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五十二円には、どれくらいの価値があるのかの話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:口中大輔(ライティング・ゼミ)

「多摩美術大学の卒業制作展が開催されます。ぜひお越しください」

こんな案内葉書が、僕のポストに届いたのは、4回生最後秋が終わろうとしていた頃だったろうか。
差出人は中学時代の友人である「のっぺ」からだった。彼とは高校も違えば大学も違う。中学当時は、いわゆる「普通の一人の友人」である。放課後や休日にまでとことん遊ぶような、そこまで付き合い深い関係というわけでもなかった。そんな彼からの、ふとしたお便り。
場所は東京だそうだ。東京といっても随分と西にある八王子。正直、遠い。めちゃくちゃ遠い。僕だってかなりの貧乏学生。大学へ入って以来、家賃は月1万円という大学寮にずっと住んでいたし、大学からは「貧乏だから返却不要」という奨学金をもらっていたほどの貧乏さである。たかがアマチュアの学生展示のために東京の果てまでいくのか。
……というか、なぜ彼は、実際に行ける可能性の薄い僕にわざわざ葉書を送ってくれたのか。それこそ義理かな?
しかしその時の僕はこう思ってしまった。

「いってみようかな」

当時の僕は、将来がとても不安だった。

就職氷河期で新卒採用にとても厳しい時代だったにもかかわらず、カッコよく言えば行きたい業界狙い撃ち、しかし有り体に言ってしまえば高望みをした結果、就職浪人のような状態になってしまっていた。しかし悲しいかな、まじめに講義に出た結果、単位はすでに取れてしまっているので、このままでは大学を追い出されてしまう。大学卒の新卒就職活動など、どう考えても無理ゲーだ。
一方で、サークル活動を振り返ってみよう。僕の人生観に大きな影響を与え、大切なものをたくさんくれたアカペラサークル。しかし、こちらは2回生から始めたので、普通だと同期の仲間よりも1年早くお別れすることになる。まだまだやり残した感がある。

そうだ、大学院へ行こう。
そしたら、就職活動だってリセットできるし、なによりサークルだってもう数年できる。そんな安直な考えの後押しもあり、院進学を決めてしまった。
文系院生の就職だって大変なんだよ? それは一種の現実逃避なのでは?
そうだよ、自分でもわかってるんだ。

高校行って、大学入って卒業して、就職して。
そんな「よくある」線路から外れることは、結構な博打でもある。自分で考えて人生を切り開かなきゃいけないことがたくさん出てくる。そりゃそうだ。必然的に周りに似た境遇の人も減るわけだもの。なにか目指すものがはっきりしていて、僕はこれで行くんだと覚悟の上での選択なら良いのだろう。しかし僕の場合、「就職決まりませんでした」という、能動的でない結果の故にこうなっているのだ。
もう、楽な「よくある路線」へは戻れない。お手本はいない。
だからこそ、時間的猶予として院へ進むのだ。なんて怠惰なモラトリアム。

そんな具合なので、なにかヒントが欲しかった。
もちろん、人生が劇的に変化するような、そんな秘伝の策なんて存在はしないんだろう。
でも、なにか。
だから僕は葉書を見たとき、予感を感じて、いや、予感にすがって、「いこう」と決めたのだった。

卒業制作展は、とても不思議で、とても楽しくて、とても刺激的なものだった。
「表現する」ということだけに時間を費やしてきた人たちの集大成なのだから、そりゃそうだ。野外にある大きな造形、ぱっと見ではわからない絵画、意味あり気な小さな小物。
創造を想像させてくれる。おもしろい!
聞けば、絵具やら工具やら、みんなそれぞれ馬鹿にならない製作費をかけているらしい。それなのに、その多くは制作展が終わるとともに寿命を終えるとのこと。
なんて無常な世界。そしてそれを当たり前として受け入れている人たち。

その晩、のっぺは晩御飯に美大の友人を連れてきた。
そこでのっぺの友人はこんなことを話してくれた。
「美大生の就職? 厳しいってもんじゃない。すさまじいぜ! 内定率なんで60%くらいじゃなかったかな。美術関係の仕事に就けるのは、本当に限られたごく一部の人だけだよ」
なのにどうして美大に行ったの? やめときゃ良かったとか思うことないの?
「たとえ美術に関わる仕事をしなくても、こういう創造的な自分を持てたことがアイデンティティーになってるんじゃないかな、みんな」

そうか。
人生って1度きりだもんね。自分に素直に。自分がやりたいことに純粋に。
勿論、生活して食っていかなきゃってのはある。
でも、自分が「らしく」生きられることって、なによりかけがえない財産なんだ。
億万長者が必ず幸せってわけじゃないだろう?
そんなことを教えてくれたような気がした。
確かな答えが見えたわけではないけど、なんだか光を見た気がした。

その後の院生活も確かに苦労した。
人生遠回りした結果、生涯年収の点では結構損していると思う。
しかし、いま、僕は働きながら自己存在証明ともいえる音楽を続けられているし、それをしていなければなかったであろう素敵な出会いにも恵まれている。これが何よりも自分の財産だと断言できる。この点では、大変幸せな人生だとも思う。

こんな捉え方が出来るようになったきっかけは、間違いなくあの日の葉書がきっかけだ。
あんな生き方をしようとする人たちを見ることが出来なかったら、ここまでポジティブに捉えて過ごしていけなかったかもとさえ思う。

僕にとっては、結果的に大切なお知らせとなった。
でも、なぜ彼は僕に葉書をくれたんだろう、とも考えた。
確かに意図的なメッセージはなかったに違いない。義理だった可能性だって高い。
そもそも、そんなに恩かけるようなことはしていないはずだし。
うーん、よくよくもっと考えてみよう……

そうか、年賀状か。

義理なりに「送付リスト」に僕の名があったのは、年にたった1度だけのご挨拶をしていたおかげなんじゃないか、それが、普通なら切れても仕方ない縁をずっとつなげてくれたんじゃないだろうか。

心底、年賀状をきちんと出し続けていてよかったと感じた。

一見、面倒くさいと思うような何気ないこと。
近しいことで言えば、「おはよう」とか「ありがとね」の、ほんの一言だったりするのかもしれない。これってきっと、キミのこと見てるよ、想ってるよ、のサイン。近いと普通にできることが、遠く離れると意外にむつかしい。心で気にしていても。そうしているうちに、二人の縁は「思い出」の倉庫にしまわれてしまう。
でも、年にたった1度だけでもいいのだ、キミのこと想ってるよ、が伝われば、縁は切れずに生き続ける。そして、それは時に思わぬ機会へ誘ってくれることもある。
いやはや、葉書一枚と馬鹿にできない。

便りのないのは元気の証拠、なんて諺もあるけれど、便りあったほうが嬉しいに決まっている。想いのつながりは縁のつながり。今年は暑中見舞いも出してみようかしら。

***

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2017-01-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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