プロフェッショナル・ゼミ

愛され系ダメ人間「えり子」に学ぶ「愛される才能」《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:石村 英美子(プロフェッショナル・ゼミ)

「すいません、お母さんがどうしても肉まんを食べて行けときかないので、電車に乗り遅れました(/ _ ; ) 32分の普通に乗るので、45分くらいになります」

えり子からLINEが来たのは待ち合わせ時間を過ぎてからだった。定刻に来るなんてはなから思っていないし、約束の時間をわずかに2分過ぎた時点での連絡は、えり子にしては上出来だった。

しかし今夜は冷える。気温もさることながら、風が強いので体感温度は氷点下にも感じられる。待ち合わせた薬院駅にはチェーン店のカフェもあるが、短時間で出ることになるし、それより呑みに行く前にラテなんか飲みたくなかった。どんなに寒くたって乾いた喉にビールを流し込みたい。

えり子はいわゆる遅刻魔だ。これまでに定刻に来た事など、片手で足りるほどである。周りの人々はそれに慣れ過ぎて、事前に遅れる連絡でも来ようものなら「偉いね! えり子!」とうっかり賞賛してしまったりする。もちろんすぐその破綻に気づいて「いやいや偉くは無いぞ!」と笑うのだけれど。

それにしても「肉まん」って。食うか? 普通。呑みに行く前に。そう思ったが、えり子ならきっと大丈夫と思い直した。彼女は食べることにかけては定評と才能がある。「あんまりお腹空いてない」と言いながら、普通に食べられるのがえり子だ。「お腹いっぱい。だけど目の前にあると食べちゃう」というセリフを何度も聞いたことがある。

あまりの寒さに、近くのスーパーに避難した。駅と直結したスーパーの店内の空調は外気より少しマシだった。うろうろと店内を見て回る。値引きシールを貼られた惣菜を買い求めるサラリーマンが甘辛唐揚げと、少し迷ってカット野菜をカゴに入れていた。単身赴任だろうか。金麦の6缶ケースもカゴの中に鎮座している。あぁ、喉が乾いたな。

えり子に「レガネットに避難したよ」とLINEを送る。画面をしばらく眺めたが既読にはならない。画面を閉じ、生鮮食料品売り場に移動してみた。絶対買わないくせに、ゆで蛸のパックを手に取って見たりする。「モロッコ産か」心の中でそう独りごとを言って、「だからなんやねん!」と突っこんでみた。モロッコ産だろうがモーリタニア産だろうが、今日の私には関係ない。私は時間を潰す方法を、根本的に間違っている。それもこれも、えり子のせいだ。

45分になった。LINEの画面を開く。まだ既読にはなってないが「改札前にいるね」と送信して、移動しようとした途端に返信が来た。「ごめんなさい、32分に乗り損ねたので、50分に乗ります!」続けてぺこりと頭を下げるペンギンのスタンプが飛んで来た。

おい。

えり子。

この時点で決めた。今日は説教だ。えり子が来たら説教だ。今回は、たかが呑みにいく待ち合わせだからまだいいが、あいつこの調子だとそのうち周りから信頼してもらえなくなる。「またかよ、えり子」と笑っている場合じゃない。大人になってからは叱られる事が極端に少なくなる。許せるからといって許していては、あいつはそれに甘えてしまう。もともと甘えてるから約束事が守れないのだし。

「了解」と短く返信した。すぐ既読になったがそれ以上の返信はなかった。私はえり子を待つ間、このあとの説教のために理論武装をすることにした。説教というのは難しい。感情的になった途端、説得力が下がってしまう。かといって適度に怒気を孕んでいないと、インパクトが薄い。これは説教をする側ではなく、される側として学んで来た事だ。

考えてみたら、私は人に説教をした事などほとんど無かった。説教初心者だ。当然だ。社会人歴は長いが、私の下に人が付いた事などほとんどない、下っ端人生を歩んで来たのだ。説教初心者の私は頭の中を整理してみた。えり子に「遅刻した事」を注意しなければならない理由は? えり子にもうちょっとちゃんとして欲しいから。それは何のために? 遅刻や忘れ物、納期の遅れで私が困らされるのが嫌だし、えり子が周りを困らせるのも嫌だから。よし、動議づけはこんなものだろう。寒い中、ひもじい思いで待たされた事も、感情的にではなく「事実」として述べればきっと響く。この時には責めるような口調を使わない方がきっと効果的だ。今度こそきっとうまくいく。

……今度こそ?

