通夜会場で「百歳」を宣言したじいちゃんの長生きの秘訣
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パナ子(ライティング実践教室)
長患いもせずロケットの速さであの世に旅立ったばあちゃんのおかげで、同居していた父を含め周りの人間たちは混乱した。そして強い悲しみに襲われた。悲しみの中心にいた人物は、もっとも祖父だろう。
……と、思っていたのだが、なんだか想像とは違う展開を迎える事となった。
通夜が滞りなく終わり、日頃遠くて会えない親戚たちが集まり、会場で食事をしていた。がっくりうなだれて、食事も喉を通らない様子のじいちゃんが心配で4つ離れた姉と私は側につく。
「おじいちゃん……大丈夫?」
「もうね……右腕がね……もがれたような気がするとですよ」
昔から時折敬語交じりで話す癖があるじいちゃんの悲痛な叫びを聞いて、泣きそうになる。そうだよな、辛いよなぁ。うんうんと頷きながらも言葉が見つからない。
昔ながらの尽くす系奥さんだったばあちゃんは、過去に脳梗塞を患って半身に麻痺が残ったじいちゃんの世話をかいがいしく焼いてきた。きっと亡くなる数か月前からは、ばあちゃんだって体の痛みなどで辛かったはずなのに、喉に詰まらせないよう食事を見守るのも、風呂で溺れないように見張るのも、ばあちゃんの役目だった。
じいちゃんの生活は、ばあちゃんの愛の監視により安全を保障されていた。ばあちゃんは、間違いなくじいちゃんの片腕だったのだ。
そんな事に思いを馳せながら、じいちゃんの手を優しく握ろうとした時だった。じいちゃんは垂れていた頭をほんの少し上げると、キリっとした表情で言った。
「だからね、これからは、男二人で頑張っていこうと思っとるとですよ」
男二人とは、じいちゃんと父の事だ。
「食事もね、白ご飯があれば贅沢は言いませんし、茶碗も自分で洗いますけん」
えっ? と顔を見合わせる姉妹に畳み掛けるようにじいちゃんはこう言った。
「もう少しで百歳だからね。それまでがんばらんといけん」
ばあちゃんの通夜の席で、98才のじいちゃんが行う長生き宣言はもうあっぱれでしかなく、姉と私は「おぉ~」と感嘆の声を漏らしながら、つい笑ってしまった。
いいじゃん! ばあちゃんが亡くなったのはさみしいけど、97才で大往生の部類に入るし、じいちゃんが生きる目標を明確に掲げているのは本当に素晴らしい事だ。
実は、じいちゃんにはどうしても百歳まで生きたい理由があるのだ。
時は約5年前に遡る。常日頃「百歳まで生きる」と明言していたじいちゃんに「長生きいいね! 絶対頑張ってよ!?」と声援を送るとこんな返事が返ってきた。
「百歳まで生きたらお祝い金が出るとですよ。市から〇万円、県から〇万円、勤めいた会社の共済から〇万円……」
まるでそろばんを弾くように勘定していくじいちゃんの目が¥マークに見えた時、私は大笑いした。
脳梗塞のリハビリで筋力トレーニングに励むのも、早寝早起きして体調を整えるのも、書斎の机に向かって読み物や書き物をして脳トレを欠かさないのも、すべてはお金の為なのかと思ったら、貪欲なじいちゃんが面白くてしょうがなかった。
そして、¥マークの自分に自覚があるのか、大笑いする私を見てじいちゃんも笑ったのであった。
あれから5年。
じいちゃんはだいぶんヨボヨボになって、手押し車がないと歩けないし、赤ちゃんみたいに歯が無いので食べられるものも限られている。
それでも、じいちゃんはまだまだ生きることに貪欲だ。
そして、そんなじいちゃんの生活にハリを与えているものが、食べる事への欲求だ。以前から孫の私が帰省時に持ってくる手土産のお菓子類には、それが食べた事のない新しい品種であったとしても必ず「呼ばれてみようか?」と言って口をつけて十中八九「おいいしかね」と言ってたいらげた。
この夏、私がじいちゃんちで食べていたプリングルズのポテトチップ「サワークリーム&オニオン」はさすがに好みじゃないかと思いつつ、一応「食べる?」と差し出してみた。じいちゃんは凝視した後、一口食べ「うまか」と言って手が止まらなくなった。
もしかしたら満99才でプリングルズを食べてる人ってうちのじいちゃんだけなんじゃ、と思いつつトイレに立って、戻ってきたらもう私の分はなかった。
ちょっと! じいちゃん! いくらなんでも食べすぎぃー!!!!!
ツッコむ私にじいちゃんはへへへと笑った。
夕飯時には父が一口サイズに切ったおいなりさんや茶わん蒸しを食べたじいちゃんは、食後いくらかも経たないうちに「あー、肉が食べたかね」と言って私を驚愕させた。
帰る時は帰る時で、土産に持ってきた博多で大人気の銘菓「通りもん」はまだあるのかと改まった顔で確認してきて私を笑わせた。じいちゃんはバター餡でしっとり仕上げた洋風饅頭の「通りもん」が大好きなのだ。
人生100年時代が到来して高齢者が多いなか、健康で長生きをするためにはどうすればいいか、まとめてあるのをよく見たりする。魚の多い食事、軽い運動、抗酸化物質が多い緑茶を飲むなどの具体的対策だ。
もちろん、これらは健康で長生きするために大切である事には間違いないだろう。しかし、目の前で賞金獲得のために長生きを宣言し、ポテチをつまみ、好きな饅頭に舌鼓を打ち、肉が食べたいと豪語するじいちゃんの生命力には叶わない、そんな気もしてくるのだ。
人生に「なんだ、そんな事でいいんじゃん?」というシンプルで明確な目標があることは、幸せへの第一歩なのではと思ったりする。じいちゃんの背中がそう語っているのだ。時にあーでもないこーでもないと無駄に考え過ぎてしまう癖のある私が、シンプルで明確な目標を立てることは、とてもいい薬になるのかもしれない。
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