日本には、青春18切符でしかたどり着けない街がある
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記事:佐藤 穂奈美(ライティング・ゼミ)
「間もなく電車が発車します」
駅の構内にアナウンスが流れる。
カラカラと乳母車のようなものを押したおばあさんが、のんびりと電車に吸い込まれた。
「しゅっぱつ、しんこう~!」
駅員さんのよく通る声が聞こえる。
「あああ~~~~~~! まってええええ!!」
私たちが鬼の形相で、大量の荷物がはいったリュックをガッサガッサと揺らしながらホームへの階段を駆け下りたときには手遅れだった。
「ああ~! 2時間後かああ~~~~~~~」
こんな九州の山奥だ。
電車は朝と夕方以外は2時間に一本程度しか走っていない。
このあとの乗り継ぎを考えると、目的地に着くのは夜遅くになってしまいそうだった。
観光地の夜は早く、5時を過ぎるとほとんどのお店や名所は閉まってしまう。
このままだと5時到着は完全に無理……。
そして我々には何よりもやばすぎる死活問題があった。
今夜の宿が決まってないのだ。
一応20才なりたての女の子二人旅である。さすがに野宿はヤバい。
どっかのテレビ番組みたいに、「今夜、お宅泊めてもらえませんか?」はなおヤバい。相手からしても私たちがやばい奴らだ。
私が自力で旅行の計画を立てて日本国内を回り始めた時、まだスマホはそこまで普及していなかった。
今となっては気ままな国内旅行であっても、予定の1日前くらいにスマホでパパッと検索すればいくらでも宿の情報は出てくる。しかし、当時「ガラケー」所持者であった私たちは、行き当たりばったりの旅で、次の宿を探すときには、大体その日泊まった宿の30分300円とかのパソコンを使って検索していたのだった。青春18切符で旅行をするような我々にとっては300円もなかなかバカにならないので、毎回、ものすごい集中力を持って探した。あんなに鬼気迫る感じで、宿を検索することはもうないだろな。
泊まった宿にネット環境がないときには(当時は本当に安くて怪しげなところにばかり泊まっていた)、ネットカフェを探せばいいのだが、そこそこ大きな街でないとネットカフェがない。
目的地に着く前日までに見つからない場合の、最後の手段は宿泊日当日の観光案内所のおばちゃんたちだ。
世話焼きおばちゃんのハートを射止めることができれば、結構簡単に宿は見つかる。
地元のおばちゃんネットワークをなめてはいけないのだ。
47都道府県中45まで制覇した佐藤のオバ・コミュニケーションは以下のような感じだ。
「あんたたち、そんなおっきな荷物でどこから?」
おばちゃんの口調は強く、眼光はするどいことが多いが、気にすることはない。地方のおばちゃんたちのよそ者に対する標準装備であって、彼女たちの心はハートフルだ。
「東京からです~」
東京! これが重要である。おばちゃん的に分かりやすく、遠い。フクザツな話をしてはダメだ。おばちゃんの習性として「せっかち」というものがあり、フクザツな話をした途端「あ~、なんかメンドクセ」とおばちゃんはさじを投げかねない。
「飛行機?」
「いえ、お金ないので青春18きっぷで」
でた!!! 魔法の言葉「青春18きっぷで」!!! 今時、そんな苦労しながら旅をしている健気な女の子たち……。おばちゃんの好感度急上昇だ。さりげなく学生の貧乏旅行アピール。おばちゃんたちは何人かでブツブツ話し始める。「今日、ゴミ捨てに行ったら○○さんに会ったんだけど、今日○○さんち一部屋空いてるって言ってたかも……」、「そういえば△△さん、ドタキャンでたから仕入れたものどうしよう、とか言ってたわね……」などと、おばちゃんたちにしか知り得ない年季の入ったネットワークを駆使して、宿を見つけてくれる。
ちなみにこの魔法の言葉、おじちゃんにも有効だ。「おっ、俺も若い頃使ったよ~! なつかしいな!」などと彼は言い、「そうなんですか~! どこ行ったんですか!」と聞けば、「東京だよ! 東京! ガハハ! 仲間だな~」と意気投合できる(こともある)。今時こんな子たちも珍しい! いっちょおじさんが宿見つけてやるからな! と彼は地元での「商工会」や「消防団」、「青年団」といったありとあらゆるオジ・ネットワークを駆使して探してくれるのだ。
