プロフェッショナル・ゼミ

男が痛みに耐えられないから、女性が出産という大役を担っているのではないのだろうか《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:高橋和之 (プロフェショナル・ゼミ) <<フィクション>>

「診断の結果、僕の体の中には双子がいるそうです」
「双子? 聡が産むの?」
「ある意味そんな感じ」
「どういうこと?」

金曜日の仕事を終えて、会社を出たのが23時。
今週もよく仕事を頑張った。
明日の土曜日は3ヶ月前から付き合い始めた恋人の幸子とデートだ。
吉祥寺のチャイ専門のカフェでのんびりして、井の頭公園を散歩する予定だ。
楽しみすぎて胸が躍る。
思わずスキップしたくなるほどだ、しないけど。

仕事も充実しているが、やはりプライベートでの充実があってこその人生だと思う。

あっという間に自宅に着いてお風呂に入る。
今日は遅くまで仕事をしたし、疲れているから早めに寝よう。
幸子に
「おやすみなさい」
とメールをする。

程なくして、
「今日もお疲れさま、また明日ね(^^)」
という返事が来た。

明日はとても楽しい一日になる、そう思いながら布団に入る。
あっという間に眠りに落ちた。

翌朝8時。
布団から起きようと思ったら、腰に痛みを感じた。
なぜだろうか。
昨日は普通に会社でデスクワークをしていたから、無理に腰を使った記憶はない。
おかしいなと思っていると、痛みはどんどん増してきた。

「えっ、なんだこの痛み。ものすごく痛い!!」
腰に激痛が走る。
過去に一度だけぎっくり腰になったことはあるが、ここまで痛くはない。
それに、体の奥が痛むような感覚だった。

こんな痛みは初めてだった。
「痛い、痛すぎる!」
独り言を我慢する余裕なんかない、ひたすら痛い。
原因が不明すぎるし、これは救急車を呼ぼうか。
いや、タクシーで行こう。
救急車を待っている余裕がない。

でも、どこの病院に行けばいいかも分からない。
それに、体の中で何が起きているかも不明だから、それなりに検査ができる病院がいいだろう。
痛みに耐えつつ、スマホで通いやすい大規模な病院を検索した。
自宅のある西武池袋線の東長崎から2駅の池袋にありそうだということが分かった。

調べている間も痛みは増すばかり。
「痛いっ、大丈夫なのか、この痛み。このまま手術とかじゃないだろうか」
不安が頭をよぎる。
「とにかく、病院に行こう」

痛みに耐えながら着替えをする。
だが、手を伸ばすことも、膝を曲げることも辛い。
痛みのせいで、オシャレに気を使っている余裕はない。
髭をそる余裕も、髪の毛を整える余裕もなかった。

痛みに耐えながら、足を引きずりつつ外に出る。
幸いなことに自宅の前は4車線の大通りだった。
いつも車通りが多く、騒音がうるさいと思っていたが、手早くタクシーを捕まえたい今となってはありがたい。
左手で腰を抑えながら、右手を高く上げてタクシーを呼ぶ。

すぐにタクシーが捕まり、ドアが開いた。
少しかがんでタクシーに乗り込む。
「池袋にある〇〇病院まで急いでください」
「兄ちゃん、顔色がとても悪いけど大丈夫かい? 青白いよ」
「何とか大丈夫なので急いでください」
「あいよ、任せとけ!」

やたらとフランクな運転手だったが、逆に助けられた気もする。
「…………っ」
タクシーの中なので、声には出さないが、痛い。
声に出してしまいたいくらいだ。

タクシーで移動しているうちに、今日の幸子とのデートのことを思い出した。
申し訳ないけど、今日はキャンセルさせてもらおう。
この痛みの原因が分からない以上、デートどころではない。
心から楽しみにしていたのだが、しかたがない。
「はぁ……」
思わずため息が出てしまう。

とりあえず、メールしないと。
「今日のデートだけど、腰に激痛が走って今病院に向かってるところ。原因がよく分からないので、延期させてもらっていいかな? 人生で一番痛い。本当にごめんm(_ _)m」
彼女の前では少し強がりたいところだが、嘘をついてもしょうがない。
本当にごめんね、と思いながら送信ボタンを押した。

