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歌舞伎町で映画を観たあの日、見た景色のこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:村崎寧々(ライティング・ゼミ)

「そうだ、私観たい映画があって」
「いいね。なんて映画?」
「新宿スワン」

その男との待ち合わせは、新宿区役所前だった。
かつて新宿区民だった私は、初めてここに住民票を移しにきた時、歓楽街の代名詞のような歌舞伎町の一角に区役所があるなんて驚いた。
その頃はまだ、「区役所通り」といえば、有名嬢の働くキャバクラ店がたくさんあるとか、駅を背にして奥に進むとホストクラブが立ち並んでいるとか、そんなことは知らなかった。

もう一回くらいデートしたら好きになるかもしれないと思って約束したその男に連れて行かれた先は、花園神社の側にある隠れ家的な京料理屋で、木目を基調とした店内はやわらかな間接照明の光で落ち着いた雰囲気だった。

丸いテーブル席に案内され、距離を縮めるように隣に座った男は、私の学生時代の話や、仕事の話を次々と尋ねては「すごいね、面白いね」と連呼した。
私にとっては日常であった話をむやみに褒め称えられ、逆に相手がどんどんつまらない人間に思えてきて、「あなたは?」と聞き返す興味を失ってしまった。

一通りの食事が終わったタイミングで「この後――」と言いかけた男に、私は映画を観に行きたいと提案した。純粋に観たい映画があったのは事実だが、およそ2時間この男と会話をしなくて済むという思惑もあった。

『新宿スワン』は、タイトルの通り新宿の、それも歌舞伎町を舞台にしたスカウトマンの物語だ。
店を出て歌舞伎町を横切るように歩けば、新宿東宝ビルにたどり着く。当時、コマ劇跡にオープンしたばかりだったその映画館で観るにはぴったりの映画だった。

映画を観たいという私の提案を、彼はすんなりと受け入れ、店を出て映画館に向かった。

映画『新宿スワン』には、ずば抜けて印象的なシーンがある。

風俗嬢のアゲハ(沢尻エリカ)が店長から暴力を受けているところを、スカウトマンのタツヒコ(綾野剛)が店長を殴り倒して助けると、アゲハはタツヒコの手を取って風俗店から逃げ出す。

そして、ベビードールを着た下着姿のアゲハは裸足のまま、タツヒコと手を繋いで、笑い合いながら真っ昼間の歌舞伎町を走り抜けるのだ。

タツヒコを絵本に出てくる“王子様”と重ね合わせるアゲハの「ここではないどこかへ連れ出して」という願望を叶えるかのような、とても美しくて切ないシーンだ。

映画を観終わって外に出ると、目の前にさっきスクリーンの中であの2人が走り抜けた歌舞伎町があり、スクリーンの中と現実の街とが交錯する。

「すごーい! さっきあの2人が走り抜けた道だよ!」
「あ、そうだね」

興奮しながら言う私に返ってきたのは、あまりにも淡白な返事だった。
さっきまで同じ物語を観ていて、目の前に同じ光景が広がっているのに、見えているものが全く違うようだった。

2人が歌舞伎町を駆け抜けるあのシーンは、実はクライマックスではない。あの後、アゲハはスカウトマンであるタツヒコが紹介する別の風俗店で働く。
待ち焦がれた“王子様”に「ここではないどこか」へ連れ出されたはずのアゲハは、単に店を移っただけだった。しかも、とある理由によって、逃げ出したはずの元の風俗店へ結局戻ってしまう。

そんなアゲハのことを「バカな女だよなぁ」とか、何か言ってくれた方がまだマシだった。
でも、彼にとってはむしろ、何の関心も持たなかった、というのが正解に近そうだった。

私には、かつて歌舞伎町で出会った女の子たちが、アゲハや栄子(タツヒコにスカウトされたキャバ嬢)に重なって見えていた。
歌舞伎町から出たくても出られない。そういう女の子たちは、確かにこの街にいた。

私は大学生の頃、歌舞伎町のキャバクラで働いていたことがある。
その店で、ひとり仲良くなった女の子がいた。キャバ嬢を本業としていた彼女は、とても聡明で、芯の通った子だった。

仲が良くなるごとに、私は少しずつ彼女の生い立ちを知った。
彼女の家では朝、目を覚ますといつも両親がいなかったという。彼女の両親は水商売をしていて、夜から朝にかけて仕事で不在だった。

母親に起こされて、朝ごはんを食べ、学校に送り出されることが当たり前だった私にとって、にわかには信じがたい話だった。朝起こしてくれる親のいない彼女は、学校に遅刻することが多くなり、中学生の頃からだんだん学校に行かなくなったという。

歌舞伎町で生きる女の子たちの後ろには、その人生を”自己責任”の一言で突き放せない背景があることを知った。

そして同時に、私の人生に用意されてきた選択肢の多さが、いかに恵まれたものであったかということと、私がそれについてあまりに無自覚に生きてきたことを知ったのだった。

当時の私は、都内の有名私立大学に通う学生だったが、それは自分の努力のみで勝ち取った結果では決してなく、大学へ進学するという選択肢が当たり前のようにあり、努力をすれば受かるような教育の下地があり、高い授業料を払ってもらえるような環境があったからだ。ということを、私はその時はじめて理解した。

もし彼女が私と同じような家庭に生まれていたならば、地頭の良い彼女はきっと優秀な大学に進学していただろうと思ったし、逆に、私が彼女の家庭に生まれていたならば、大学生という肩書きや学歴を持つことなく、夜の街で生きていただろうとも思った。

その時から、私にとって歌舞伎町で生きる女の子たちは地続きの存在になった。

「じゃ、帰るね。今日はありがと」

同じ物語を観て、同じ光景を目の前にしても、全く気持ちを共有できない状況に、私の高ぶった気持ちはすっかり冷めていた。
私は歌舞伎町を出てすぐタクシーを拾い、彼とは目線を合わせないようにして乗り込んだ。

タクシーの中で少しずつ落ち着きを取り戻す。
冷静に考えれば、彼の反応の方が“普通”だ。あれが“普通”を踏み外さずに生きている人たちの反応なのだ、と思った。

きっと両親に大切に育てられ、疑うことなく大学に進学し、後ろめたいバイトなんかせず、健全な職業に就いた真っ当な人間である彼にとって、歌舞伎町で女に仕事を斡旋するスカウトマンも、借金を抱えた風俗嬢も、メンタルの弱いキャバ嬢も、遠い世界のファンタジーであって、感情移入する対象であるわけがなかった。

面接の年齢確認に大学の学生証を差し出して、おじさんの横に座って時給3500円をもらっていた私の方が、きっと“普通”じゃなかった。
でも、そうしなければわからなかったことが、たくさんあった。そこで出会った女の子たちも、彼女たちに教えてもらったことも、私にとっては紛れもなく現実だった。

大幅に脚色されているとはいえ、彼女たちの生きる街を描いた物語が、“普通”に生きる人達にとっては遠い世界のファンタジーとして消費されてしまうのだとしたら、世間に対して声を持たない彼女たちのために、一体私には何ができるだろう。

少なくとも、地続きの存在であった彼女たちのことを、私は決して忘れずに生きていたいと思う。
そして、もしまた彼のような人に会うことがあったら、歌舞伎町で出会った女の子たちのことをちゃんと伝えたい。

***

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2017-01-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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