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その日双眼鏡を覗いて見たものは


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:Meg(ライティング・ゼミ)

あの日の心のフワフワを、今でも覚えている。

中学から地下鉄で通学をしていた私は、その日、たまたま一人で帰途についた。当時よく一緒に下校していた、数駅先に住む同じクラブの友人はいなかった。数日後に中間試験が迫っていたので、おそらくクラブ活動の休止期間中だったのだろう。

教科書の詰まった鞄を抱え、運良く空いた目の前の席に腰を下ろした私は、頭の片隅に引っかかる苦手な数学の試験への不安を振り払うように一つ息を吐き出すと、ふと顔を上げた。

私の通っていた中学校は、有名なお寺の隣にあった。当然、最寄駅には年配の参拝客がたくさんいる。その瞬間私の視界に入ったのも、参拝の帰りであろう年配の女性だった。少し腰をかがめ、足があまりよくないことは明らかだった。参道のパン屋さんだろうか、白いビニール袋を提げていた。

「どうぞ」

言うべき言葉は分かっていた。分かっていたけれど、言えなかった。

おばあさんが少し遠くに立っていたからとか、他にも席を譲りそうな人がいたから、とかそんな理由ではない。

なんか、かっこ悪い。恥ずかしい。

「電車では席を譲りましょう」
先生や優等生の生徒会長が言いそうなことだ。教科書に書いてあるようなことを率先してやってるなんて、友達にバレたら馬鹿にされそう。いい子ぶってるなんて言われて、いじめられでもしたら大変だ。ほら、今もみんな見て見ないフリして誰も席を譲ろうとしてないし。そう言えば、電車で席を譲ろうとした人に「そんなに年寄じゃない」って怒った人がいたってニュースを見た気がする。そんなこと言われでもしたら、恥ずかし過ぎる。

でもさ、足悪そうだよ、あのおばあさん。鞄は重いけど、私の方が若いよね。今日はクラブもなかったからそんなに疲れてないし。

心の中でそんなやり取りを繰り返し、ようやく声を絞り出した時には、次の駅までもう半分ほどのところまで来ていたかもしれない。

「座りますか?」

腰を上げた私に丁寧なお礼の言葉をくれて、そのおばあさんは私が立った後の1人分の隙間に収まった。

席を譲った後どうしたらいいか、なんて教科書には書いてない。その場を離れたらいいのか、前に立ったままの方がいいのか。その場を離れたら、なんか怒ってるみたいじゃないか。だからって、前に立ったままだと威圧的かな。そんなことを考えてると、ドアの方に移動するタイミングを失ってしまって、結局私はそのおばあさんの前に立ったまま、ぎこちなさを隠すように数学の教科書を広げた。公式は、何も頭に入ってこなかった。

乗換駅で降りようとする私に、おばあさんは座ったまま何度も頭を下げ、お礼を言ってくれた。もうちょっと座って行くんだな、あのおばあさん。やっぱり席を譲ってよかったな。そう心の中で呟きながら、曖昧に会釈だけして電車を降りた。電車は、夕方のラッシュアワーに向かって混み始めていた。

これまで“かっこ悪いから”という理由で避けてきたことに挑戦した時、初めて見える世界がある。おばあさんからのお礼の言葉が嬉しくて、何だか楽しい気分になること。ダサい と思っていたことが実はただの食わず嫌いで、やってみたら案外それを気に入っている自分がいて、それを認めることが少し気恥ずかしいような腹立たしいような複雑な気持ちになること。「自分、ちょっと成長したな」「またやってもいいかな」なんて得意げな気持ちになったりもすること。

駅の階段を昇る私の足取りは、心と同じくフワフワと軽かった。

そんな20年以上も昔の出来事をふと思い出したのは、友人に誘われて参加した野鳥観察イベントの帰り道のことだ。

数日前に比べると降り注ぐ日差しには少し暖かさも感じられるものの、漂う空気はまだひんやりと冷たい1月のある晴れた日曜日。私は仲のいい友人たちに誘われて、 井の頭公園にいた。

