メディアグランプリ

気がかりな本音


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:ナギハネ(ライティング・ゼミ4月コース)
※この記事はフィクションです。

 
 

タイムラインに流れてきたのは、まちがいなく婚約者の彼だ。彼女はそう思い込みたかった。
 

去年、彼女は婚約者と海辺にあるリゾート施設に向かう途中、彼が運転するバイクで事故にあい、大けがを負った。そして婚約者を失った。深い悲しみを浄化する余裕などなく、リハビリが始まっていた。
 

『こんな広告見つけたよ。彼がサイン会するんだって』
彼女は久しぶりに、婚約者の親友へメッセージを送った。
リハビリ中の彼女を毎日のように見舞ったのは、婚約者の親友だった。一緒に悲しみを乗り越えようと言わんばかりの態度に、彼女は彼を遠ざけていたが、広告に載った婚約者の姿を見せてあげようと、メッセージを送ったのだった。
 

『明日、ランチでもしようよ』
親友から返事がきた。彼女は迷ったが、婚約者の姿を分かち合いたいと、誘いを受けることにした。
 

容赦なく陽射しが照りつける、真夏日だった。
杖をつきながら彼女が待ち合わせのレストランに姿をあらわすと、彼は一瞬、切なげな表情を見せた。すぐさま表情を押し殺すと微笑みながら立ち上がり、彼女のために椅子を引いた。彼女は杖をテーブルにたてかけて座った。
「リハビリは順調?」
「うん、歩けるようになっただけで充分よ」
彼はリハビリが順調でないことを知っていた。彼女の母親から連絡をもらっていたからである。あと一歩のところで彼女はリハビリを止めてしまったという。ずっと部屋に閉じこもってるのよ、と心配した母親から相談を受け、外に連れ出すことにしたのだった。
 

「彼ね、料理人になって活躍してるみたい」
彼女は店員に日替わりのパスタを頼むと、すぐにスマホを取りだした。同じもので、と彼も慌てて注文した。
「僕も見たいな」
彼はそう答えるしかなかった。
 

彼女はスクショした画面を開いた。婚約者にそっくりな人物が笑顔を浮かべている。たしかに似てる、と彼はまじまじと画面を見つめた。面長な顔の輪郭も、目じりに皺を寄せて笑う笑顔も、目も口も、彼とうり二つだった。画面の彼が、美味しそうなパスタ料理を乗せた一皿を差し出してくる。どうぞ、と彼に微笑みかけてくる。うまいぞ、食べてみろよ。彼との想い出が蘇った。
「パスタ料理が得意だったよね」
「ね? プロになってたなんてね。でね、本を出すんだって! でね、サイン会があるらしくってね。どこでやると思う?」
カシャン、とテーブルに立てかけていた杖が落ちた。彼は素早くそれを拾うと、ちいさくうなずいた。ありがと、と彼女は言いながらスマホ画面を彼に見せた。サイン会開催の告知画面が表示されている。
「……あの海辺にあるリゾート施設? の中にあるホテル?」
「そうなの! あのホテルに彼がいるのよ」
「……分かってるんだよね?」
彼の問いかけに、はしゃいでいた彼女は目を伏せた。分からないふりをしていたいんだと、彼は痛いほどに理解した。
「サイン会、一緒にいってもいいかな?」
ウェイトレスがパスタを運んできた。
「もちろん!」
彼女はパッと顔をあげ、ありがとうとウェイトレスに笑顔を見せた。
 

サイン会当日、彼は車で彼女を迎えに行った。事故の記憶が蘇らないよう、遠回りして海岸沿いを走り、サイン会の開始時間を過ぎた頃にホテルに着いた。
彼女は杖をつきながら、ゆっくり会場へ向かう。彼は寄り添うように小さな歩幅で隣を歩いた。
 

会場はホテルの3階にある、小さな会議室で開催されていた。2人が到着したころには、料理人の彼の前には数人の女性が並んでいるだけだった。スタッフの人にうながされ、2人は本を買い、女性たちの後に続いた。
2人の順番がめぐってくると、スタッフの人が椅子を移動させ彼女を座らせた。
「こんにちは!」
料理人の彼は満面の笑みで2人を出迎えた。その笑顔に2人は奇妙な表情を浮かべた。少し戸惑い、それから顔を見合わせ微笑みあった。
「応援してます」
彼女が本を差し出すと、料理人の彼は本を開き、すらすらとサインした。
「お会いできてよかったです」
彼もまた同じようにサインをしてもらうと、頭を下げた。
2人は上辺っ面の言葉を並べると、そそくさと彼に背を向けた。
 

本を片手に、エレベーターを待った。チン、と音をたて扉が開く。中に入り扉が閉まると、彼女がふっとため息をつくように笑った。
「ぜんぜん、似てなかった!」
「うん、ぜんぜん違う人だった」
つられて彼もくっと小さな声で笑う。それきり2人は黙り込んだ。しばらくの間、2人は閉じ込められた空間で自分の想いに耳を傾けた。会いたいだけなんだ。声に出さずとも2人の想いは一緒だった。
あ、と先に小さく声をあげたのは彼だった。押し忘れていた一階へのボタンを押した。ふわりと優雅にエレベーターが動き始める。
「実を言うとね、」
浮遊する空間の中で、彼が言った。
「僕は彼のことが好きだった。君と同じような気持ちで」
突然の告白に、彼女は驚いて彼を見上げた。目が合うと、彼は肩をすくめてみせた。
「だからさ、君と一緒にサイン会に来たかったんだ」
チン、と音をたててエレベーターの扉が開く。2人はゆっくりした足取りで外へ出た。
「ほんとはね、」
カツン、と杖をつきながら彼女が言った。
「杖なしで歩きたいって思うよ。だけどね、なんかリハビリが終わっちゃうと、彼と過ごした今までの人生も終わっちゃうような気がしたんだ」
ホテルの出入口、自動ドアを通り抜けると彼が告げた。
「ゆっくり終わらせながら、僕とまた始めようよ」
彼女は杖を差し出した。彼はそれを受け取ると腕にかけ、どうぞというようにもう片方の腕を彼女に差し出した。
2人は腕を組みながら、ホテルを後にした。
 
 
 
 
***

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2024-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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