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ネイルアートという名の手錠


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:あわづりつこ(ライティング・ゼミ)

もうずいぶん前のことだ。
あれは東京に出てきて、2年ほど経った頃。ようやく東京の地理もだいたい頭に入り、銀座はこんな街、渋谷はあんな感じ、と街ごとの雰囲気もわかってきたころだ。知り合いが表参道にネイルサロンをオープンした。表参道はオシャレな街。ヘアサロンは表参道か代官山でなくっちゃと、お上りさん気質が全く消えていない私は、知り合いのお店だからというより「表参道の交差点にある」という理由に強く惹かれて早速予約を入れた。

生まれて初めてのネイルサロン体験にたちまち虜になり、月に2−3回は通うようになった。当時はちょうどネイルサロンが流行り始めるほんの少し前、今ほどネイルをしている人は多くはなかった。毎月爪のお手入れのためにサロンに通う、というちょっと先を行っている感じが、かなり優越感をくすぐり、とてもいい気分だった。なにより、サロンに行くと、絶対家では揃えきれないほどの数のきれいな色のマニキュアが壁一面にきれいにディスプレイされ、それを眺めているだけでぽうっとなってしまう。色とりどりのコットンに囲まれてかわいい箱に納められたネイルアートのサンプルを見ながら、今日はどの色を塗ってどんなデザインのアートにしようか、と思い巡らせるだけで幸せな気分になれる。今日のデザインを相談したり、ネイルの最新トレンドの話を教えてもらううちに、ハンドマッサージ、甘皮の処理、ヤスリで爪の形を整えるといったハンドケアの時間はいつもあっという間に終わる。
色を選ぶのも楽しい、塗ってもらうのを眺めるのも幸せ、仕上がって美しく整えられ、お気に入りの色のマニキュアを塗ってもらった自分の手を眺めるのはお姫様になったようなとてもいい気分だった。ネイルサロンは、私の気分を最も上げてくれる場所だった。

しかし本当のところは、いいことづくめというわけでもなかった。今はとても早く乾くジェルネイル、というのが主流になっているが、当時の主流はマニキュアだった。マニキュアは乾くのが遅い。完全に乾くには2時間から4時間はかかる。女性なら一度や二度は経験があるだろう。乾いているように見えて実はまだ完全に乾いていないマニキュアを塗った指が固いものに当たってしまった時のあのがっかりと後悔が一体となって押し寄せてくる感じ。ほんの数秒前までつるんと輝いていた爪の表面にシワシワと線がはいり、マニュキュアがよれてしまったのを見た時の後悔の念。どうしてもっと指先まで神経を張っておかなかったのか、あんなぞんざいに指を動かしてしまったのか……。さっきまでの天国気分から地獄に真っ逆さまだ。明日朝一番に電話して塗りなおしの予約を取らなければ……。

ネイルとは、多大な時間を犠牲にするものであり、乾くまでの間は何もしないという忍耐力を要求するものでもあった。

パソコンのキーボードを叩いている間や、電車のつり革を持っているときなど、いつも眺めることができる指先を彩り、気分を上げてくれるのもネイル。
サロンからの帰り、電車に乗るために定期を出す時、家のドアを開けるために鍵を出す時、眠る時、乾ききっていない爪をありとあらゆる衝撃から守りぬく大仕事を要求するのもネイル。
それでも一晩爪を守り抜き、朝きれいに輝く爪を指先に見つけるだけで昨夜の苦労は吹き飛んだ。プラスが圧倒的勝利を収め、ネイルは何よりの癒しであり続けた。

それからネイルの世界でも技術の進歩はどんどん進み、早く乾き、持ちも良い、というジェルネイルは瞬く間にメジャーになった。ネイリストもみんなジェルを勧めたが、初期のジェルネイルは厚みがあり華奢な指先が作れない、と私は抵抗し、しわと衝撃との戦いを続けていた。時々、なんて時間を無駄にしているのだろう? と自己嫌悪に陥ることもあったが、きれいな指を眺めた時の高揚感や、爪の手入れに手をかけている私、という自分にやや酔ったような気持ち、人に爪を褒められた時の嬉しさが常に上回り、マニキュアへの固執は続いた。

何年も通ううちに、ネイルサロン通いは習慣になった。忙しくてサロンに行く間が空くと、爪のつやがなくなり、色がはげ始めるとイライラする、という弊害がおまけについてきた。仕事が忙しくなり、なかなかネイルサロンに行く時間が取れなくなると、はげてきたマニキュアを自分でとりあえずは落とすのだが、ネイルを塗っていない指は自分の手先ではないようで、居心地が悪く、不安にさえなった。手入れの時間さえ見つけらない自分がダメな人間に思えたり、ネイルを落とした指先を他人が見て、あら今日は塗ってないのね、とネガティブに取られるのではないかと恐れることさえあった。
綺麗になって、気分を上げてくれるものが、途切れると恐ろしくなる麻薬のようだ。ネイルに縛られているようだった。プラスの効果は変わらずだったが、マイナスの面が目立つようになっていた。

あれから数年経った今、私の爪は短く、何も塗られてはいない。長さはヤスリで揃え、ハンドクリームや甘皮用のオイルは欠かさないが、爪に色を乗せることはしなくなった。
2年前に始めた居合は、アクセサリーやネイルは禁止だ。稽古の日だけ取ればいい、と解釈することもできるが、週に二度三度稽古するとなると、必然的にネイルを塗っている暇はなくなる。透明ならいいかと、あんなにも頑なに拒否していたジェルネイルの透明なものを試したが、それさえもやめてしまった。
あんなに色が途切れることを恐れていた私はどこに行ってしまったのだろう? と自分でも可笑しくなることがある。理由は驚くほどシンプルだ。居合の重要度がネイルのそれを大幅に上回った、そんな単純なことだ。

好きで始めたネイルが、いつの間にか「ねば」になっていた。ネイルがどんどんポピュラーになって、爪が綺麗な人が増えると、爪を綺麗に塗っていないことに引け目を感じたり、「ネイルを塗っている私」でなければ、きちんとした大人の女性じゃないと強迫観念が芽生えていたのだろう。一時期とても気分を上げるのに助けてもらったからこそ、依存してしまっていたのだと思う。だが、より重要だと思うものができると、あっさりその依存から抜けてしまった。

長い間何か一つのことを続けていると、変化は嫌なものだ。だけど握っている手を開いて手放すと、新しいものをつかむことができる。今握っているものがまだ欲しければ、開いてまた掴み直すことだってできる。居合を始めた頃は、ネイルを手放すことにまだまだ抵抗があった。どっちもつかもうと四苦八苦していた。なのに気付いたら、ネイルを手放していた。人間は変わっていくものだ。その変化を受け入れ、楽しめることが人生を楽しむコツなのかもしれない。
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この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2017-01-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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