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プロフェッショナル・ゼミ

【30代独女の告白】私はこうして海の中から男と女を観察する《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:市岡弥恵(プロフェッショナル・ゼミ)

『結婚は墓場。離婚は地獄』

私が愛用しているモレスキンのノートに、そう殴り書きしているのが目に留まった。かれこれ大学に入った頃から、私はこうしてメモ帳にメモを残すようにしている。

私は恐ろしく頭が悪い。
中学校で勉強したことなんか、脳みその中からどんどん消えていく。テスト前一週間は必死で頭に詰め込むが、必要がなくなると、途端に私の脳みそは記憶を消し去ってくれる。もう、歴史なんか最悪だ。あれだけ必死で覚えても、全部消えていく。だから鎌倉時代を勉強する頃には、旧石器時代の記憶なんてからっきし無いのだ。

それでいて、どうでもいい事は良く覚えていたりする。大学生の時、電車で隣に座っていたおじさんから、納豆の匂いがしたとか……。前の前の彼氏は、背中にホクロがあったとか……。
ただでさえ小さな脳みそなのに、こんな記憶しか残っていないのだ。
どうやら私は、変な所に執着して覚える癖がある。例えば、目の前で話している友達の耳たぶから、大きな揺れるピアスがぶら下がっていて、そのピアスの穴が縦長に伸びていたとか。そんな、人の耳たぶの穴の事は覚えているのに、果たして彼女が何を話していたか……? それが思い出せないのだ。本当に、しょうもない脳みそなのだ。

だからこうして、私はメモを残すようになった。頭の悪い自分への処世術だ。
電車の中やバスの中で目に入った広告のコピーとか、その日会った人の言葉とかをメモしていく。目の前でメモを取るのは失礼だろうと思い、後で書こうと思っていると、これまたその方が正確にどの言葉を使ったか思い出せない……。次第に私は、許可を取ってその人の目の前でメモをとるようになったのだ。

「ごめんなさい! ちょっとメモしていいですか?!」
バックからメモ帳を取り出したり、スマホを取り出したりする私にギョッとしながら、人々は言う。

「はっ?! 今の何がそんなに響いた?!」
「いや、めちゃくちゃ面白いです! でも私頭悪いんで残しとかないと、記憶がすっ飛ぶんです!」
そんなに面白いこと言ったかなぁと不思議な顔をされながら、私は彼らの目の前でメモをとるのだ。

そんな事をしていると、私のメモ帳は既に30冊を超えていた。そして気付いたのは、残したメモを見返す事で、私は記憶の海にアクセスできるという事だ。ダイビングをした事は無いけれど、きっとこんな感じだろうと思う。私はメモ帳に残したノートの文字を見ると、自分の中の深い深い所に入っていく感覚になる。というか、そうイメージすれば記憶を引っ張り出せるのだ。

だからこうして、押入れの中で埋もれているメモ帳達を、時たまパラパラと眺めたりする。

『結婚は墓場。離婚は地獄』

モレスキンの縦長のノート1ページを丸々使って、私はこう殴り書いていた。
規則正しく並んだ小さな方眼の上に、バシっと右斜めに書かれたこの言葉。その下に、小さく日付と、誰が言った言葉かも書いてある。

あぁ、そうだ、あの時だ……。

私は、自分の記憶の海の中に、ぶくぶくぶくぶくっと入っていく。

***

友人達とディナーをした後、まだ一人になりたくなくて、家の近くにあるバーに入った時のことだ。重そうな扉は押してみると以外と軽い。薄暗い店内に、タバコの煙がふわっと筋を作っている。「日本昔話」に出てくる龍って、こんな形だったよなぁと思いながら、私はマスターに「ただいまー」と言ってカウンターに座った。

「おかえり。桃があるよ」

ここのマスターは、私が注文しなくても、こうしてその日入ったフルーツで何か出してくれる。お酒を飲めない私が飽きないようにと、フルーツカクテルを色々作ってくれるのだ。
それに、さすがマスター。私より先にカウンターに座っていた男性に、私の事を紹介してくれる。こうして、一人客同士に会話を持たせるのが上手い。

その男性は、Kさんという40代の歯医者さんだった。確かに着ているものはパリっとしていて、体のサイズにも合っている。彼の隣に置かれた鞄は本革で、味が出てきて深みのあるテリがある。

