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「もう」なのか「まだ」なのか。会社を3カ月で辞めた私がコップを満たすまで


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ノリ(ライティング・ゼミ)

「もういい! 辞めてやる!」
「わかったよ! 俺一人でやるから兄ちゃん出てけよ!」
「なんだと!!」
今日も小さなデザイン会社では、兄弟げんかが起きていた。
気のいい経営者の兄と、勝ち気なアートディレクターの弟。
マンションの一室にある会社で、兄弟の口げんかをいつも背中で聞いていた私だが、今日は無傷ではいられなかった。
「お前も辞めていいよ。お前の代わりはいくらでもいるから」
私をアシスタントとして使っている弟は言った。
思わぬとばっちり。
しかし、壊れかけている私のブレーカーを落とすには十分な言葉だった。
ほぼ毎日終電。プレゼン前は連日徹夜。週に何度か会社に泊まり。急な土日出勤命令。朝昼夜すべてのごはんを会社で食べる生活。
「わかりました、では辞めます」
アシスタントとはいえ、ここまでなんとか頑張ってきた自負を握りつぶされた私の決意は固かった。
「ちょっと待ちなよ!」
兄である社長は止めようとするが、私は席を立ち、荷物をまとめる。といっても、カバンひとつしか私物はない。
「お世話になりました」
私は明日も出勤するかのように淡々と八丁堀のマンションを出た。
久しぶりに出た真っ昼間の外はやけにまぶしかった。
会社を出てすぐの公衆電話で、ゴールデンウイークに帰ったばかりの実家に電話した。
「会社辞めたから!」
そんなことを叫んだように思う。
なんとなく私の足は隅田川に向かっていた。
永代橋のたもとから河原に広がる歩道へ下りると、カバンの中から名刺入れを取り出した。
社長がくれたアルミ製の名刺入れとアートディレクターがデザインしてくれた名刺。
私が働いていた唯一の証。
全部、川に投げ入れると、声を上げて泣いた。
私は会社を辞めた。大学卒業後、3カ月目のことだった。

それから、デザイン会社を志望するものの、就職活動はなかなか思うようにいかない。
経験者募集の求人に応募するための経験を積む場所が見つからない。
それでも家賃を払っていかなければならない。
就職活動をしながら、私はフリーターになった。
美術館の監視員、花屋の店員、飲食店、居酒屋、喫茶店、倉庫の仕事、伝票の整理……。
辞めては次の仕事、また次の仕事と、1年続くことなく仕事を転々としていた。

本当は仕事をするのが怖かったのかもしれない。
フリーターをしながら、フリーターをバカにしていたかもしれない。
なにしろ私は最初の会社選びを失敗してしまった人間だ。
その上「お前の代わりはいくらでもいる」という呪いがかけられている。
目指す仕事に就けない自分は、どんなにアルバイトをしても満たされることはなかった。

しかし、そんな生活も4年が過ぎようとするころ、気持ちが変わる。
デザイナーとしての経験は積めなかったけれど、いろんなアルバイトをしてきた経験を、活かせる仕事があるんじゃないか。
希望の仕事に就けなかったけど、いろんな業界をのぞいてこられた。たくさんの人に出会えたことは、どんな仕事にも活かせる経験になるんじゃないか。

デザイナーになることをあきらめたのが先か、「未経験でも歓迎」の求人を見つけたのが先かは、よく覚えていない。
そこから私はまったく未経験の仕事に就くことになった。

社会人になって、1社目でつまずくのはとても痛い。辛い。苦しい。
そしてつまずいた事実は変わらない。
でも、コップ半分の水を「もう半分」と捉えるか、「まだ半分」と捉えるか、という話のように、事実をどう解釈するかで、状況はいくらでも変わる。
それは単なるネガティブ思考か、ポジティブ思考かの話ではない。
のどが渇いたのなら「あと半分」水を注いでもいいし、
気分じゃないなら「全部捨てて」オレンジジュースを注いでもいい。
コップが気に入らないなら「割っちゃって」別のコップを用意してもいい。

「生活のため」と仕方なく思っていたアルバイトも、「いい経験」と考えれば、いい思い出ばっかりだったことに気づく。
もともと望んでいたコップではなかったけれど、私のコップはたくさんの経験であふれていた。
そしてやわらかく未来を望むことが、過去まで変えてしまうとわかった私は、未経験の仕事に飛び込むことになったのだった。

それから10年以上が過ぎて、私はあの兄弟の会社の存在など、すっかり忘れていた。
しかし、あるお盆、帰省して会った仲のいい友人に打ち明けられた。
「私、調べてさ、あの会社に電話してるんだ」
「はあ!? 電話?」
彼女は、場所を変えて今も存続する弟の会社を調べて電話をかけ、
電話に出るアシスタントの女の子にこんな言葉をかけていた。
「あなた、その会社で本当にいいの?」
最初は相手にされなかったらしい。当たり前だ。お前誰だよ。怖いよ。
それでも何度もかけて説得していたようだ。
「その会社は辞めた方がいい、あなたの将来のためにならない」
「はあ……」
と、答えたというアシスタントには申し訳ないが、笑いが止まらない。
「ちょっと! そういうの大丈夫!? 怖いよ、やめて!!」
一応、注意すると、そのあと彼女は電話を止めてくれたが、この人は私が忘れてしまったあとも、ずっと怒っていてくれたのだ。そして私と同じ立場の子を救おうとまでしていた。
うれしかった。
酒に強いの彼女は、ピッチャーから私のグラスに、ドバッとビールを注いでくる。
私はまた一つ、コップの満たし方を知った。

***

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2017-02-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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