メディアグランプリ

田舎育ちの私が、恥も外聞も無く医者と戦って得た教訓のこと


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記事:オールイン関谷(ライティング・ゼミ)

痺れた。左半身が。全部。

久しぶりに訪れた実家でゆっくりと浸かっていた風呂。湯船から上がった直後、脱衣場上の隣に置いてある冷えたビールに手を伸ばそうとした瞬間だった。

左手の先から肘、肩を突き抜けて、左腰から左のふくらはぎの側面。そして足先に至るまで、まるで微弱電流が走るかのように痺れたのである。

「これはまずいな。脳梗塞だ」と直感した。

父親は熱い風呂が好きで、湯温はいつも43度に設定している。
その日父親の後に湯船に浸かった私は「また親父こんな熱い風呂に入ってんのか」と心の中でうそぶきつつも、水で埋める手間すら面倒臭がって、その湯に気合いで入り続けた。
で、脱衣場に出た瞬間、外気の寒さにさらされて、そのせいで、脳みその血管のどこかに異常を来したに違いない。
左手の薬指と小指は、なにか膨らんでしまったような感じだが、右手で触っても感触がない。
「やっっちまったなぁ~~」という、頭にはちまきをしたお笑い芸人の姿と台詞が頭の中を駆け巡る。

全裸のまま、どうすればいいのかを考えること0.5秒。
私の出した結論は「この事実を絶対に親から隠蔽しなくては」というなんとも素っ頓狂な考えだった。

両親は父母ともに70代後半。父親は耳が遠くなって私の言葉を聞き直すことが多くなり、母親は会うたびに「一人暮らしは大変だろうが。早く嫁でももらわんと」と私がまだ20代の若者であるかのように繰り返して鬱陶しい。
話をすれば「隣の和ちゃんはいい大学を出て、銀行入っていい嫁さんもらって……。それにしてもお前は……」というお小言か、近所の人の噂話ばかり。
まあ、典型的など田舎の人間である。

とはいえ、基本的に私は両親が大好きだ。
埼玉県の奥の方の町で、小さな食料品店を営みながら、50年を超えて実直に暮らして来た両親。近くにイオンができ、一気に客が減り、売り上げも激減したが店をたたむことなく、地域の人たちに商品を届けようという姿。
女子マラソンが大好きで、店の奥にあるテレビでそれを見ている最中は客が来てもなかなかレジに出ようとしないので、蹴っ飛ばして「応対せいっ」と言いたくなるときもあるが、
まあ基本的には客と話すのが大好きな善人である。

その両親の目の前で、独身42歳、彼女なし、チビ・デブ・金なし・コネなしの将来性に非常に疑問符がつくおっさんが救急車で運ばれたらどうなるか。

両親ともに人生を悲観し、ボケが突然進み、近所を徘徊するようになって「あら○○屋のご主人、今日もウチの前で捕まえましたよ」なんて、毎日手を引かれて帰ってくるようになってしまうかもしれない。
そんな事態を私は素っ裸のまま恐れたのである。

そもそも、救急車の音が遠くから聞こえてくると、通り沿いに音の聞こえる方から1件ずつ誰かが出てきて見に来るような地域である。
店の前で私が運ばれようものなら私は近所中の注目を集める大イベントの主人公となったあげく、その後「あら○○屋のあの何やってるんだか分からない息子さん、脳梗塞で倒れたんですって」「それは○○屋さんも大変ねぇ」なんて噂話が飛び交い、それはそれで両親が心労で倒れる羽目になるに違いない。

それだけは避けたい。

ということで、私は一晩だけ「これは脳梗塞ではない。ただ痺れただけだ」という結論ににし「寝れば直る」と思い込んでふて寝。翌朝一番に病院へと行くことにした。

幸いにして、私は自覚症状として軽傷だった。足はもつれないし、ろれつが回らなくなることもなかった。
昔、俳優を目指していたときに何度も練習した「瓜売りの向上」がこんなことで役立つとは思わなかった。よどみなく言えたのである。