たわいもない事を話し、初対面でもケタケタと笑い合える時間。もう次にいつ会えるか分からない人とでも、こうして会話が成り立つのが好きで、私はふらりとここに立ち寄る。

「彼氏いるの?」
「いません! 居たらこんな所に一人で来ません!」
「結婚願望は?」
「あります。いつか、できるはず。と思ってます」

あぁなるほどね、と言いながら、ふふふと笑う男性。

「ご結婚されていて、お子さんもいらっしゃいますよね?」

私は、男性に聞き返した。
なんとなくであるが、子供が居る男性は、独身の男性とは醸し出す雰囲気が違う気がする。

彼は、ウィスキーのオンザロックをクルクルと回しながらさらりと言った。

「うん、今日離婚したけどね」

「えーーーー!!!!」
マスターと私は、二人揃って驚いた。

「えっ、Kさん、マジですか?! 僕そんなこと一度も聞いたことないですよ!」
マスターは突然、私たちの会話に割り込んでくる。

「水臭いじゃないですか! 僕、Kさんと長い付き合いなのに!」
「いやー、人生色々あるよね」
「つーかお前、こんな日にそんな質問すんなよ!」
マスターは私にビシリと言ってくる。ひーっ、まさかそんな状況だなんて思わないんだもんっ!

「すみません! 聞かれたので、つい聞き返しちゃって……!」
「いやいや、僕から聞いたからね」
そう言いながら、Kさんはまたウィスキーを注文した。今度はロックじゃなくて、ストレートだ。Kさんは少しグラスを傾けて、私に教えてくれる。

「知ってる? いいウィスキーって、こうやってグラスに跡が残るんだよ」
「あっ、ほんとだ」
「もうさ、男と女ってこんな感じだよね。熟成されればされるほど、なんかこう、まとわりついてくる……」
「はぁ……」

結婚したことすらない私には、分からない言い回しだ。

「Kさん、いつから離婚の話出てたんですか?」
「えっ、そこブッ込むで聞いちゃうの?!」
先ほど私を叱りつけたマスターが、結局話を深堀するものだから、突っ込んでしまう。

「うーん、二年ぐらいかかったかなぁ」
「二年?!」
「いやね、ほんと、結婚より離婚の方が大変だから……」
「あぁ、確かに、それは色んな方が仰いますねぇ」
マスターは腕を組みながら、苦い顔でうんうんと頷いていた。

「あっそれでね。そんな僕から、一つだけ言える事。結婚は墓場。離婚は地獄」
「えぇ?! そ、そんな、まだ私結婚に夢を見ているのに……。ちょっと待ってください……。メモしますから……」

***

ぷはぁっ!
私は水面から顔を出し、ぷかぷかと浮かんでみる。

恐るべし、離婚経験者の名言……。
あぁ、なんかすごいの思い出したな……。なんか、どんよりしたから、オモロイやつないかな……。

私は、再びメモ帳をパラパラとめくりだした。
この時間は本当に楽しい。普段思い出さない出来事を、こうして宝探しみたいに見つける事ができる。ランダムにピックアップしたメモ帳の中から、どんな記憶が飛び出してくるのかワクワクする。
続いて、目に留まった言葉はこれだ。

『茶畑 列と列の間は120㎝』

しかも、その下には、『セックス』と書いてある。

ぶくぶくぶくぶくっ……。

せ、せっくす……。

***

「一番印象に残っているセックスって、どんなんですか?」

またしても、バーだ。
バーは話題に事欠かない。少し酔っ払った男性二人が、何やら下世話な話で盛り上がっていた時だった。突然一人の男性が、そんなぶっ飛んだ質問をしたのだ。
それにしても、男性陣は私を目の前にして、下ネタを控えるという事がない。みんな私の事なんか気にせずに、ツラツラと性事情を話すものだから、私のメモ帳には下ネタが多いのだ。

「茶畑だな」

「ちゃ、ちゃ、ちゃ、茶畑?!」
これまた、私はもう一人の男性と一緒に声を上げた。

「ちょ、ちょっと待ってください! それは、八女で?! 静岡?!」
いや、どこの茶畑かなんて、そんな事はどうでもいいんだが、こうぶっ飛んだ回答がくると、何から聞いていいのか分からなくなるのだ。

「いやー、茶畑はいいよ。お茶の木ってね、高さがだいたい人の腰ぐらいなんだよ」
「ふむふむ」
「だからさ、こう膝立ちになると、茶畑の中で俺の頭だけひょこっと出る」
「ふむふむ」
「そうすると、ぶわーっと目の前にお茶の緑が広がってるんだよ」

な、な、な、なんと!
こんな景色、本当に茶畑でセックスした人にしか分からないじゃないか! 私は、男性たちが話しているのを適当に流しながら、その光景を想像してみる。

朝方、まだ誰もいない茶畑。
ちょっと肌寒いぐらいの気候で、目の前には山肌に沿って、茶畑が段々畑になっている。お茶の香りがふわっとしてきて、なにやらとてもリラックスできる。一列にズラーッと並んだお茶の木が、人が通れるぐらいの通路を空けて順々に並んでいる……。

んん??

