猫は言い訳を聞かない
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記事：yokuyakitori （ライティング・ゼミ10月コース）
女性にモテてモテて仕方がないという男性に、猫を飼うことを勧めた。
知人にTさんという男性がいる。３８歳でウェブマーケティングの会社に勤めている彼は、長身で整った顔立ちをしており、話が上手で仕事も出来て、とにかく女性にモテる。
歴代の彼女に渡した合鍵の数は、両手で数えられないそうだ。いつでも結婚できるけれど相手を選びすぎていて、独身なのだそうだ。
Tさんと私は直接の友人ではなく、彼との共有の友人から、漫画のようなモテ話をいつも面白く聞かせてもらっていた。
半年前、下北沢で何人かで集まって食事をする機会があった。台湾料理の店だった。
その中にTさんもいた。Tさんと会うのは久しぶりで、話の流れで私が猫を飼っていることを知ると、Tさんは言った。
「いいなあ！ 俺も猫を飼いたいんだよね」
Tさんの会話は基本的に肯定から入る。
「一人暮らしでペットを飼っているから結婚できないんだよ！」なんて失礼なことを頭ごなしに言わない。
こう言うところもモテるポイントなんだろうな、と思いながら話を聞き出すと、どうやらTさんはかなりの猫好きで、本気で猫を飼うことを考えているようだった。
猫いいよね。犬も可愛いけど、毎日散歩に行かないといけないのは自信がないし、猫のマイペースで気まぐれなところがいい。ツンデレっていうよね。寒いと布団に入ってきて、一緒に寝たりしてくれる？うわーそれたまらないね。
青島ビールを飲みながら、猫と暮らす生活への憧れを語るTさんに、猫はいいですよ、本当にいいですよ、飼ったらいいですよ、と私は力説した。
Tさんはくっきりした二重瞼の瞳を輝かせて、「猫を飼って一番よかったと思うことって何？」と私に聞いた。
私は少し考えて、答えた。
「色々ありますけど……、自分が少しまともになった気がします」
「ああー、ペットを飼うって責任がいるもんね」
「それもあるんですけど。なんというか、あのね、猫には言い訳ができないんですよ」
私の答えにTさんはピンとこない顔をした。そんなの当たり前じゃないか、と言いたげだった。
私は説明した。
猫は、人の言い訳を聞かない。
人間の言葉を理解する猫、というのはいないわけではないが、言い訳を聞く猫は聞いたことがない。
飼い主の帰宅が遅い理由、例えば溜まっている仕事があろうが、付き合いで行かなくてはいけない飲み会があろうが、猫の知るところではない。人間の事情は関係ない。
彼らはただ帰宅が遅かった事実に怒り、鳴いて不満を訴え、時には嫌がらせでベッドの上に粗相をする。
猫が見ているのは、人間の行動だ。早く帰ってくること、ご飯をあげること、トイレを綺麗に掃除すること、自分を構うこと、言葉よりも行動。なんてシンプルなことか。
私は猫を飼ってみて、自分が普段人付き合いの中で、いかに言い訳をしているかに気がついた。
あまり気乗りがしない誘いを「仕事が忙しい」といって断り、返信が遅くなった理由を「ちょっとバタバタしていて」と言い、「話が盛り上がっちゃったから」と終電を逃す。息を吸って吐くように言い訳をしている。
言い訳をすると人は許してくれるし、自分も誤魔化せる。だけど動物は誤魔化せない。まっすぐな目で見つめられると、謝るしかない。言い訳が通じない存在と一緒に住んで、自分が少しまともになったような気がする。
私は語った。今思えば、なんであんなに自分のだらしなさを露呈するような話をしたのだろうと思うが、その時Tさんは神妙な顔で私の話を聞いていた。
それから、「やっぱり猫飼おうかな」とぽつりと言った。
最近、また食事会でTさんと一緒になった。代々木上原のブータン料理の店で、辛い炒め物が美味しかった。
少し近況報告を交換した後に、Tさんは私に言った。
「そういえば、猫飼い始めたんだよ」
「えー、本当ですか！」
驚いた。彼は本当に保護猫を引き取って飼い始めていた。写真を見るとヤンチャそうな黒白のハチワレ猫だった。引き取って３ヶ月になるという。
その場にいた知人たちはすでに知っていたようで、これでいよいよTは結婚できないよ、今彼女もいないんでしょう、などと好きに軽口を叩いたが、私は嬉々として尋ねた。
「どうですか、いいでしょう？ 猫」
「猫、いいね。思っていたより全然ツンデレじゃないし、構って攻撃がすごいし、イタズラされるから部屋に置けるインテリアが限られたけど、可愛さで全て凌駕してくる」
わかります、わかりすぎます、と全肯定する私に、しみじみとTさんは言った。
「あと、嘘がつけない相手はいいものだね」
Tくんっていつも彼女がいるけど、いつも長続きしないんだよね。と友人から聞いたことがあった。女性の方から好きになられるのに、あなたのことが信じられないって言われて振られるんだって、と言っていた。
私が無意識に言い訳をしまくり生活していたように、Tさんは嘘をついていたのかもしれない。漠然とそう思った。
「猫は人間を幸せにしますからね」
「間違いないね」
私たちは勝手に自分たちの愛猫に乾杯したが、家で寝ている猫たちは人を幸せにしている気なんてさらさらないだろう。
猫には人間の事情は関係ない。
＊＊＊
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