職業選択の自由について今は亡き祖母が教えてくれたこと
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記事:あき(ライティング・ゼミ12月コース)
自分のしている仕事が好き! と言いたい。極めて自然な欲求だ。
誰だって自分の好きな仕事、能力を発揮できる仕事をして手応えを感じたい。なのに、自分は何が好きで何が得意かが分からず、職業選択に迷ってしまう若者が少なくない。そう教えてくれたのは、大学の就職課に勤める友人だ。
彼女いわく、仕事探しと自分探しが密接に結びついているので、就活が上手くいかないと、自己分析ができていないからだと考えたり、自分に足りない能力や経験があることに落ち込んでしまうのだそうだ。
そんな悩める学生のために、「自分探し」「適性診断」「スキルアップ」のためのキャリアガイダンスセミナーを提供するのが仕事の彼女は、「1年生が来たりするのよ。大学に入ったばかりなのに、もう卒業後の心配してるんだなあってちょっと切なくなる」とため息をついた。
今の就活って大変そうだねぇと無責任な相槌を打つ私の頭に、すっと祖母の顔が浮かんだ。
明治の終わりに生まれ、大正、昭和、平成を生きて103才で人生を終えた祖母。彼女の生きた時代の前半、日本は第一次世界大戦、戦後恐慌、関東大震災、2・26事件、第二次世界大戦、原子爆弾投下を経て、大日本帝国から民主主義国家になった。
書いているだけでクラクラしてくる。もしも、祖母が胎内にいる時に「あなたがこれから生まれる世界ではこんな出来事が起こりますよー」と教えたら、生まれるのを躊躇ってしまっただろうと疑いたくなるような年表だ。
祖母個人の年表を書けるほど、祖母の人生について知ろうとしなかったのが悔やまれるが、私の知る限り、富山の漆職人の家に9人兄弟姉妹の末っ子として生まれ、尋常小学校から女子師範学校に進み(ということは、裕福な家庭だったのだろう)、東京に出てきてしばらく勤めた小学校で祖父と出会い、4人の子供を育てながら姉と協力して幼稚園を作り、88才で退職するまで働いた。
こちらも相当クラクラする年表だ。特に「幼稚園を作った」と「88才退職」。なにせ親子3代にわたりこの幼稚園で祖母に教わったという家族が、ごろごろいるのだ。「先生」と慕われ、毎年届く700枚くらい年賀状の全てに返事を書き、「この子はねえ、泣き虫で……」と懐かしそうに教え子の思い出を語る祖母の姿は、記憶の中で鮮明だ。
さぞや教育に情熱を持って教員という仕事を選んだかと思いきや、これがそうでもない。
祖母から直接聞いた話。大正時代の終わり、まだ少女だった祖母は、母親から将来の職業について説明を受ける。選択肢は3つ――― 看護婦、電話の交換手、学校の先生。
――― 学校は好きだったから、なんとなく学校の先生がいいかなと思って、先生になることにしたの。
100年前、短い戦争景気が終わって戦後恐慌の中で軍国主義が強まっていく中、曽祖母が仕事を持つという選択肢を10代の娘に与えたことを思うと、胸がキュッとなる。女子教育の理念が良妻賢母の育成であった時代に、女性が手に出来た職業選択肢の少なさにも。適性テストも自分探しもない。まさに「なんとなく」選ぶ以外なかったのだろう。あっけない就活。
今の大学生にこの話をしたら、「今は選びきれないくらい職業があって大変なんだ」「人生で多くの時間を費やす仕事をなんとなく決めるなんて出来ない」と返ってきそうだ。確かに、今は長期的な人生の目標を立て、そこから逆算して最初の一歩を決めるような職業選択が『正しい』ことになっているのだろう。
でも、選択肢を舐めるように吟味して選んだ仕事が正解とは限らない。また、描いた人生設計通りの人生が良い人生とも限らない。「いつか、このスキルを身につけたらできる仕事」はあるだろうが、その条件を整える頃に、自分のやりたい仕事が違うものになっているかもしれない。今の時代、その仕事自体がなくなっている可能性だってある。
人が仕事を得て自分の生活の一部とすることは、100年前も今も変わらない。それくらい大らかに考えてみると、祖母の「なんとなく」の職業選択が教えてくれていることがあるように思える。それは、
自分の条件を揃えてから職業を選ぶ必要はない だ。
祖母はなんとなく選んだ道の、目の前の一歩を歩くことだけを考えた人だ。だがその一歩を歩くと、次の選択肢が見えてくる。最初の一歩の時には見えなかった道が見える。そうやって新しい景色を見ながら、一歩ずつ歩いていけばいい。興味なんて後から湧くものだ。スキルなんて仕事をしてるうちに身につくのだ。そしてある日、自分はこんなことが好きだったんだと気づいたりする。自分の歩いてきた道を振り返って、これが自分のキャリアだったんだと感慨深く味わう日だって、いつか来る。
だから、最初の一歩は軽やかで良い。旅の始まりに力まなくていい。
戦後の焼け野原の東京で、祖母が子育てしていた地区には幼稚園がなかった。それなら作ろうと思い立った。姉と協力して土地を探すところから始め、役所と掛け合い、人とお金を集めた。何年もかけてやっと開園にこぎつけた時、自分の子供はもう幼稚園を必要としない年令に育っていた。その幼稚園は、祖母がこの世を去った今も、続いている。
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