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マスターの助言通りに……


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:紗那(ライティング・ゼミ)

「大人はね、考えすぎなんだよ」
何の話だろう? ふと意識がそちらに向かう。
店のマスターが常連客であろうおばあさんに話しかけている。

私は積ん読を消費するため、地元にある最近お気に入りのカフェのカウンターにいた。
レトロな店内、豆を挽いてハンドドリップで注ぐ本格派なコーヒー、オシャレなカップとソーサー、雑誌と本が揃えられた本棚、店内に漂うコーヒーの匂い、全てがお気に入りの場所だった。

私はおばあさんの隣に腰掛けると、ブレンドコーヒーを頼み、読みかけの本を開く。視線を本に落としながらも、耳だけは隣のおばあさんとマスターの会話に向いていた。
「子供は考えない。感じるまま、やりたいことをやるし、やりたくないことはやらない。それなのに大人になると行動より頭ばっかり働いちゃうからいけないね」
私は本に落としていた視線を少しだけ前にスライドさせ、マスターを盗み見る。カウンター越しのマスターは話しながら、ゆっくりとドリッパーにお湯を注いでいる。鉄製のケトルはリズムよく円を描きながら、マスターの手によって自在に操られている。
「そうねぇ、大人になるとできるかできないかを冷静に考えて、できない理由ばっかり探すわねぇ……困ったもんだ」
隣のおばあさんがコーヒーカップから口を外すと、小さくため息をついてそう答える。マスターがドリップしているコーヒーの深い匂いが、ふんわりと漂ってくる。
「だって、考えてごらん。子供の時、できなそうだからって諦めたことなんてなかっただろう? 子供は純粋にやりたいことをやろうとするし、欲しいものは欲しいって言えるんだよ」
先ほどから、マスターの話には頷かずにいられない。
大人になると途端に頭でっかちになる。私は小さい頃の記憶をひっぱり出してみる。例えば、自転車が乗れなかった頃、転ぶことが怖いからと言って自転車に乗ることを諦める子どもなんていただろうか? そんなことは考えずにみんなと同じように早く自転車を乗れるようになりたい! そういう思いでいっぱいだった。自転車の練習中に転んだ痛みに対して大声で泣くことはあっても、転ぶ前から転んだら痛いだろうかとか、怪我をしたらどうしようなんて無駄な事を考えもしなかった。
きっと子供の頃は、物事への恐怖よりも好奇心の方が勝っていたのだ。
それが大人になるとリスクばっかり恐れて全然動けなくなる。上手く取り繕った言い訳を武器に、小さな好奇心に蓋をして平然と自分の気持ちに嘘をつくようになってしまうのだ。

「あれこれ考える前にやってみればいい。考え出すと動けなくなるからね。自分の可能性を狭めているのは、結局自分自身だったりするものだよ」
マスターの言葉が頭の中にガンガンと響いてくる。そうだ。大人は自分で自分を箱に閉じ込めてしまう。これは自分にはできない。これは自分には向いてない。こんなこと自分にできるはずがない。所詮、そんなものは全部、自分が傷つかない為の言い訳でしかないのに……。

「それに、僕たちは大切なことを忘れている。人間は時間が有り余っていると勘違いをするけれど、いつだって死に向かって生きているのだから迷っている暇なんてないんだよ」
マスターはドリッパーにお湯を注ぎ切ると、ポタポタと抽出されるコーヒーに視線を落としたまま静かにそう言い切る。
「そうねぇ、迷っているうちに私なんて75歳だもの!」
あばあさんはアハハと少しだけ声を出して笑うと、何かを思い出したかのようにすぐに口をつぐんだ。
「もう15年も経っちゃったのね……」
「あぁ……そんなに経ったんだね」
少しだけ天を仰いだ後そう言うと、マスターは抽出しきったコーヒーをカップにゆっくりと注ぎ、私の目の前に笑顔で差し出す。
「あの人がいなくなってから、自由気ままに生きてきたけどそろそろ一人も飽きちゃったわよ……それで、マスターは何を始めることにしたの?」
会話のニュアンスからおばあさんが旦那さんに先立たれたということが感じ取れる。
きっと、そうなのだろう。
「あぁ、僕は社交ダンスを始めることにしたんだよ。考えるより、やりたいという感覚を信じてね。なんとなくだけど上手く踊れる気がするんだ」
マスターは少しだけ微笑むともう一度口を開いた。
「きっと、いくつになっても遅いなんてことはない」
「あら、マスター素敵じゃない! 私はもう一度結婚がしたいから、婚活でもしてみようかしらね!」
おばあさんは、いや、その女性はとても上品に微笑んでいる。
横目に見ると綺麗に引かれた口紅がとても印象的だ。いくつになっても女の人は女なのだと思う。
「それはいい!」
チラリと私が落としていた視線を本からマスターに向けると、彼は私の目を見てイタズラっぽく微笑んだ。その表情に私は動揺が隠せなくなる。
それはまるでマスターに
「それで、盗み聞きしているお前は何を恐れているんだい? 一体何をびびっているんだい? 周りの目かい? 失敗かい? それとも自分自身への失望かい?」
と問われているようだった。

私は動揺を隠すようにコーヒーカップを持ち上げで口に運ぶ。苦くて洗練された風味が口の中に広がった。
小さい頃は飲めなかったコーヒーがこんなに大好きになったのはいつからだろう? それと引き換えに自分にはできないと諦めてきたことはいくつあっただろう?

視線を感じ、横を見るとおばあさんが優しい眼差しを私に向けていた。
「とりあえず、やってみればいいのよね。難しいことはそれから考えましょう」
おばあさんは視線をマスターの元へ戻すと、独り言とも、私に向けて言ったとも取れるトーンで呟いた。

あぁ、今日このタイミングでここに来てよかった。
さて、このコーヒーを飲み干したら、私も考える前に動き出してみようか。

マスターの助言通りに……。
***

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2017-01-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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