「あのっ! 茶畑のどこでセックスを?」
私は、妄想がストップしてしまったので、たまらず男性に助言を求める。

「茶畑のど真ん中だよ」
「お茶とお茶の列の間ですか?」
「そうそう、人が通るところね。そこにビニールシートとブランケットを敷くの」

ふむふむ(妄想再開)。
一列にズラーッと並んだお茶の木が、人が通れるぐらいの通路を空けて順々に並んでいる……。そこに男は女の手を引きながら入っていき、ビニールシートとブランケットを敷く。そして二人で横たわり……。

んん??

なんか、枝が邪魔なんだけど……。なんか、腕に枝がピシピシ刺さるんだけど……。

「はいはいはいっ!」
私はまたも妄想がストップしてしまい、手を挙げて男性に助言を求める。

「なんか、狭くないですか?!」
「お茶とお茶の間って、何センチか知ってる?」
「えっ人が通れるぐらいでしょ? 1メートルもないぐらい?」
「120センチなんだよ」
「120?!」

な、な、なんと!
なんてこった、幅120センチ?!

私がこんなに驚くのには理由がある。なぜなら、私は職業柄ベッドサイズには詳しいからだ。メーカーによっても若干差はあるが、大体キングサイズが幅190センチぐらい。クイーンサイズだと170〜180センチぐらい、ダブルだと140〜160センチぐらい。シングルだと110センチぐらいだ。

そんで、この幅120センチってのは、「セミダブル」ってやつだ。

そうだな、30代カップルだと、もう若い時みたいに寝る時までベターっとひっつくこともないから、やはりダブル〜キングサイズを選ぶ。しかし、20代前半のカップルは、このセミダブルサイズが丁度いいのだ。男性に腕枕してもらって、女性は抱き枕を抱えるように男性に絡みつく。そうすると、120センチでもベッドから落ちることはないのだ。

「な、なるほど……」
「ちょうどいいんだよ茶畑は」

そうして、男たちの下世話な会話は続いていく……。

***

ぷはぁっ!
私は再び水面から顔を出し、ぷかぷかと浮いてみる。

あぁ、面白い!
そうだそうだ、茶畑の列と列の間は120センチ! 出来立てホヤホヤカップルには丁度いいサイズ!
あははははは!! あぁもう笑いすぎて溺れそう!! 浮き輪浮き輪……。

こんな事を、私は夜な夜な繰り広げているのだ。
もう、変態的。
人から「気持ち悪い」と言われてもしょうがないと思っている。

しかし私にとってこのメモ帳は、フォトアルバムよりも貴重だ。
写真を見るだけでは、四角く切り取られた空間しか見る事ができない。しかし、記憶の海の中に入ると、私はクルリクルリとそこでのやり取りを見る事が出来るのだ。まるで水族館の海中トンネルの中を歩く人々を、水の中から見ている感覚だ。もう、自由自在。色んなアングルで見る事が出来る。しかし、実際にその時見えなかったはずの角度は、完全に私の妄想なんだけれども……。

だから、皆さんも気をつけてほしい。
私があなたの目の前でメモをとりだしたら、いつか私はその時の記憶の中にダイブする。そして、夜中に一人で私はニタニタしているのだ。

でも、メモをとるということは、私が失いたく無い記憶なのだ。いつまでもずっと覚えていたい、記憶の海から引っ張り出したい出来事なのだ。だから、どうか私がメモをとることを許してほしい。

私は、浮き輪に掴まりながら、またメモ帳をパラパラとめくる。
次から次に飛び出してくる言葉たち。その瞬間瞬間に、私の目の前の人達がイキイキと動いている。

次に開いたページにはこう書いてあった。

『ネコの特徴 かばんが大きい 見れば大体わかる』

ぶくぶくぶくぶく……。

ね、ねこのかばん……。

***

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