そういえば、以前にも一度えり子を叱ろうとして失敗した事がある。何だっけ。叱る必要のあった場面がいくつも思い出されるが、どれも「もぉおおお! えり子ぉ!」で何とか収まることばかりだ。ギリギリだけど。パン売り場でしばらく記憶を辿って、あわしま堂の「やぶれ饅頭」が目に入った時「あ……」と思い出した。

それは数年前。私が主宰する芝居のユニットの公演の時だった。えり子は舞台装置兼、舞台監督を勤めていた。その公演の演目の一つに「おまんじゅう」の消え物が大量にあった。ご存じの方も多いかと思うが、消え物というのは「演技中に食べて無くなるもの」という意味だ。別にえり子がその饅頭を食べてしまった、というわけじゃない。それなら本当に「もぉおおお!」で済んだ。しかしこの時はもっと切実な事だった。

その日、朝から会場に集合し、舞台装置のための資材をえり子の車から下ろした。運び込まれた「材」を見て、私は疑問に思った。それらは組み立てるだけの状態まで作って持ち込まれるはずだった。しかし、色もほとんど塗られていない、切ってもない、本当にただの「材」だったのだ。なぜか現地で図面を広げ、切り取りの印をつけている。全く作業が間に合っていなかった。

「すいません、雨で塗料が乾かなかったから、裁断まで間に合わなくて」

えり子はそう言った。それは本当だろう。でも、塗ってあるものの方が少ないじゃないか。どう考えても、やらなきゃいけないことを先送りにして間に合わなくなってしまったのだ。まずここで私は、えり子を叱り損ねた。事態を察して総員一丸で作業を始めてしまっていたので、ここで叱責しても空気が悪くなるだけだ。「全然出来てないじゃん」とは言ったものの、ちゃんと話をせず、なし崩し的にそれぞれの作業を続けた。

その日、夕刻までに装置を組み上げ、場当たりという音響と照明のチェックをして、夜の時間帯にゲネプロと言われる本番とまったく同じリハーサルをする。そういう予定だったが、当然ながら予定の時間になっても舞台はちっとも出来上がらない。スタッフキャスト総出で外の通路に這いつくばって、出来ていない装置をひたすら作っている。本来、キャストさんにそこまでさせないのだが仕方ない。このままだと舞台上で稽古してもらう事もままならない。それどころか、明日の本番までにゲネプロが出来るのか。なんなら本番の幕は開くのか。日も傾きかけた頃、イライラがマックスになった私は、えり子に努めて冷静に尋ねた。

「ねぇ、えり子、今日ゲネできるの?」

もちろん、今日はもう無理だと踏んでの言い方だった。しかし、えり子はこう言い放った。

「出来ます!」

……言ったな!? このやろう! どこをどうすれば今日中にそこまで出来るってんだ! 「間に合わないっす」という返事を想定していた私は、頭に来たのとビックリしたのとでうまく言葉が出ず、「そう」とだけ言ってその場を離れた。どう考えたって無理なのに「出来ます」という返事はもう「嘘つき」の領域だ。あいつ! 仕事遅れてる上に、嘘までつきやがった! 完全に頭にきた。しかし頭にきたからと言って、キレて人に何か言った経験がないため、どうしたらいいか判らなくなってしまった。そばにいた受付スタッフの女の子に「どうしよう、オレすっごく怒ってる」と言うと、女の子もどう返事をしたらいいか判らない様子だった。

この時、またえり子を叱り損ねた。えり子も私も全ての関係者も一生懸命作業をしたが、その日、舞台が組み上がることはなかった。

無情にも退館時間になり、集合して翌日のスケジュール変更を伝えた。朝イチで来れる人で装置作業の続き、今日やるはずだった場当たりとゲネプロをお客さんが入る14:30までに完了させる事。キャストさんたちは誰も文句を言わなかった。大人な対応だったが、私はちょっとだけ「誰か、えり子に文句を言えばいいのに」と思った。でもそれは主催者の私の仕事だと思い直してえり子に言った。

「今日は、皆さんご協力本当にありがとうございました。えり子、みんなに言う事があるよね」

そう言うと、えり子は外のコンクリートの地面に正座して、そして土下座しながら言った。

「すいませんでした!!」

待て待て。違うぞ。謝るべきだとは思うが、今の流れだと私が土下座させたみたいじゃないか。しかしその座組はの皆さんは心が広かった。土下座するえり子を見て「わははは! 土下座したー!」と笑ってくれたのだ。それに、想定外の作業でクタクタだったはずなのに、皆揃って口数が多く、大げさに話し笑い声も大きかった。「気にしてないよ」と言う言葉の代わりに、場を明るくしてくれたのだ。確かに、責めても仕方がない。それより「頑張れ」と声をかける方が生産的だ。

でもね。

私はそうはいかないのだ。いい人ぶって、同じようにする事は出来るけれど、私は叱る立場なのだ。みんなが責めてもいけない。でも、誰も叱らないわけにはいかないのだ。だけど、もう、この時にはすっかりえり子を叱る空気ではなかった。都合3回、私はえり子を叱り損ねた事になる。

この公演はなんとか幕を開け、そしてその後は大きなトラブルもなく終演した。消え物の饅頭は皆で仲良く分け、打ち上げ会場では楽しく呑んだ。宴席の途中、「えり子をちゃんと叱ろうかな」とも思ったが、私ももう疲弊していてそれどころではなかった。皆が楽しく呑んで食べてくれたらもういいや、と思った。それに、えり子に進捗を確認しなかったのも、彼女の処理能力を超える仕事を振ったのも私だ、仕方がない。そう考えた。

