メディアグランプリ

いいそびれたプロポーズ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ナギハネ(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
※この記事はフィクションです。
 
梅雨特有の湿った雨の中、横断歩道の向こうに親友が立っていた。
両腕に赤いラインの入ったライダースジャケットを着て、額から血を流していた。嬉しくて、僕はつぶやいた。
「会いたかった」
僕は大切なヒトに向かって、横断歩道を渡った。
 
あれは10歳の時だったと記憶している。今日みたいな小雨がサラサラ降っていた。母と僕はおそろいの赤い傘をさし、信号待ちをしていた。
「かわいい赤ちゃんだね」
僕の口から思わず声がもれた。
「どこ?」
横断歩道の向こう側、信号待ちをしているカップルが見えた。相合傘の2人の間に赤ちゃんがいたのだ。
「ほら、赤ちゃん」
母がいぶかしげに、僕が指さす方を見た。
「どこ?」
「いたんだよ」
さっき確かにいたはずの赤ちゃんは消えていた。信号が青になり、電子音が響きだす。かすかな笑い声と一緒に、相合傘のカップルは僕ら親子の脇を通り過ぎていった。
 
昨晩、あの時の夢を見た。初めて幽霊を見た記憶。夢を見た翌日は、たいてい幽霊と会う。といっても、話をしたことはなく、ただ「見る」だけだ。通勤途中、道端でじっとこちらをにらんでくるヒト。お昼時、1人食堂でランチを食べている僕の目の前に座るヒト。見知らぬヒトたちはただ、「僕を、私を見て」といわんばかりに僕の前に姿をあらわした。僕は目をあわせてうなずいてあげる。そうすると、幽霊になったヒトたちは、満足げにうなずきかえして消えていく。
 
だから今日、僕は驚いた。現れたのは見知らぬヒトではない、10年前にバイク事故で死んだ親友だったのだ。
目が合いそうになって、僕は視線をはずした。もちろん、うなずくことはしなかった。消えてほしくなかったからだ。頼むから、消えないで。願いが届いたのか、横断歩道を渡り切っても親友はそこで待っていてくれた。
 
「お前さ、どうしたいねん」
開口一番、親友は額から顎まで一筋の血を流しながら、悪態をついてきた。僕は何も言えず、ただ苦笑するしかなかった。久しぶりに聞く彼の声に、胸がしめつけられる。
「で、あいつとどうなん? のらりくらりやってんちゃうやろな?」
親友の悪態に、僕は泣きそうになった。どんな姿であっても、どんな悪態でもいい、僕に話しかけてくれている、それが嬉しかったんだ。
「座って話そうよ」
目があってうなずいてしまったら、親友は消えてしまう。僕はすたすたと近くの公園に向かって歩き出した。横目で親友を見やる。彼はやれやれというように、肩をすくめながら僕の隣を歩き出す。
 
小雨が降りしきる朝の公園に、人もヒトも誰もいなかった。僕は木のそばにあるベンチを指さし、親友のためにスキマをつくりながら端に座った。親友はするりと僕の隣に腰かけると、両手をポケットに突っ込みながら空を見上げた。
「で、あいつとはうまくやってるんか? てかあいつ、元気にしてるんか?」
矢継ぎ早に聞いてくる。僕は頭を掻きながら返事をかえした。
「うん、つきあって2年になるかな。元気にしてるよ、あいかわらず、ぼやいてばっかりだけど」
「あいつ、ぼやいてばっかりやもんな。そっかそっか、そらよかったわ」
親友が空に向かって、ハハハと笑った。僕も空を見上げてみた。灰色の雲に覆われた空から、ヒラヒラ雨粒が降ってくる。僕の髪、頬、両肩、すべてが濡れそぼる。
 
「ほんで、結婚はいつするねん」
親友の声が、ピリッと僕の耳に響いた。
「しても、いいのかな?」
はーっと大きなため息が聞こえた。
「お前以外に誰がおんねん。そらな、俺がしたかったわ」
「だよね」
「……あの日な、あいつ海辺のアウトレットいこうとかゆうて、見え見えの策略で俺を誘ってきてん。ほらあそこのアウトレットってリゾートホテルあるやろ? あそこの教会で結婚式あげたかったんやろな。俺もさ、下見やな、ゆうてその気になってたんや。ほんで教会でプロポーズしたろと決めてたわけ」
知ってるよ、彼女から聞いたから。僕は言葉を飲み込んだ。親友の声をもっと聞いていたかった。どんな話でもいい、ずっと隣にいてほしかった。
「もしも、やで。もしも、事故で死ぬっていうんが避けられへん運命やったとしたらや。せめて帰りにしてほしかったわ。プロポーズしそこねてもうた」
「ほんとだね」
ドンっと背中に衝撃が走った。ベンチから落ちそうになって、僕は親友の横顔を見つめた。どうやら背中を叩いてきたらしい。
「ほんま、お前は言いたいこと言えへんのな。ちゃうやろ、俺がプロポーズしてもうてたら、お前は一生、あいつと結ばれへんかったんやで。俺はな、知ってたんや。お前もあいつのことが好きやったって」
ははは、と僕の口から乾いた笑いが漏れた。ベンチに座りなおすと、空を見上げて深呼吸してから、僕は言いそびれてた言葉を吐きだした。
「違うよ、僕が好きだったのは、君なんだ」
ずっと反応が怖くて言い出せなかった言葉。何度も心の中で呟いては、心の奥に溜めてきた言葉。
僕は親友の反応が怖くて、じっと灰色の空を見ていた。空気が揺れて、親友が戸惑っているのが分かった。困らせたくない。僕は親友に向かって、言葉を継いだ。
「もちろん、もう過去の話だよ。今は彼女のことを愛してる。最初は、君を失った悲しみをなぐさめあってた。だけど10年たって、ようやく一緒に喜びを分け合う関係になれたんだ」
いつの間にか、雨はやんでいた。湿気を含んだ思い空気が、少しずつ消えていく。
 
雲が途切れて、太陽が姿を見せた。まだ弱々しい光だったけど、僕の頭、頬、両肩がほんのり温かい。まるで親友が、僕の肩を抱いてくれたみたいだ。
親友の言葉が聞こえてきた。
「幸せになってくれよ」
僕は泣きだしてしまった。ありがとう。隣をみたけど、そこに親友の姿はなかった。
目をあわせていないし、うなずいてもいないよ。
そっか、また会いに来てくれるのかな。
僕は愛するヒトにまた会いたくて、勝手な期待を抱いていた。
 
 
 
 
***
 
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2024-06-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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