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声が、出ない!

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田三佳(ライティング実践教室)
 
 
声が出ない。
先週末ひと月ぶりに娘と孫が遊びに来て、私は海辺やアウトレットモールで大人げなく
はしゃいだ。何度も笑い転げ、4歳、1歳児と歳を忘れて走り回った。
とても幸せな時間であった。
が、翌日から私の声はまるで長年放置したドライフラワーのように枯れっ枯れのカスカスとなった。
確かに夫から移されて風邪気味ではあったが、こんなにも声が出ないなんて……。
 
歳月は残酷だ。
美容オタクでいつだって手入れを怠らなかった私の肌。
良いと聞けば高価な美容液も使ってみた。
メイクを落とさずに眠ったことなどただの一度もない。
それなのに60を超えた辺りから、たるみ、シワ、ほうれい線、シミといった「ババアの烙印」のようなエビデンスが私の顔に目立ち始めた。
カラダだってそうだ。
隠したいほど豊かだった胸は無残にも重力の意のままに位置を変え、今やただ肩こりの一因でしかない。
ウエストなるものは、もはや何処を探しても見当たらず代わりに下腹ばかりが主張をやめない。
記憶力は低下著しく、互いに映画好きな夫と「ほらあの映画に出ていたあの女優よ~」と
ボケボケの会話が続く。(なぜか成り立つ)
その上、加齢の波は私から声まで奪ってしまうのか?
「ブルータス、お前もか!」の心境である。
 
不安になった私は主治医のドクター昌を訪ねた。
「先生、私の声はもう戻らないんでしょうか?」
「コロナの後遺症かもしれませんね。一時的なものだから大丈夫。きっと直りますよ」
ドクター昌はいつものようにダンディーな顔に笑みを浮かべて言ってくれた。
私は1ヶ月前にコロナに罹患した。すっかり回復したと思っていたが今頃こんな後遺症が出るとは……。単なる加齢の仕業ではなかったのだ。
とりあえず良かった。
決して美声とは言えない私の声だが、戻ってきてくれるのね。
 
声が出なくなって数日、気がついたことがある。
まず、話す相手がいないと声が出ないことに気づかない。
夫を送り出し一人になりうっかりどこかに電話して、しまった声が出ないのだと気づく。
趣味のオンライン英会話もしばらくできない。
何より困るのが仕事だ。
明るく「いらっしゃいませ」と声を張るようにいつも心がけているのに、発してみてあまりのひどい擦れ声に情けなくなる。
レジでもお客様に「は?」と尋ねられることが多いが笑顔でごまかす。
いっそ首から「私は今声が出ません」と下げて店に出ればと夫は言うけれど、そんな大げさにしたくない。
その代わり、しつこい勧誘電話には思わぬメリットがあった。
霊園、エステ、化粧品など一度番号を登録してしまったところから時々電話がかかるが
このカスカス声で応えると、皆申し訳なさそうに電話を切ってくれる。
百の言葉より雄弁な私の擦れ声。良いこともあるものだ。
 
私は少し前に「目の見えない白鳥さんとアートを見にいく」という本を読んだ。
作者は全盲の白鳥さんの美術鑑賞をアテンドすることにより、目の解像度が上がり今まで見えていなかったものが見えてくる。
人は芸術作品だけでなくあらゆる物事を「見る」時、何らかの情報に左右されてフィルターやバイヤスのかかった状態で見ているのかもしれないと気づかされた。
白鳥さんはほとんどの事が一人で出来、今度生まれ変わっても目の見えない人生を選びたいという。
私はこれまで白杖の方を見かけるとできる限り声をかけ、時折サポートしてきたが相手の様子を無視して、手を差し伸べてこなかっただろうか?
障害があるから一も二もなく「気の毒に」と思う差別や優生思想が自分の中にもなかったかと反省した。
著者の川内有緒さんはこう語っている。
 
「必死に誰かの立場になって想像したとしても、わたしたちはほかの誰かの人生や感覚まで体験することは決してできない。同時にわたしたちは、ほかのひとになる必要もなかった。苦しみも喜びもすべてはそのひと自身のものだ。」(『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』)
 
たかが数日声が出なくなったくらいで、唖者の方の気持ちはわからない。
けれど思うように声が出ないもどかしさ、不便さはほんの少しわかった気がする。
そして同情されることの違和感も少しだけ理解できた。
 
今まさにインクルーシブ教育が話題である。
テレビで見た子どもたちはとても自然に目の見えない友達をサポートしていた。
子どもの頃から障害を含めた様々な「個性」を身近に感じ、人と違っていることが当たり前である環境で育ったら、偏見や差別も生まれにくくなるに違いない。
大人も川内さんのように、偏見や先入観を捨て障害のある方とフラットな関係を築けたらこの世界は少しずつ変わるのかもしれない。
 
それにしても声が出ないと余計におしゃべりがしたくなる。
いま私の心の声はとても雄弁で、様々な想いが浮かんでは消えてゆく。
この心の声を文字にして誰かに伝えなければ、苦しくてたまらない。
書くことは今、溺れかかった時に投げられた浮き輪のように私を楽にしてくれる。
声が思うように出るようになっても、この感覚、誰かに伝えたい想いをほとばしるように書き連ねる感覚を忘れたくない。
それにしても私の声よ、あなたは今どこにいるの。
早く戻ってこ~い!!
 
 
 
 
***
 
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