メディアグランプリ

「老眼」とはもしかしたらとてもありがたいことかもしれない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:あおい(ライティング・ゼミ)

老眼。なんというネーミングセンスのなさ。「老いた眼」って、いったい誰が名づけたのか? もっとましな名前はなかったのだろうか? この2文字を見るたびに怒りさえこみ上げてくる。聴覚が衰えても老耳とはいわないし、腰が曲がってきても老腰とは言わないのに、なぜあえて眼だけ「老」という文字をつけたのか? そしてこのことについて誰も何も文句を言わずに受けいれていることが、私は不思議でならない。

老眼のことをときどきOLD EYESとか英語でいう人がいるけれど、それもかっこいいのだかなんだか、かえって無理しているようで切ない。じゃあ自分で考えなさいと言われたらよいネーミングが浮かばないことは事実なのだけれど。

私自身、目がちょっとみえにくいなと感じ始めたのは、ちょうど50歳になったころだった。今まではっきり見えていたはずのものが、気がつくと見えにくくなっている。「え? これがいわゆる老眼ってやつ?」視力だけは自慢で、常に1.5をキープしていた私にしてみれば、見えないという体験はこれまでなかったのだ。ちょっと距離を離したり近づけたりしてみるものの、なかなか焦点が合わない。
ああ、ついに来たか……
それはまるで歓迎しない来客を迎える時のような心境だった。

はっきりと自覚したのはドラッグストアに行った時だった。化粧品の裏に書いてある使用方法が見えない。一回の使用量をコインの大きさに見立てて書いてあるのだけれど、それが500円玉大なのか、50円玉大なのか、はたまた5円玉大なのか? 50円と5円は変わらないけれど、500円と50円はだいぶ違う。まあこれくらいのことなら少しぐらい多めでもそんなに支障はない。一番困るのは薬の使用量。一回に1錠なのか2錠なのか、何時間ごとに飲むのか、これは間違えると大変なことになる。にも関わらず、驚くほど小さい字で書いてあることがある。商品名はバカでかく書いてあるくせに、一番大事なところが見えないじゃないか、とひとりボヤいてしまう今日このごろである。

そういえば子供の頃、母親が裁縫をしているとき、針に糸を通してくれとよく頼まれた。私にはくっきりはっきりと見えているこの大きな穴が、母親に見えないのが不思議で仕方なかったが、今はよくわかる。針の穴は立方体に見える。

そんなに不便なら老眼鏡を買えばいいじゃないか、という話なのだけれど、これがまたハードルが高い。生まれてこの方メガネをかけたことがない私にしてみれば、顔の真ん中に何かが乗っかっているということがまずありえない。それでもひとつぐらいは持っておいたほうがいいと思い、何度かメガネ店に足を運んでみるものの、今までかけたことがないから、どんなメガネが似合うのかもわからないし、そもそも老眼鏡って全然オシャレじゃないのだ。ぜひともかけてみたいと思うような素敵なものがひとつもない。もちろん高いお金を払ってオーダーすれば、きっとオシャレな老眼鏡も作れると思うけれど、初めてのメガネにそこまでの勇気もない。

そういえば子供の頃、おじさんやおばさんが、頭の上にヘアバンドのようにメガネを乗っけているのを見て、メガネなのにどうして目にかけないのか不思議に思っていた。そして時々メガネがないないと騒いでいる。いや、頭の上にありますけど、と思いながら、忘れるんだったらかければいいのに、と思っていたけれど、そういうことだったのかと今はわかる。老眼鏡は近くを見るためだけのものだから、それで遠くを見るとものすごい気分が悪くなる。だから使わないときはヘアバンドのように頭にかけているのだということを、つい最近私も知ったばかりだ。そう、老眼鏡は普通のメガネのようにずっとかけるものじゃないのだ。目の前の小さい文字を見るときだけ。だから小さい文字さえ見なければ必要ない。最悪はそばにいる息子や娘に聞けば良い。半分バカにされながら、それでもちゃんと教えてくれる。だから少々不便ではあるけれど、生活できないことはないのだ。というわけでメガネを買わずにもはや2年以上たっている。

もうこのまま、買わずにいけるところまで行こうかと考えている。
というのも、これはもしかしたら、ものすごく理にかなったありがたいことではないかと思いはじめたからである。

よく見えるということは、結局なんでも見てしまう、見えてしまう、ということだ。ただでさえ人生経験を積んで、いろいろなことが見えてくる中年世代、見えてしまえば若いモンに何か小言の一つも言いたくなるし、いらぬお節介をやいてしまうということもあるかもしれない。
だんだんと目が見えにくくなってくるということは、今まで長い間いろいろ見てきたから、もうこれ以上見なくてもいいということではないかと思うのである。年を重ねるにつれ、多少のことには目をつぶって、とよく言うけれど、目をつぶらなくてもいいように、見えなくしてくれているのだとしたら、とてもありがたいことではないだろうか。目に余る行動とか、目を覆いたくなるような光景とか、そんなものももう見なくてもいいよ、という神様の計らいだとしたら、なんと粋な計らいではないかと思うのである。細かいことにぐちゃぐちゃ言わずに、若いモンに任せておいたほうがいい、老眼はそのためのサインなのではないだろうか。

とはいえ同年代の友人たちは、乏しい老眼鏡アイテムの中から、少しはオシャレだというものを見つけて購入し始めている。考えてみれば、お年寄りで老眼になっていない方もごく稀におられるけれど、大半の男女が間違いなく老眼になるはずだ。高齢化社会で高齢者は増える一方だし、最近はスマホの普及で、老眼年齢が早くなるのではないか、とも言われている。老眼鏡市場はもっと広がってもいいはずだ。なのにこの乏しいアイテムはどうしたものか。なんなら天狼院書店で開発してもらえないかとさえ思う。小さい字の文庫本を読むのが事実ちょっと辛くなってきている。そんな時にオシャレでお手頃価格の老眼鏡があれば、絶対欲しくなると思う。「老眼鏡をかけてでも読んでほしい店主オススメセット」とかで、店主イチオシの文庫本たちと一緒に販売してもらえないものだろうか。できることならその際には、ぜひ老眼鏡という名前も、もっとセンスの良いものに変えて頂きたいと切に願っているのは、きっと私だけではないと思う。
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2017-01-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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