余命365日の遊園地
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:みはらあずさ(ライティング・ゼミ)
「なんでスケートリンクに魚なんか入れたんだろう。批判されるに決まっているのに」
ニュースを見たとき、私はそう思った。ある遊園地が、スケートリンクに本物の魚5000匹を閉じ込めたことで、クレームの集中砲火を浴びていた。
私の中にあざ笑うかのような感情があったことを否定できない。
だが、実際に問題のスケートリンクに立ってみて、私は自分が間違っていたことに気がつき、涙した。
お正月にその遊園地を訪れたのは、仕事で煮詰まっていたからだ。帰省先の北九州にいる私に、クライアントから「君の企画に、もっと新しさがほしい」というメールが入った。
新しさってなんだろう。
斬新で、インパクトがあって、苦労せず集客できて、ついでにコストもかからない。そんな企画を求められているのはわかっていたが、簡単に思いつくものではない。
私は、気分転換のために近くの遊園地に行くことにした。ジェットコースターにでも乗れば、頭がスッキリして、振り切れたアイデアが出てくるかもしれないと思った。
園内は元旦だというのに、平日の浅草花やしきよりも人影がまばらだった。
だが、人気ナンバーワンのジェットコースターは30分待ちの行列ができている。
案内板によると、長さ1,530mのコースを走行中に、安全バーについたボタンを押すと、BGMを聴くことができるという。
いったいどんな音楽が流れるんだろう? もし、B’z の「ultra soul」を聴きながら疾走できたら相当気持ちよさそうだ。
少し楽しみに思いながら、ジェットコースターに乗る。ボディガードを極限まで減らした設計なので、座席がむき出しだ。肩をがっちりホールドする安全バーもないのは、ちょっと心もとない。
心の準備ができる前に発進したコースターが、高さ60m、最大傾斜角度60度の頂点へ向かって動き出す。ガタガタガタ。速度は、焦らすようにゆっくりだ。高度が上がるにつれ、視界に入る遊園地が広くなる。
あ、どうしよう。ちょっと怖いかも。そうだ。BGMを聴いてみよう。
安全バーのボタンを押す。
すると耳元のスピーカーから、野太い声でお経を読む声が聞こえてきた。
「え? お経!?」
思わず声が出る。それは、真っ暗な夜道を歩いていたら、突然背後から男にホールドされて、耳元でお経を読まれるようなシュールな体験だった。男の声の高まりとともに、コースターは頂点へ達した。傾斜を上がるときに体にかかっていた重力から解放される。直後、高さ60メートルからのファーストドロップ。むき出しの車両ゆえのとんでもない風圧とスピード。続くセカンドドロップからの荒々しいループ旋回に体が振り回される。その間も延々と続くお経。聴いていると、このまま昇天しそうな気分になる。
コースターを降りてから携帯で調べてみると、最も過酷な行をこなしたすごい高僧が唱えるお経を聴くことで、「ご利益を得て理想の自分になろう!」と訴求するアトラクションだった。ご利益のほどは不明だが、この突っ込みどころ満載の体験を誰かに伝えたくなることは間違いない。
それにしても「お経×ジェットコースター」なんてアイデア、どうやったら出てくるんだろう? 企画した人も、実現した人たちもすごいなあと純粋に尊敬する。
園内を歩きまわると、「カピパランド」という一風変わったカフェが目に入った。敷地の半分を占めるほど巨大な砂遊び場があり、小さな子どもたちが遊んでいる。反対側にはカピバラと触れ合える広場がある。中央のスペースはフリードリンクのカフェだ。母親たちが子どもたちを見守りながら、ドリンクを片手にくつろいでいる。
小さな子連れのファミリーは、アトラクションの身長制限の関係で別行動することが多い。たいてい、父親と年長の子どもがアトラクションに乗り、その間母親は、年少の子どもをつれて時間を潰すために当てもなく歩き回る。「カピパランド」は、そんな母子がストレスなく過ごすための施設のようだった。
「今度は、カピバラ×カフェ×砂場か。よく思いついたなぁ」と感心する。
