマといった王道のメーカーなら分かるが、今見ているブランドが何なのか、まるで分らない。
店内の雰囲気や、店員の接客態度を見る限り、少しは高級店であるようだ。
店内の奥に入って行くと、一つの靴が目に入った。白をベースに、ワンポイントでブランドのマークが入っている。
「これいいな!」
この靴を購入しようかと思い、靴の中に入っている値札を外側に取り出す。
何故靴屋の値札は外側に出ておらず、靴の中に入っているのか。そんなことを考えながら金額を見る。
「若干高いな……」
予算との差額を脳内で計算し、差額で缶ビールが何本購入できるのかを考えていた。缶ビールニ十本以上が買えると分かった私は、靴の購入を諦め、店内を出る体制に入った。そんなとき……
 
 
「そちらの靴、新作なんですよ」
横から女性の明るい声が聞こえてきた。
声の方向を振り向くと、モデル並みに綺麗なルックスをした、店員の女性が立っていた。
この靴を買おう! 単純な私は即決した。
予算との差額分、この店員の笑顔が見れたのだ。それはそれで得かもしれない。そんな理由で自分を納得させた。
人間は自分の都合の良いように物事を解釈する。と、何かの本で読んだことがあるが、まさにそれだ。
「この靴を買おうと思って……」
「ありがとうございます」
店員がさらに笑顔になる。
良い靴も見つかり、店員の笑顔も見れたし、来てよかった。と、私は思った。
「履いてみますか?」
「お願いします」
「サイズお持ちしますね」
事務的な会話が、とても楽しかった。
裏から私のサイズに合った靴を持ってきた店員は、私の担当になったようだ。
「どうですかね?」
靴を履き終えた私は、立ち上がり鏡を見ながら店員に尋ねる。
似合ってないとは言わないだろう。そんなことも内心思っていた。
「とても似合ってます!」
「本当ですか?」
分かりきっていた返答にも、テンションが上がってしまった。
この靴を買おう。そう確信した私は、その意思を言葉にしようとした。
そのとき、店員がとある言葉を発した。
その言葉は私の購入意欲を一気に冷ましてしまった……。
 
 
『こちらの靴、五十代と六十代の方に、とても人気なんですよ』
 
 
え? 五十代? 今年三十歳とはいえ、私はギリギリ二十代だぞ……。
店員は笑顔でその言葉を発した。事実なのかもしれないし、私を侮辱したつもりは全く無いだろう。
後一押しと思ったのか、沈黙を嫌ったのか、意図は分からない。だが、私はその一言で購入を断念してしまった。
「沈黙は金なり」といった言葉があるが、確かにその通りかもしれない。
仮に、店員が無言で言葉を発しなかった場合、私は確実に靴を購入していた。
「すみません。やっぱり買うのやめます」
そう言った私を、店員は驚きが隠せない表情で眺めていた。
「ありがとうございました」
少し寂し気な店員の声を背中で聞きながら、多少の罪悪感を抱えた状態で、私はお店を出ていった。
 
 
「今回のことは他人事ではないかもしれない」
帰り道、そんなことを考えていた。
当時営業職だった私は、余計な一言をお客様に言ってないだろうか? と考えた。契約に至らなったのは、私の余計な一言でお客様が不快になったことが原因だったかもしれない。
また、これまで成就しなかった恋愛は、私の余計な一言が原因だったかっもしれない。
そんなこと、今まで考えたこともなかった。
良かれと思って言った一言が、相手を不快にする可能性だってある。
言葉は一度吐き出すと、ネットショッピングのようにキャンセルすることができない。
「この言葉を発すると、相手はどんな気持ちになるのか」と常に考えるように意識を持つことができた。
靴屋の店員のお陰で、相手の気持ちを考えることを学ぶことができたのだ。
そう思うと、今回の経験は非常に良かったのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は自宅へと帰り着いた。
 
 
 
 
***
 
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2023-09-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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