野鳥観察イベントに参加するために、のこのこと早朝から電車を乗り継いでやってきたのは、決して野鳥に興味があるからでも、ましてや自然に造詣が深いからでもない。

野鳥観察なんて、よっぽど仲のいい友人に誘われでもしなかったら絶対に参加していない。電車で席を譲れなかった頃の私なら、たとえ親友に誘われていても出向かなかったかもしれない。

だって。

野鳥観察って、はっきり言って、かっこよくない。

夏休みの自由研究課題に、と言って学校の先生が勧めるPTA主催のイベントみたいだ。休日に早起きして公園で野鳥観察、なんて、超絶かっこ悪い。ショッピングや映画なら、彼氏と行ったってみんなに自慢できるけど、野鳥観察なんてリタイアしたおじさんの趣味みたいだ……。

ダサい。誘ってくれた友人には申し訳ないけどそれが野鳥観察に対する私のイメージだった。

参加するまでは……。

「それでは行きましょう」

インストラクターの声に導かれ、林の中を進んで行く。カサカサと落ち葉を踏む音が耳に心地いい。スワンボートが浮かぶ池も見えている。冬の早朝散歩って悪くないなぁ。早くもちょっとワクワクし始めている自分がいることに気づく。

「あ、鳴いてますね」

そう言って、インストラクターが立ち止まる。言われて耳を澄ますとたしかにチュルチルリと、ひと際ハッキリした鳴き声だ。しかし、その時耳に入ってきたのは、それだけではなかった。

突然聞こえてきたのは、私たちを取り囲むもっとたくさんのさえずりだ。たしかにインストラクターが示したそれは際立っていたけれど、私たちが林に足を踏み入れた瞬間から、心地よいBGMのように、鳥たちのさえずりは私たちの周りに溢れていたのだ。ただ、私のアンテナがそれらを拾っていなかった。こんなに身近に、今まで気にも留めていなかった世界がある。そのことが私を軽く興奮させた。

「覗いてみてください」

当然、何の装備も持っていない私にインストラクターは、普段は自分で使っているというプロ仕様の双眼鏡を貸してくださった。促されるままに双眼鏡を構える。

二つのレンズを覗いた瞬間、私はその先に見える世界に魅了された。十把一からげに“鳥”としか認識していなかったその小さな生物は、私のイメージの中の鳥よりも少しだけ長めの尾を震わせて、一生懸命に鳴いていた。

「あっちにもいますね」

指された方向に身体を向ける。同じ鳥かと思って双眼鏡を覗くと、今度はずんぐりとした鳥が一心不乱に木の皮をついばんでいた。その必死な様子と丸っこい姿に食いしん坊の友人を思い出して、思わず笑みがこぼれた。

「池の方に移動しましょう」

目の前で器用に水中ダイブを繰り返しては朝食を楽しんでいるらしい水鳥たちや、一足先に朝食を済ませ、その濡れた羽根を広げて乾かす大きな水鳥たちがいた。ひなたぼっこをしながら時折けだるそうに翼の角度を変える姿は、まるでソファの上で寝返りをうつ怠惰な休日の私にそっくりだ。

それは、今まで目にも耳にも入ってくることのなかった世界だった。
かっこ悪そう、というだけで足を踏み入れようともしなかった世界だった。

いざ足を踏み入れてみると、そこには初めて見る驚きに満ちた世界が広がっていて、私はすっかり楽しくなってしまった。自分の世界がまた少し広がった喜びと、今までかっこ悪いと思っていたことを意外に楽しんでしまっている自分自身に対する、気恥ずかしさと気まずさの入り混じったような、こそばゆい気持ち。ついさっきまでダサいなどと考えていた自分を棚に上げ、「こんなに楽しいこと、みんなもやってみたらいいのに」なんて、一回り広がった自分の周りの世界を自慢したいような、そんな気持ち。

初めての野鳥観察で見つけたのは、個性豊かに都会で生きる野鳥たちだけではなく、食わず嫌いに挑戦したことで見えた新しい世界に、心がちょっとだけ浮き立つような瞬間だった。

日も暮れた帰り道。
街灯の上で身を寄せ合う二羽の鳩がいじらしくて、にんまりしながら家路に向かう私の足取りは、20年前のあの日のように軽かった。

次は、一種類でも鳥の名前を覚えてみよう。
家に帰ったら、ネットショッピングで双眼鏡でも探してみようかな……。
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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2017-02-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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