しかし、それができるのも観光案内所が開いている時間まで……。
このままいくと私たちが付くのは夜の8時は過ぎてしまうだろう。
駅までダッシュした疲れと、これからどうしよう~という気持ちを抱えきれなくなりホームのベンチにどさっと体を預けた。
大学2年の夏休み、真夏の九州。
ホームの向こうの山は、むっとするような緑の濃い匂いがして、セミがわんわん耳鳴りするくらいにないていた。
私と友達は、日差しにじりじり焼かれながらしばらくぼうっとしていた。
あー、あつい。ほんとにぼうっとしてきた……。
ぐうう……。
「おなかすいた!」
友達が突然シャキン! と立ち上がる。
「たしかに! おなかすいた!」
私も我に返る。
どうせやることはないのだ。乗り継ぎだけのつもりだったけど、駅を出てみよう。
駅を出ると案の定、なにもない。
観光できそうなところももちろんないが、駅の小さな売店以外、ほんとうになにもなかった。
駅のロータリーを横切ると古い喫茶店のようなものが目に入る。
看板も、元は何色だったんだろう、と思わせるような風合いだが、選択肢がないのだから仕方がない。
わたしたちはその店に入りヤニで黄ばんだ椅子に座って一番安全そうな「ナポリタン」を頼んだ。でてきたナポリタンは案の定、私が作ってももう少しおいしくできるんじゃないか? という感じの味付けで、本当にお腹に「いれる」という感じなのだけど、そこは人間も生き物である。わたしたちは味つけに文句を言いつつも、それを食べ終えるころには空腹が満たされ、なんとも言えず満たされた気持ちになっていた。こういう18切符の旅は幾度となくやっているが、乗り換えを優先すると12時とか決まった時間にお昼にありつけないこともままあるのだ。
おなかが満たされると、わたしたちはそれぞれ読書をした。これも18切符旅だからこそ、だけれども、電車に乗っている時間が日によっては5時間を超えるような時もあるので、旅に行くときはブックオフで大量に文庫本を買っていくのだ。それに仲が良いとはいえ、ずーっとおんなじ奴といるのである。話すこともなくなる。わたしたちは、わたしたちの友情のためにも、読書をする。
気付けばあっという間に次の電車の時刻が近づき、あわてて駅に向かった。
恋い焦がれた電車が線路のカーブを曲がって、姿を見せる。
わたしたちはこれでまた都会に出れるぞ! という安心感と満腹感も相まって、電車ですやすやと寝ていた。次、降りるのは終点だ。
「終点、終点です。○○方面のお乗り換えは……」というアナウンスで目が覚める。
やっと着いた。
目的の街。
駅を出ると、飲食店のネオンがキラキラとしている。
私は街を見ながら、電車で凝り固まった体をぐうっと伸ばす。
その街はとても大きくはないけれど、いくつか小さな繁華街のあるにぎやかな街だった。
わたしたちは思ったよりも大きかった駅で、旅館・民宿リストを見つけ、いくつか電話をかけると無事に宿をとることができた。
わたしたちは早速とったばかりの宿に向かい、部屋にリュックを放り投げ、Tシャツと短パンと財布だけを持って真夏の夜の街へ繰り出した。
重いリュックがなくなって、この見ず知らずの街をどこまでも探検できそうな気持ちになる。
私は旅先で過ごす夜が格別に好きだ。店の明かりで昼間は気付かないようなすてきな店がそこかしこに顔を出す。昼間ももちろん観光などにはよいのだけれど、夜のほうがその街も肩の力が抜けているような、化粧を落とした後の素朴さというか、そんな感じに見える気がするのだ。よい街は、夜が楽しい街だ。
夜も更けてきたので、自分の足で行ける範囲で店を探す。
店構えがよい焼き鳥屋を見つけ、のれんをくぐる。小さくて、戸の木の風合いが何ともいい。古いのだけど、つやつやしていて、きちんと手入れされている店なのだな、と思う。
「いらっしゃい!」
威勢のいい大将に「とりあえず生ビール2つ!」と頼みつつ、カウンターに座る。
店のラインナップは別に九州じゃなくても食べられそうな、いたって普通のものばかりだ。私たちは適当に何串か注文し、カウンターにどんっと置かれた生ビールを手に取る。
