メディアグランプリ

父と娘の交換日記


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記事:かおり(ライティング・ゼミ)

小中学生の頃、仲の良い友達と交換日記をしていたことがある。
その日あった出来事を書いたり、イラストを書いたり、相手へのメッセージを書いたり。
今思えば、とてもくだらない内容だったような気もするが、一冊のノートを通して時間と自分たちだけの秘密を共有していた。

私がまだ小学生だった頃、我が家には「本はいくらでも買ってもらえる」という不思議なルールがあった。このルールを定めたのは父で、読みたい本がある場合、父に言えば買ってもらえるという何のひねりもないルールだった。
ただ、残念なことに漫画はここには含まれなかった。そう書くと漫画を読むのを禁じられた厳格な家庭のように思われそうだが、そんなことはなく自分でお小遣いをためて買って読む分には何も言われなかったし、時には私が買った漫画を両親が読んでいることさえあった。そんなルールもあって、私は小さい頃、父に何冊も本を買ってもらった。

父は良く本を読む人だった。予定のない休日の昼間、ソファーやベッドの上でずっと本を読んでいたし、父の部屋にはたくさんの本があった。父の部屋の本棚は物色、貸出自由であったが、小学生の私には難しすぎる歴史小説がたくさん並んでいた。

そんな父の本棚のラインナップが大きく変化したのは、私が中学生の頃だったと思う。
父の勤めている会社内で読書会なるものが立ち上がったのである。その読書会はメンバーの一人が指定した本を読み、皆で感想を言い合うもので、父の本棚に今まで見たこともないような本が並び始めた。
太宰治や遠藤周作などの文豪の作品から、今まで父の部屋で一度だって見たことのない海外作家の本、ミステリーや警察小説。一気にラインナップが豊富になった。ちょうどそのころ、私の通っていた中学校では朝の10分間読書が導入された。毎朝10分間、好きな本を読むというものだ。私はよく父の本棚から借りた本を読んでいた。その時に読んだ太宰治の『人間失格』、遠藤周作の『海と毒薬』、司馬遼太郎の『燃えよ剣』などはその後の私の人生を大きく変えた。私はすっかり読書好きとなり、大学では日本文学を学んだ。
今も毎日の通勤には本が欠かせず、行きの電車で本を読み切ってしまった時にはなんだか不安になるほどである。

そんな私の本棚にはたくさんの本が並んでいる。
文学作品、歴史小説、ミステリー、警察小説。恋愛小説がほとんどないのが悲しいが。
私は、実家を出て一人暮らしをしているが、私の本棚には父の本が何冊も入っている。
逆に実家の父の本棚には私の本が何冊か入っているはずである。

「これ、読んだか? おもしろかったから持って帰りな」
「これ面白かったからお父さんに貸してあげる」
実家に帰る時にはいつも、最近読んだ本の中で父の好きそうな本を何冊か持って帰る。
同じように父も自分が読んだ本の中で、私が好きそうなものをピックアップしている。時たま同じ本を渡そうとすることもある。それだけ趣味嗜好が似ているのかもしれない。

ただ、そんなに父と仲が良いわけではない。
反抗期もあったし、意味もなく口をききたくない時期もあった。
それでも不思議なことに、そんな時期も私は父の本棚を嬉々として物色していたし、私の本を父に貸すこともあった。
どうしたらよいのかわからない距離を本で縮めようとしていたのかもしれない。

今も私は父と本でつながっている。
特に感想を言い合ったりはしないので、同じ本を読んでお互いにどう感じているのかは知らない。ただ、同じ本を読んでいるというだけでなんだか秘密を共有しているような気になる。それに父の好きそうな本はわかるし、父も私の好きそうな本はわかるらしい。

私と父の間を行き来する本は、まるで交換日記のようだ。
私と父は一冊の本を通して時間と秘密を共有しているのだから。

***

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2017-02-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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