メディアグランプリ

バーボンを飲むと思い出す「あの頃」


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:まつしたひろみ(ライティング・ゼミ)

「いらっしゃいませ! おお、ひろみ、お疲れ! 相変わらず遅いなー」
「いつものことだよー。今日は早く終わった方」
「今日は何飲む?」
「とりあえず、ビールお願いします!」

「とりあえずビール」という言葉を覚えたのはこのお店。

初めて足を踏み入れたのは、就職して最初のクリスマスの直前……同期の友達から、今付き合ってる彼とクリスマスを過ごしたくないんだけどどうしよう? と相談を受けた時だった。
「これ、クリスマス限定で出そうと思っているカクテルなんですけど、感想を聞かせてもらってもいいですか?」
初来店である私たちに、そんなサービスしてくれたちょっとおしゃれなイタリアンの居酒屋。ご飯もお酒も美味しいので、会社の人たちや友達とよく行くようになった。そのうちスタッフに名前を覚えてもらい、ひとりでも飲みに行くようになった。
お店に通い始めた当初はカクテルを飲んでいた。ただ私は可愛いカクテルではなかなか酔わなかった。そんな私を面白がってか、お酒の強さを試そうとしていたのかはわからないが、「こんなのはどう?」といろいろ勧められて、言われるがままお酒を飲んでいた。甘いカクテルから甘くないカクテルを飲むようになり、カクテルがウイスキーへと変わっていった。
お酒を教えてもらい覚えていくのが面白かった。
カクテルの名前を覚え、ビールが注ぎ方やグラスで味が変わることを知った。赤ワインが開けた直後と、空気に触れさせた後とでは全く味が違うことも教えてもらった。
ウイスキーを好んで飲むようになり、エヴァン・ウイリアムスという名のバーボンをボトルキープして飲んでいた。

仕事の後に週に3回は通うようになり、常連と呼ばれた。仕事とは別の居場所があることがなんだか楽しくて、ひとり飲みをしていると大人になった気分だった。
準夜勤の時間帯の仕事で、終わるのはいつも日付が変わる頃。店に行くのが閉店間際だったのもあり、スタッフと飲むことも、よくあった。

「俺、ホントあいつに惚れてるわ」

そのお店のバーテンである彼、テツさんは酔うと時々彼女さんの話をした。彼女さんの自慢もそうだが、自分がどれだけ彼女を好きか、という話をする。「結婚しても子供はいらないんだよね。彼女に愛情が100%いかなくなっちゃうから」とよく言っていた。またバカな発言してるよ、と心の中で思いながら、奥の方では何かがもやもやしていた。
あれ? 私もしかして彼のこと……。いやいや、違う違う。私は彼女がいる人には興味はない。しかも結婚も決まったっていうし。彼女さん、めっちゃいい人だし。彼と私は、お店のスタッフとお客さんという関係。お店の中でしか会ったことないし。

閉店後、お客さんが私しかいなくて他のスタッフも帰ってしまうと、テツさんと2人きりでカウンターで飲むこともあった。

その日、私は荒れていた。
会社では8人いる同期の中で1人だけ等級が上がったという発表があった。正直なんであの子が? と思った。ずば抜けてできるというわけでもないし、私の方ができてるんじゃない? なんでどうして!
会社ではそんな気持ちを吐き出せず、お店で飲みながら散々愚痴った。最後2人きりになって、カウンターで並んで飲んでいた。
「ねえねえ、テツさん。なんでだと思う? なんで私が昇格しなかったんだと思う?」
「お前、ちっちぇーな」
「え?」
「お前さ、何そんなことにこだわってんの? 俺はお前のことやれるやつだって信じてるよ。そんなちっちゃいことにこだわってないで、もっと大きなことやれよ」
正確に言われたことを覚えてはいないけど、そんなようなことを言われた。
「ちっちぇーな」と説教されてから「俺はお前のことを信じてるから」と優しくはないぶっきらぼうな言い方で言葉をもらった。最後のとどめに「ま、頑張れよ」と頭ポンポン。
号泣している私のそばで落ち着くまでそっと居てくれた。

恋に落ちた。
私、好きだ。
そして恋した瞬間に失恋した。

彼女がいるから、私の気持ちは伝えない。フラれるのがわかっているから、伝えなかった。
毎日のようにお店に顔を出し、お酒を飲み、お金を落とした。顔が見たくて、声を掛けてほしくて、話したくて、ふたりきりになりたくて……。
ズルズルと片想いしていた。

恋って、バーボンのロックみたい。
バーボンを注がれて、様子をうかがうように氷を指でカラリと回す。初めのひとくちは、アルコールが強さに舌が痺れて、喉がぐっと締めつけられるような感覚になる。慣れてくると甘い口当たりにホッとする。氷でだんだん薄められて、もう少し刺激が欲しくなって、また注ぐ。気付いたら、酔って周りが見えなくなる……。

ただ私は、幸か不幸か、酔って理性を無くすことはなかった。
気持ちにフタがしっかりできたまま、お店に通っていた。
傷付きたくなくて、フタをした気持ちにカギもかけた。

そして結局、最後まで想いは伝えないまま、お店から足が遠のいた。

もし、万が一、気持ちを伝えていたらどうなっていただろう? 相手の気持ちが私に向いたらどうなっていただろう? 考えることもあったが、きっとうまくいかなかったと思う。
ちゃんと話を聴いてくれて、応援してくれて、認めてくれて、私よりもいろんなことを知っていて……いろんな姿が好きだった。
でも、「彼女さんのことを愛おしそうに話をする表情」がいちばん好きだった。

その頃覚えたお酒は私の趣味のひとつとなっている。
「とりあえずビール」も当たり前のセリフになっている。

今でもバーボンのボトルを見ると、心がチクっと痛むけど……。

「ちっちぇーな」と言われたことは後にも先にも一回きりだけど、私の中では今でも忘れられない言葉だ。
愚痴りたくなる時に、警告音のように聞こえてくる。
「そうだね、私もまだまだだね」
今だったら笑顔で、そんなふうに返事ができるかな。

***

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2017-01-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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