なので、朝イチで病院に行った私だが外見からはデブだが健康体そのもの。
「脳梗塞の自覚症状があるんですけれど、なるはやで診ていただきたい」という私に受付のかわいらしい女の子は「では待合のほうでお待ちください」と事務的に言う。
脳神経外科ではなくて、糖尿病科に行った方が良いのではないかと彼女や看護師たちは内心思っているんじゃないか、という余計な妄想が頭のなかでぐるぐる回る。

普通に受診したので、順番待ちでずいぶん待たされ、ようやく診察室へ。
そこで出てきた古くさい黒縁めがねをかけた60台後半とおぼしき医者はこれまたのんびりとしていて「ああ、そうですか。まあちょっと血圧計ってみましょうね」という感じで、私の「脳梗塞である」という訴えはなかなか採用されるに至らず。

そこでついに、私もわがままを言うことにした。
「あのー、脳梗塞だと思うんで、一応CT取っていただいて、そうでないことが分かれば安心しますんでー」というと、医者は両指の人差し指をピンと伸ばした“一本指打法”でパソコンのキーをたたくと、一言。
「ああ、MRIの予約は来月まで埋まってますね。獲れて2週間後の金曜でいかがですか」

さすがにキレた。
「そんな2週間さきじゃぁ困りますぅ。もし脳梗塞だったら先生そのときなんとかしてくれるんですかぁ」と抵抗する。その気迫に押されたのか医者は「では、1時間ほど待っていただいて、MRIを撮りましょう」と看護師が指示した。

さて、2時間後、廊下で待っていた私を看護師が呼びに来た。その顔はまるで無表情だった。
先ほどの医者の目の前に座ると、さっきまでののんびりした雰囲気は消えていた。
口調も変わり、MRIの画像に見える1ミリほどの白い点を鉛筆の先で示しながら、淡々と私の脳に昨晩起きた症状を説明していく。
これはプロだ、と思えるほどの的確で有無を言わさない説明だった。
「脳梗塞になる要因としては高血圧が考えられる。とはいえ、今の状態で血圧を下げると逆に危ない。まずは血液をさらさらにする薬だけ処方します。1ヶ月後に様子を見ますのでかならず来てください」
その日の診療は終了した。

私は薬局に寄って薬をもらってから、実家に戻る。そしてベッドに寝転び、天井を診ながら考えた。
「脳梗塞はどんな軽い症状でも、救急車で運ばれないと診てもらえないんじゃないのか」

両親への想いから私は救急車を呼ばない選択をした。近所の人に脳梗塞がばれるのも恐れた。しかし、もし軽傷でなかったら……。私は自分の身体をコントロールすることができず、もっと両親を苦しめていたんじゃないのか。
一晩寝ている間に症状が悪化していたら……。

もしそうなったときはどうなるんだ。
自分で動くこともままならぬ、おじさんが家に引きこもって。
それでも父と母は「まあ、コタツんとこでも来て、マラソンでも一緒に見ようや。相変わらず増田明美さんの解説は面白いねぇ」なんて言いながら暖かく見守ってくれる、父と母の様子が目に浮かぶ。
私は運が良かっただけなんだと実感し、両親の顔が自然に思い浮かんでいい年のおっさんが身もだえしていた。

公共広告機構のCMで「脳梗塞とかけて、3つのヘンと解きます。口ヘン、手ヘン、言ベンとなったら救急車だ」なんて、落語家のアニメが言っているけどその通りだ。

脳梗塞だと思ったら、真っ先に救急車を呼ぶべき。それが、自分も、大好きな人も助けることになる。
私自身が身をもって証明した教訓といえばそうなのだろう。

愛する人を守るには見栄も恥も捨てて良い。そう思えるようになったのは、今回病気になってこそ、得ることができた新しい人生観。
「病気をすると、得ることもあるんだよ」と両親が言っていた、その意味を40歳を超えてやっと、分かるようになった気がする。
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2017-02-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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