「では、今日も野宿しなかったことに、かんぱいっ!」
きんきんに冷えたビールが喉をするするっと降りていく。
焼き鳥を片手に明日からどこを回ろうか、ガイドマップ片手に話し出す。今日という日が無事終わる安心感で私たちは饒舌だ。
そんなとき、カウンターの端で一人、グラスを傾けていたおじさんが話しかけてきた。
「おねえちゃんたち、観光かい? 珍しいねえ、観光だったら名物の店がたくさんあるのに、こんな普通の焼き鳥屋で」
「ふつうってなんだよ!」
大将が笑いながらじゃれてくる。
「ずっと鈍行で旅をしていたら、遅くなっちゃったんで、宿の近くで店を探してて。ここ、とてもおいしそうな匂いがしたので」
「そうかい、そうかい。たしかにここはうまいからおねえちゃんたちは大正解だ! 名物にうまいもんなし! なんて言うしな。そういえば、明日から観光に行くなら、こことここがいいよ。バスならここから乗ればいいし……」
おじさんと大将が楽しそうに街の解説を始める。
あの頃はお金は全然なかったけれど、時間だけはたくさんあった。
お金がないから、予想もできない遠回りをするし、予想もできない出会いもある。
便利なものも持っていないから、人に頼ることも多かった。
免許がないからレンタカー屋でレンタカー屋のオジサンの通勤用のママチャリを借りたこともあった。
なにもかもがでたらめで、時間がかかって、面倒で。
でも、あの頃の旅行以上にひとつひとつの肌触りが鮮明で、空気の感じや、飲んだお酒、食べた魚、そういうものを再び体感しているように思い出せる旅は、社会人になってからというもの、あまりしていない。
働き始めて「時間がもったいないから」という理由で、家から目的地を直線でつなぐように、飛行機や新幹線でひょい、と移動してしまう。
だから自ずと、目的地に到達した時の感動も少なくなる。
この九州旅行、長い日には朝から晩まで電車に乗っていた。座りすぎてお尻が痛いから、車内を端から端まで歩いたりもした。完全な不審者だ。
そんな訳だからもう、目的地に降り立った時には、「もう電車乗らなくていいんだー!」という開放感と「こんな長い距離二度とのらねーけど、やってやったぞ!」という達成感ではち切れそうになる。そして、たどり着くまでの難易度が高すぎて、次の日訪れるであろう観光名所への熱い想いが高まりまくり、いざ、本物を目の前にした時には「ついに……!」と本当に感動した。
そして、この旅行で楽しい思い出、巡った名所はたくさんあるのに、旅行のことを思い出そうとすると、決まって取り残された山奥の駅を思い出す。ぜんぜん旅のメインでもなく、まちがって降り立つことになった場所。たのしくもなく、おいしくもなく、ただ本を読んだ場所。今になっても、あの旅行で読んだたくさんの本を手に取るたびに、その本を読んだときの車窓を思い出すし、普通の焼き鳥屋の普通の生ビールの美味しさを思い出す。たのしそうにこの街の魅力を話してくれたおじちゃんのことも。
旅はきっと目的地だけを指して、「旅」というのではなく、そこに辿り着くまでの全部が旅なのだ。
たぶん、旅には、たどり着くまでに必要な「距離」と「時間」というものがある。
私にとって、九州で出会ったその街は、取り残された山奥の駅のホームでただじりじりと焼かれていた時間も、おいしくなかったナポリタンも、仲良くなった焼き鳥屋のおじちゃんも全部含めてその街なのだ。
見栄えの良い、観光名所だけじゃなく、まるっと全部、その街、その土地。
たくさんの遠回りの中で、新しい街への気持ちが、遠距離の恋人に会える日を指折り数えるように作られて、そういう土台があって初めて、その街をすっと自分の中に受け入れることができる。そんな気がする。
だから、私は自分がおばあちゃんになる頃、どこでもドアができたとしても、青春18きっぷで旅行がしたい。
その頃はきっと時間はたくさんあだろうし「ばあちゃんは古い人間ね~」なんて馬鹿にされながら、「いいの、いいの」と旅にでるのだ。
あ~。思い出したらビールが飲みたくなってきた。
ちょっと近所の焼き鳥屋さんに、行ってこよう。
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