修学旅行には失敗が欠かせない
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:須田 久仁彦(ライティング・ゼミ)
「あれ? ちょっとおかしくない?」仲間の一人がそう言いだした。確かにそうだ。来た時に見た風景とは明らかに違っていた。市街地に戻るバスに乗り込んだはずが、どんどん何もないような場所へと向かっていたのだ。ひょっとして……という雰囲気がグループに漂う中、恐る恐る路線バスの運転手さんに行き先を尋ねた。何かの間違いであって欲しい! が、不安は的中した。バスは市街地とは正反対の方向に向かうバスだったのだ。しかも、それは訪れた島の最北端の場所だった。
高校の修学旅行で訪れたのは沖縄県の石垣島だった。3泊4日の行程のうち、2日目と3日目が旅行のメインとなる班別活動だ。男女合わせたグループを組み、事前に立てたプラン通りに活動を進めて行く。
島での移動手段は路線バスだった。バスの時刻表と島の地図をもらい、それを参考にしながらプランを立てていった。しかし、路線バスは本数も少なくプランを作るのは一苦労だった。そんな時に頼りになったのが、旅行会社の担当の方だった。分からない事や苦労しているところを連絡すると、親身に解決方法を教えてくれた。また、島のバス会社に掛け合い、特別便を出してくれるようにしてくれた。そしてグループ全員が楽しめるプランを立てる事ができた。
修学旅行2日目、いよいよ待ちに待った班別活動が始まった。天気は快晴、出足も順調だった。朝イチで島の南側に広がるマングローブ林の中をカヌーで巡るツアーに参加し、見たこともないような景色の中で探検気分を満喫した。それから路線バスを乗り継ぎ、訪れたのは島の西側にある絶景スポット、川平湾だった。美しい海が広がる風景も素晴らしかったが、船の底が透明なボートに乗り、眺めたサンゴ礁の美しさもまた素晴らしいものだった。
グループ全員で美しい風景に見とれ、記念写真を撮る中で、不意にメンバーの一人が声を上げた。
「ヤバい! バスに乗り遅れる!」
テンションが上がり、時間のことなど全く忘れていた。急いでバス停に戻り、バスに飛び乗ったものの、慌てていたせいもあって誰一人として行き先を見ていなかった。
間違いだと分かった瞬間、全員のテンションが一気に下がった。予定ではこの後に市街地に行き、散策や買い物を楽しむ予定だったのだ。
「でも、このバスが行く先にも何か見るものがあるんじゃない?」
バスの運転手さんに何があるか尋ねてみることにした。
「あるのは岬だけだね」
帰ってきた返事はそっけないものだった。それなら、終点に到着してから次に出る市街地行きのバスで戻ろうと決め、改めて運転手さんに次に出るバスの時間を聞いてみた。しかし、それは全員を暗い気持ちへさらに叩き落とすものだった。終点に到着してから次に市街地行きのバスが出るまで2時間以上あったのだ。
川平湾から1時間ほどバスに乗ったところで、ようやく終点に到着した。バスを降りると、そこは家がまばらに建つだけの、本当に何もない場所だった。何もしないで待つよりはと、仕方なく岬に向かおうとした矢先、不意に見慣れた顔が目に入った。旅行会社の担当の方だった。修学旅行の添乗員として同行していた彼は、班別活動の見回りのため、この場所に来ていたのだ。
「みんな、どうしたの?」
よっぽど切羽詰まった顔をしていたからだろうか、彼の方から話しかけてきた。やった! この人なら何とかしてくれる! ホッとしながら今までの経緯を話すと、頷きながらも彼はこう答えた。
「それなら岬を見て時間を潰すしかないんじゃない?」
しかも、そう言い残すと乗ってきた車に乗り込み、さっさとその場から立ち去ってしまったのだ。すっかり助けてくれると思っていただけに、呆然と見送るしかなかった。
「ホント、最低!」
「あの人、優しそうなフリして私たちが苦しむのを見るのが楽しいだけなんじゃない!」
「アイツ、ぶっ殺してやりてぇ!」
考えられるだけの悪態をつきながら、全員で岬を目指した。それは登り坂がひたすら続く道だった。しかも中々たどり着かない。運命を呪いつつ、バス停から20分ほど歩いただろうか。そろそろ限界だと思ったところで一気に視界が開けた。
「平久保埼」と書かれた看板の向こうに広がっていたのは、岬の先端に立つ白い灯台と、どこまでも広がる青い海のコントラストが壮大な景色だった。息をのむほどの絶景だった。
全員で景色に見とれていたが、急にお腹が減っていたのに気が付いた。無理もない、時計を見ると、すでに午後の2時を回っていた。出発する時に配られたお弁当を全員で食べた。おにぎり2個にから揚げがついた簡単なお弁当だったが、絶景を眺めながら仲間たちと食べるお弁当はとても美味しく感じられた。
お弁当を食べながら、一人がポツリとこんな事を言った。
「こうやって海を見ていると、何だか『ワンピース』のルフィみたいな気分になるね」
みんな、それは大げさだろうとツッコんだが、事件に巻き込まれながら仲間と苦しみを乗り越えたのは、『ワンピース』的な話しだ。
すると、別の一人がこう切り出した。
「せっかくだから、海に向かって叫んじゃう?」
地元なら恥ずかしくて絶対にできないが、この絶景を前にして叫ぶのは悪くないと思った。そして、全員で海に向かって叫んだ。
「海賊王に!!!おれはなるっ!!!」
帰りは無事に市街地へ向かうバスに無事に乗り込むことができた。海を眺めながら乗るバスは何だかサウザンドサニー号のように感じた。
***
「須田さん、何で助けてくれなかったんですか!」
ホテルの入口で班別活動から戻ってくるグループを出迎える私を見つけるなり、彼らは一斉にまくし立ててきた。どうしても私に文句を言わなければ気が済まなかったようだ。
「でも、そのおかげで絶景を見る事ができたでしょ? 天気も良かったし」
「それなら絶景スポットだよって教えてくれれば良かったじゃないですか? 気分がさらに落ち込むこともなかったし!」
そう、彼らを置いて立ち去った添乗員とは私なのだ。
「でも苦労した分、一生に一度の忘れられないような体験になったんじゃない?」
間違えはしたが、彼らは偶然にも絶景スポットの近くまで来た。それを逆手にとって思い出に残るような体験に変えるため、ちょっとした演出をしたのだ。
「えぇ、まぁそうですけど……」
彼らも、この体験がまんざらでもなさそうだった。改めて1日の出来事を詳しく聞かせてくれたが、私は心の中でニンマリしていた。
班別活動の中で自分たちが立てたプラン通りに動くことは重要だ。しかし、プランを消化することが旅の目的ではない。いかに楽しむかが最も重要だ。
私は旅に失敗はないと思っている。一度旅に出れば感動したことはもちろん、失敗したと思えるような体験も、全てが旅の良い思い出として心に残るからだ。特にグループで体験した事は、彼らだけの特別な思い出として顔を合わせるたびに共通の思い出話になる。そして、どれだけ年が経ってもその話しが出るたびに高校生に戻れるのだ。
あれからすでに10年以上が経ってしまった。彼らが今でも顔を合わせる機会があるかは残念ながら知る由もない。しかし失敗も含めて旅を存分に楽しんでくれているようであれば、担当者としては嬉しい限りだ。
***
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