大きな音が出せない演奏者は学ぶ
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記事:can(ライティング・ゼミ)
トントントン!
指揮者が手を下ろし、タクトで台を叩く。
ピタリと全体の演奏が止まる。
「ストップ~! トロンボーン3番、もうちょい音出して~!」
「はっ、はい!」
まただ……。また音量のこと。
あんなに練習したのに、どうしていつもこうなるなんだ……。
社会人1年目の終わり頃、私は地域のアマチュアオーケストラに所属していた。
金色でラッパのついた楽器。長い棒みたいな管を、前後に伸び縮みさせて音を変える。
トロンボーンという楽器を吹いていた。
中学生の時に吹奏楽部に入って、たまたま顧問の先生に割り振られた楽器。最初はクラリネットという別の楽器に憧れていたけれど、人気だったため担当になれる可能性は低く、そこまで執念もなかったので、諦めも早かった。
先生が勧めるなら……まぁ、これでもいいか。割と重くて大きな楽器だし、背の高い私にはちょうどいいのかもしれない。
しかし、まぁ、ゴツくて可愛くない楽器だなぁ。
そんな冴えない印象しか持っていなかった。冴えないのは見た目だけではない。
華々しくメロディーを奏でる楽器の後ろのほうで、ひっそりと伴奏をする。
キラキラと輝くソロパートを吹きこなす花形の隣で、延々とリズムを吹き続ける。
かなり、地味。
トロンボーンという楽器の名誉のために言っておくが、もちろんそれだけではない。
そんな裏方的な演奏が多いのが、印象的だったということだ。
私は案外、その地味な役割が気に入っていた。メロディーラインを奏でるような、いつも注目の的という存在ではない。大体は目立たないんだけど、時々カッコいいことをする存在。そんな渋い名脇役みたいな立ち位置の魅力に、どんどんはまっていった。
気づけばトロンボーンが大好きになっていた。幼稚園の頃に習っていたピアノは、全然好きになれなくて、練習を嫌がって辞めてしまった。それに比べてトロンボーンならどうだ。何時間でも練習できる。それほど楽しかった。
けれど歳をとり、大学生、社会人になるにつれ、心境は少しずつ変化する。
楽しさ一色だったトロンボーンの演奏が、だんだん灰色に塗りつぶされていく。
「合奏が怖い」
一人で練習しているときは、のびのびと吹くことができる。それが、誰かと一緒に演奏するとか、全体の大人数で合わせるとかいう場面になると、妙に緊張してしまう。定期演奏会などの本番ではなく、毎週やっている練習なのに。
周りには自分よりも音楽の知識も経験のある人だらけ。歳上、歳下、同世代、みんな技術的にもすごい人ばかりだ。好きだという気持ちだけでふわふわとやってきた私には、脅威だった。
きっと何か指摘される。
例えはっきり指摘しなくても、わからない、できない、ダメな演奏者だと思われる。
間違えたら、上手く吹けなかったら、迷惑になる。嫌だよ、怖いよ。
誰から言われたわけでもないのに、そんな不安に覆われることが多くなった。
その頃の私は、日常生活の中でも、別の不安を抱えていた。
「話をするのが怖い」
初対面の人だけでなく、職場の人、友達、親戚……家族以外の人に対して、話をするのが怖かった。
人の話を聞いて、うんうんと頷いて少し会話をする。それはできても、自分の考えを話すことがとても苦手だった。思っていることがあっても、言葉にして発することができなかった。
ここではどう返すのが正解なんだろう。
こんなことを言ったら、相手はどう思うんだろう。
誤解されないかな、気分を害さないかな、嫌われないかな。
これもまた、誰から言われたわけでもない。
トロンボーンの演奏と、話をすること。
どちらの不安にも含まれていたのは、自分をよく見せたいという気持ちだ。
周りから、ダメなやつではなく、できる人、いい人だと思われたい。そして、大好きなことをできる場所、誰かがいてくれる場所から、弾き出されることを極度に恐れていた。
何よりも自分のことを守りたくて、大切なものを失いたくなくて。だから妙に縮こまってしまって、小さい音しか出せないし、言いたいことも言えなかった。
アマチュアオーケストラの団員さんから、ある一言をもらったことがある。
彼は別の楽器の担当だった。またもや音量のことで指揮者に注意された私に、言った。
「せっかくいるんだから、思いっきり吹かないと、もったいないよ!!」
それはまるで、ビクビクする私の背中を強めに押してくれるような言葉。
思いっきりやればいい。怖がらなくても大丈夫。あなたがそこにいて、オーケストラの一員として音を奏でる。あなたがそこにいて、自分の思いを言葉にする。存在を意味あるものにできるのは、いつも自分なんだよ。
自分のことを、大切なものを守ろうとしてやっていたことは、結局また不安の源になり、悪循環になっていた。どうせ自分のことばかり考えるなら、内向きにウジウジするだけよりも、外向きに発することが必要だ。
そんなことに、今頃気づいた私だけど。もう縮こまっては、いない。今度は前より、いい音で吹けそうだ。また、トロンボーンを演奏したいと思っている。
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