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メディアグランプリ

「私のこと好き?」という呪いの言葉


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:城裕介(ライティング・ゼミ)

「ねえ、私のこと好き?」

彼女の声が電話越しに届く。

「好きだよ」と僕は答えた。

「じゃあ、私のどこが好き?」

やっぱりそうきたか。この質問に僕は少し緊張した。

「君の目標を決めて、計画的にやれるところが好きだよ」

「大人しそうに見えて、実は強い意志を持っているところだよ」

彼女はたまにこの困った質問を投げかけてくる。同じ答えで応えることもあれば、違うことを返すこともあった。この言葉がどう伝わるかは日によって少し変わった。ただできるだけ思っていることを返そうと思って返す。

応えにくい質問だけど、その言葉になんて返そうか考えるのは楽しかったし、なんだかんだ答えられないということもあまりなかった。たまに納得していないこともあったけれど、ほとんどの場合喜んでくれた。彼女の思ったことをストレートに物を言う性格は僕にないもので羨ましくもあった。

それが変わっていったのは僕が大学を卒業してからだ。まだ大学の4年生だった彼女と少し遠距離になり、僕は建築の仕事をはじめた。文系卒の僕は畑違いの建築の仕事を覚えるのに必死で毎日22時、23時まで仕事をする日々が続いていた。正直楽しいとは思えていなかったし、毎日疲れ果てていた。

愚痴も増えていて、最初は嫌がらずに聞いていた彼女もだんだんイライラしてきたんだと思う。

「そうはいってもやるしかないじゃん、しっかりしなよ」

ため息まじりに彼女は言った。少しずつすれ違いとケンカが増えていった。

支えて欲しいと言いたかった。でも彼女自身疲れていていやになっているのも分かっていた。彼女の就職活動は電話越しの声で聞く限りうまくいっていない。彼女自身もストレスが溜まっていて、不安なのも分かっていたからなるべくその言葉は飲み込んで彼女の助けになろう。そう思い自分を奮い立たせた。

夏の終り頃、彼女の就活が無事終わった。僕はほっとした。これでもう支えなくても大丈夫だと。きっとこれからは少し落ち着くはずだと。

でも僕と彼女の関係は良くならなかった。僕の仕事の状況はちっとも好転しなかった。彼女からしたらうまくいかないまま、いつまでもウジウジしてる僕にこれまで以上に嫌気がさしていた。逆に僕は彼女がこちらの立ち位置を一向に考えないで自分の正義を押し付けようとする彼女が自分勝手に思えて不快感を覚えていた。

「私のこと好き?」

この言葉はこのころには僕にとって嫌いな言葉になっていた。好きと答えるのに躊躇するし、具体的なところを聞かれても言葉に困るようになっていた。そして、無理やりひねり出した言葉はケンカの引き金になった。

電話越しの憂鬱そうな声を思い返すたびに、考えようという意欲がなくなるのだ。

これは「呪いの言葉」だなと僕は思った。言葉だけじゃ足りない。言ったのならそれを伝える行動をしてなかったら伝わらないから。

それから間もなく彼女とは別れた。お互いにもう限界を迎えていた。僕は悲しさも少しあったが、それ以上にほっとした気持ちがあった。

これであの呪いの言葉から解放されるという気持ちもあった。記憶の中を探って無理やり答えを探していた。でも思い返すのは最近のことじゃなくて、昔の楽しかったころの思い出ばかりだった。僕は無理やり言葉にする「好き」も、いちいち理由を考えるのにも疲れていた。

それから3年、慣れないなりに建築の仕事を続けた。少しは慣れてきたもののただ思うように結果は出てこなかった。輝かしい結果を残す同期、徐々に伸びてきた後輩、それと比べて何も成長していないように思われる自分。そして、わからないままやり続けて楽しさがわからないままの建築。なんで仕事をやり続けているのかもうわからなくなってしまっていた。結局僕は4年働いて建築の会社を辞めた。

そこから、僕は転職を繰り返した。自分が何をしたいのかわからなくなり、どの仕事も長い間は続かなかった。

「なぜこの仕事に応募しようと思ったんですか?」

「志望理由はなんですか?」

面接で何度も聞かれ、自分で考えたなりの言葉を伝えようとしても、うまくいかないことが多かった。

「ねえ、私のこと好き?」

この言葉に返すときに感じていたことにそっくりだなと思った。好きなことを伝える相手が会社なだけで。ただ状況は全然違う。

ああそうか。この言葉に対しての不快感は彼女に対してのものだと思っていた。でも違う。あの子に対して不快に思っていたんじゃない。本当は好きじゃないと言い切れない僕自身に対する不快感だったんじゃないか?

「私のこと好き?」という言葉は、

「そもそも僕は僕のことを好きなの?」という疑問を僕に突きつけていた。

「好きだ」と言えなかった。言えるわけがなかった。

優柔不断に結論を先に伸ばした自分も、好きじゃないことを最後までごまかし続けた自分も、はっきり言って大嫌いだ。今こうして迷走しているのも自分の気持ちから逃げ続けてきたツケが回ってきただけのことだ。

「じゃあ、僕はどうしたいの?」

頭の中で彼女の声がする。嫌いままでいたいわけじゃない。それは絶対に嫌だ。

「じゃあ、僕はこれからどうするの?」

厳しい言葉だなと思った。自分のダメなところをダメなままで放置することも、現状維持でごまかすことも許さない。

「好きだよ」と返すためには、僕自身が成長していかなければいけないから。そうじゃなければ僕自身を納得させることは出来ないから。

あの言葉はあれからずっと呪いの言葉だった。今でもそうかもしれない。でも厳しくて腹立たしいけど、成長を促す言葉でもあると思った。

決めた。自分が嫌いなままでいるのをやめよう。すぐにその考えがひっくり返るわけじゃないけど少しでもそうじゃないように行動しようと自分自身に誓った。

僕は半年以上かけてやりたいことを模索して、今は書くことを仕事にしようと試行錯誤している。

「書くことは好き?」

書くことに苦しんでいるとたまに声がする。

「伝わらないときも思うように言葉が出ないときも苦しいよ。でも、伝わったときにはそれ以上に嬉しい。苦しくても書くことに悩んだら相談できる人もいる。思ったことを安心して言える場所がある。それでもっと書けるようになっていく。充実感があるから苦しさより、楽しさのほうが大きいよ」

「明日も同じことが言える?」

僕の中の不安な気持ちが聞いてきた。

「君にそう伝わるように、やってみせるよ」

僕自身に語りかけて、僕は外への扉を開く。

もうあのときのように嫌な感じはしなかった。

あの言葉は呪いの言葉じゃなくて、僕がどうしたいか教えてくれる優しい魔法の言葉なのかもしれないと思えるから。

***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2017-02-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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