宴会がお開きになり、呑み続ける気力がある数人を置いて、私は帰ろうとしていた。そこでえり子の方から話しかけてきた。

「あの! あの! すいませんでした!」

なんだよ今日はもういいよぉ、と思いながら、私も酒が入っていたので聞きたかった事がつるっと口から出た。

「なぁ、えり子、なんで嘘ついたん。絶対間に合わないのにゲネ出来ますとか言ったよね。なんでなん?」
「だって……だって……」
「なんだよ」
「……あぁ、石村さん怒ってる! って思ってつい言っちゃったんです!」
「アホか!!」
「でもでも! えり子はまた石村さんの舞台に関わりたいっす! また呼んでもらえますかっ?」

あぁもうダメだ。えり子が自分の事を名前で呼ぶときは酔っている。このやろ、酔わないと謝れなかったのかよ。ここまでくると頭にきたことも忘れて笑いがこみ上げてきたが、ここは笑ってはいけない。笑ったら負けだ。反省させないといけないのだ。迷惑をかけたのは私だけではないのだから。だから去り際に一言だけ言って店を出た。

「さぁ。どうかな」

後ろで、他のキャストが「やだもぉ、ツンデレ」「よかったね、あれもう怒って無いよ」とか言うのが聞こえた。いや、怒ってるし。

あれからも、えり子には舞台監督をしてもらっている。遅刻したり書類が遅かったりする事はあるが、この時ほどひどくやらかした事はない。ただ、これ以降、舞台装置は別の方に頼むようになった。もうあんな思いはこりごりだ。

えり子は、失敗が減ったこともさることながら、経験値を上げてそれなりに舞台監督をこなすようになってきた。仕事がすごく出来るのかといえば、そうでも無いのかもしれないが、ただ呼ばれる現場がとても増えた。つまりは人気者なのだ。常識で考えると「きちんと仕事をこなす」人が求められるはずなのに、はっきり言ってえり子はこの条件をかなり外している。なのに、えり子は可愛がられるのだ。おかしい。理屈が合わない。人に手間や迷惑をかけることも度々なのに、愛されるなんて。

寒風吹きすさぶ薬院駅前で、私はまだ考えていた。

なぜ、ダメ人間と言ってもいいえり子は人気者なのか。しくじっても愛されるのか。この後、当人に説教しないといけないのに、考えがまとまらない。LINEの着信音が鳴った。

「もうすぐ薬院駅です!」

そうか、もう着くな。小1時間も待たせやがって。でも、お母さんの肉まん食べてたら、この時間になってしまうわな、ってどんな言い訳じゃ! 今日こそ、本当に今日こそ説教してやる! きっちきちに詰めてやる!

……あれ?

あれ? もしかして。

ここで、一つの仮説を思いついた。
「えり子はしくじるから愛されるのでは?」
えり子の遅刻が確定してこの1時間ほど、私はずっとえり子のことばかり考えていた。頭にくるような事も思い出したが、えり子に会いたく無いなんて言う思考にはならなかった。

えり子が「しくじる」たびに、周りの人間はえり子のことで頭がいっぱいになる。サブリミナル的にというか、ザイオンス効果的にと言うか、人は何度もあう相手に好意を抱くように出来ている。えり子の場合は、やつがやらかすたびに、相手が頭の中で何度も「会って」くれるのだ。だから、自然に相手はえり子の事を好意の対象にするのではないか。

だとするなら、これはもう才能である。二度と顔を見たく無い! とは思わせない程度に迷惑をかけ、そして泣きながら謝り、それによって相手に自分の身内のような錯覚を与える。そして愛されると言う、計算せずとも成立しているそのさじ加減。

なにそれ、羨ましい……。

すっかり気持ちが萎えた。なぜって、本能のままに生きて、それで愛される人に、愛される才能がない人が説教をしても、何の説得力もないじゃないか。たとえ私の方が正しかったとしても。

陸橋の向こうに、ニットキャップを被ったずんぐりした人影が見える。えり子だ。もういいや、今日は説教はやめにしよう。そして楽しく飲もう。えり子は時々迷惑だけど、楽しい友人だ。私に寛容さも身につけさせてくれる。

「あ! さーせん!!」

えり子も私に気づいて手を振りながら走ってきた。うわ、全然遅い。走らなくてもいいのに。

私はえり子のように愛される才能がある人を羨ましいとは思う。でも、私にはどうやらその方法論は真似できない。だから、別の方法で、しかも才能がないなら「努力」で何とかするしかない。つくづく羨ましい。

でも、実はみんなからえり子が愛されているのが、私も嬉しかったりする。そう、私もまんまとえり子の術中にはまっている訳だ。

でも。……悔しいから絶対に本人には言わないけどね!

***

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