メディアグランプリ

小さな人形が教えてくれたこと 私の存在が誰かを幸せにする


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:かたせひとみ(ライティング・ゼミ6月コース)
※一部フィクションを含みます

 
 

私は、世界で一番有名なアメリカ生まれの着せ替え人形。名前はB美。日本にやってきてもうすぐ1年半になる。日本での暮らしにもだいぶ慣れた。
けれど、私には誰にも言えない悩みがあった。私を購入してくれたオーナーにも言えない悩み……それは、オーナー本人に対する不満だった。
 

私は友人に相談しようとした。しかし、逆に相談されてしまった。
友人のオーナーは2歳の女の子。毎日遊び倒されているそうだ。舐められたり、手足を変な方向に曲げられたり……。毎晩の湿布と週イチのマッサージは欠かせないと言っていた。
私のオーナーは50代だから、そんな乱暴な扱いはしない。友人を思えば私の悩みはたいした悩みではないのかもしれない。でも……。
 

私はカスタマーサービスに電話してみることにした。本当はお客様専用の電話番号だけど、ある意味私のホームでもあるわけだし、そうそう無下にはしないはずだ。
 

オーナーが出かけるのを見計らって、私はカスタマーサービスへ電話してみた。
(以下 B:B美、カ:カスタマーサービス)
 

B「あのー、私、着せ替え人形のB美です。相談があるのですが……」
カ「あら、お人形本人から! 珍しい! お電話ありがとうございます。それでは、担当へおつなぎしますね。少々お待ちください」
 

ちゃんと担当部署があるんだ! 知らなかった。人形達にもちゃんと周知して欲しい! 
(以下 B:B美、担:お人形相談担当)
 

担「お待たせいたしました。お人形相談担当の〇〇です。早速ですが、ご自身の個体番号はおわかりになりますか」
B「はい。KE00883234-XX7525A1です」
 

担「お調べしますね。〇〇県○〇市にお住まいのB美ちゃんですね。どうですか? 日本での暮らしには慣れましたか?」
 

わー、ちゃんとデータベース化されてるんだ! 
 

B「は、はい。おかげさまで、すっかり慣れました」
担「それは良かった。適応能力が高いのはさすがですね」
B「ありがとうございます 」
 

担「オーナーさんは、親切ですか?」
B「はい。とっても親切にしてくれます。ただ悩みが二つほどあって……」
担「どういうお悩みでしょう? 何でも話してください。一緒に解決する方法を考えましょう」
 

なんて心強い! 最初からここに相談すれば良かった。

B「 
ありがとうございます。ちょっと言いづらいんですけどオーナーのことで……」
担「オーナーさんのことなんですね。 守秘義務がありますから、遠慮せずお話してください」
 

B「はい。今、オーナーが私のお洋服を手作りしているんですが、いつまで経っても完成しないんです。今の私は、着せ替え人形というより、同じ服ばかり着ている着たきり人形なんです。だから、大切にされていないんじゃないかなって……」
 

担「そうでしたか。ええっと、オーナーさんは、フルタイムでお仕事されていますよね?」
 

ウソ! そんなことまで知っているの!
 

B「そ、そうです」
担「お仕事をしていると、なかなかお洋服を作る時間は取れないものなんです。
オーナーさんも悩ましいところだと思いますよ。決してB美ちゃんをないがしろにしているわけではないのです。理解してあげてくださいね」
B「は、はい。確かに忙しそうです。無理して体を壊されても困るので、様子を見てみます。お洋服は自分で、こっそりAmazonで買います」
 

担「いい選択ですね。ときには静観するのも大事ですよ。さて、もう一つのお悩みを聞かせてもらえますか?」
B「はい。オーナーが毎日、私を見つめてニヤニヤするんです。それが、ちょっと気持ち悪くて……」
担「まぁ、気持ち悪いだなんて! それはあなたを親愛の眼差しで見つめているんですよ」
B「親愛……。そうなんですね」
担「ええ。それは、オーナーさんの愛情表現なんですよ。ニヤニヤされたら愛を浴びてると思ってくださいね」
 

そうなのかー。気持ち悪がってちょっと悪かったかな。
 

担「とても大事にされているようで安心しました。中にはほったらかしにされているお人形も多いんですよ。あとは、可愛がり方が独特な場合もあるんです。舐められたり、振り回されたり、生傷が絶えない子もいますから」
 

まさに私の友人だ。オーナーガチャの世界なんだ……。私は恵まれた環境で暮らしているんだな。

 
B「ありがとうございました! 相談してスッキリしました」
担「お役に立てて良かったです。また何かあったら連絡してくださいね」
 

電話を終えてしばらくするとオーナーが帰ってきた。私を見て、またニヤニヤしている。でもこれはオーナーの愛なんだと思うと、いつもの気持ち悪さは消え、私は何かに包み込まれているような温かな気持ちになった。
オーナーがいつもより私を長く見つめている。何か思い出しているみたい……。
 
 

オーナーである私は、B美を見つめながら、母のことを思い出していた。
私も昔、この人形と同じ経験をした。洋裁が好きでお洒落な母は、よく私に洋服を作ってくれた。しかし、仕事を抱え、妹が生まれたことも重なり、次第に洋服を作る時間が取れなくなっていった。
 

それでも幼稚園の卒業式には、手作りの洋服を私に着せたかったらしい。ペパーミントグリーンの生地を私に何度も当てがい、ミシンを動かし、ワンピースを作ろうとしていた。私もいつ完成するかと心待ちにしていたが、とうとう間に合わなかった。式の前日に慌てて店にワンピースを買いに連れて行かれたのを覚えている。
 

今なら私も母の状況がわかる。洋服を作ってあげたい気持ちは山々だが、日々の暮らしに追われて洋服作りまでとても手が回らない。でもその裏で、愛情はたくさん持っているのだ。そうでなければ、わざわざ手作りの洋服を作ろうとは思わないから。
 

B美に自分が重なり、自分に母が重なる。
私がB美を見つめるような眼差しで、母も私を見つめていたのだろうか。子供がいない私には、母親目線がどういうものなかはわからない。けれど、この眼差しと似ているものだとしたら、母からの温かな眼差しを受ける私は、彼女の腕の中でどんなに幸せだったことだろう。同時に、私を見つめる母もまた、どんなにか幸せだったことだろう。
 

私は無力で何もできない小さな存在だったけれど、私の存在そのものが母に取っての喜びだったのだ。そこにいるだけで母を幸せにしていたんだ。
そう思うと、B美を見つめる私の目には水らしきものが溜まってきて、次第にB美の顔がにじんで見えるのだった。

 
 
 
 
***
 
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2024-08-30 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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