斬新なだけではなく、母子にとって必要なものをきちんと提供している。「企画はこうでなくては」と思い、手帳にメモした。
夕方に差しかかる頃、最高時速約130km、最大傾斜角89度、最頂部約65mのロケットコースターに乗ってみた。発進と同時に急加速し、ほぼ垂直に急降下する。所要時間は、体感で10秒の高速アトラクションだ。ロケットスタートし、頂点に至り、反転してほぼ垂直に落ちるまでの一瞬の「間」がすばらしい。夕闇に染まる視界に、イルミネーションで彩られた遊園地の全景が浮かび上がる。その一瞬の光景は笹倉鉄平の絵のように幻想的で、主催者からの贈り物のように思えた。
私が10年前に来たとき、このようなアトラクションやカフェはなかった。宇宙をコンセプトにする遊園地らしく、「非日常」を体験できる企画を一つずつ、実現していったのだろう。今日に至るまでに、いったいどれほどのアイデアが生まれては消えていったのだろうか。今、企画立案に苦労する立場だからこそ、この遊園地全体から「新しいものを作ってお客さんを楽しませたい」という意欲が伝わってきた。
最後にスケート場に向かった。ニュースで話題になった、魚入りのスケートリンクを実際に見てみたかったのだ。スケート場へ続く道は、宇宙船のような通路が長く続いている。ライトが青く点滅する通路で、機械的な女性の声が呼びかける。「ここは氷漬けにされた宇宙空港――」。
そうか。ここはただのアイススケート場じゃないんだ。氷漬けにされた宇宙空港なら、空港の周辺の海が凍って、魚が閉じ込められていてもおかしくない。少しわくわくしながらスケート場のゲートをくぐると、そこには――。
一面、真っ白な氷が張られていた。
魚入りの氷は、クレームが殺到したから廃棄されたようだ。
ちょっと落胆しながら、想像していたよりは普通のスケート場を見渡す。
きっと、企画を提案した人もこんなふうに感じたのではないか。
「ここは普通のスケート場じゃないんだ。氷に閉じ込められた宇宙空港なんだ。何か非日常感を演出するものがほしい」って。
それがホンモノの魚だった。
私もニュースを聞いたときは「プロジェクションマッピングや、作り物の魚でよかったんじゃないか」と思っていた。でも、ダミアン・ハーストの牛をホルマリン漬けにしたアートのように、ホンモノでなければ表現することができないものもあると思う。
たとえば、私たちは食物連鎖の下層の命を大量に食べて生きている。5000匹の魚はそれを象徴するかのようだ。主催者は、魚の圧倒的な「死」を感じさせることで、スケートリンクに立つ人間の「生」を強調したかったのかもしれない。それはまさに非日常の体験だ。
ここに来る前の私は、「魚入りのスケートリンク」を単語としてしか見ていなかった。その前後の「お客さんに非日常の体験を提供したい」という文脈や、遊園地全体を通して語られる物語を見ようともしなかった。
ニュースで報じられる「単語」だけ見て、勝手な想像をして、無責任な批判をした。「無難なことをしていては楽しんでもらえないから」とアイデアをひねり出し、挑戦した人の気持ちを踏みにじった。批判することのたやすさと、何かを生み出すことの大変さの、両方を知っていたはずなのに。
浅はかなのは、自分だった。
真っ白なスケートリンクを見ていると、胸がうずくように痛む。自分でも思いがけず、涙がにじんできた。
最後に遊園地全体を視界に納めるために、観覧車に乗ることにした。イルミネーションに彩られた遊園地は、昼間とはまったく違う顔を見せている。にぎやかで、楽しげで、とてもこの遊園地が2017年末に閉園するなんて思えない。ここは、今日を入れて余命365日の遊園地なのだ。一日たっぷり楽しませてもらっただけに、この場所がなくなることは惜しいと感じる。毎年子どもを連れてきて、家族で楽しみたいと思う。でも、その願いはもうかなわないのだ。
私にできることは何もないけれど、数年後にこの場所がただの更地になったとしても、今日感じたことは忘れないと誓った。
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