タクシーは池袋の街の中に入ったらしい。
西口の丸井が見えてきた。
病院は東口のサンシャイン60の手前にある。
もう少しだ。

いきなりスマホが鳴りはじめた。
画面を見ると、幸子の名前が。
「もしもし」
「ちょっと、大丈夫! びっくりしたんだけど」
「ごめん、あんまり大丈夫じゃない」
「デートはいいから、私も病院に行く。心配! 声に覇気もないし。病院の名前と住所をメールしてくれる? すぐに行くから」
「ありがとう」
「じゃあ、またあとでね」
断ろうとも思ったけど、一人では心細かったのでここは甘えることにした。
メールで病院の名前と住所を送った。
すぐにスマホが震えた。
「辛いだろうけど、頑張って(T_T) 40分かからないと思うから待ってて」
嬉しいメールが届いた。
この辛い状況下では励ましの言葉がとても助かる。

「兄ちゃん、病院着いたよ。やっぱり具合悪そうだな」
「ええ、そうですね」
答えるのもやっとだ。
お会計を済ませて、外へ出ようとすると、
「兄ちゃん、お大事にな」
陽気な運転手が後ろから声をかけてくれた。
頭を軽く下げて、病院へ向かう。

受付に行き、看護師さんの前に立つ。
「こんにちは、どうなさいました?」
「今朝から腰がとても痛いのです」
「分かりました、こちらの問診票に記入をお願いします」
記載どころじゃない、と言いたかったが従うことにした。
院内の堅いソファーに座りながら記載しようとするが、痛みはいまだにひかないので、文字を書くのも一苦労だ。
名前は沢渡聡、と。
自分の名前すらまともに書けないくらい痛い。

「今朝から急に腰に激痛が走るようになった」
と書き、看護師さんへ渡す。
院内には、僕以外の患者らしき人が3人いる。

痛みがひかず、普通に座っているのも辛くなってきたので、ソファーに横になることにした。
その様子を見て、看護師さんが慌てて駆け付けた。
「大丈夫ですか?」
「すみません、痛みに耐えられなくて」
「奥に来てください」
そう言って奥にある診察室へ行くよう促されたが、もはや動く気力が残っていない。
何とか立とうとするが、よろめいてしまった。
看護師さんが慌てて支えてくれた。
「肩を貸しましょうか」
「ありがとうございます」
肩を借りながら、何とか診察室へ行く。
先に来てた3人に心の中でお詫びをした。

中に入ると女の先生が問診票に目を通していた。
「辛そうな表情をしていますが、腰をどうなさいました?」
優しい笑みを浮かべながら、心配そうな顔をしながら質問をしてくる。
「今朝から急に腰に激痛が走りまして、痛みを我慢できないのです」
腰をさすりながら答える。
「何か運動や重いものを運んだりしましたか?」
「いいえ、心当たりはありません」
「頭や胸のあたりは痛くありませんか?」
「いえ、腰のあたりだけです。その代りとても痛いですが」
「分かりました、まずCTを撮りましょうか」
そして、看護師さんにCT室へ連れていくよう指示を出した。

動くのが、辛い。

CT室にある台の上に寝て、撮影が行われた。
「もうこのまま動きたくない」
と、心から思ったが、移動しないと。
看護師さんに連れられて、CT室の横にある処置室という部屋に入った。

部屋の中にあるベッドで横になることができた。
ほんの少しだけ楽になった。
「本当にどうなってるんだ僕の体は」
そう独り言をつぶやいていると、看護師さんの声が聞こえた。

「沢渡さん、お連れの方が見えましたよ」

「聡、大丈夫!?」
室内に大きな声が響き渡った。
幸子がベッドで横になっている僕を見下ろしている。
かなり動揺しているようだった。

「あんまり……、ありがとね」
「顔色がとても悪いよ」
「そうかもね。今日はごめんね」
「気にしないで。それよりもとても辛そう。この痛み、少しでももらえればいいのに」
「気持ちだけで十分だよ、ありがとう」
「これくらいしかできないけど」
そう言って、幸子はベッドの近くにあった椅子に座り、両手で僕の右手を握ってくれた。

幸子の手は僕の手よりも冷たかったのだけど、心が温まるような感じがした。

なんとなく、痛みが少し和らいだような気がした。

そのまま特に言葉を交わさないまま、痛みに耐え続ける時間が続いた。

しばらくして、
「沢渡さん、先生が呼んでますので、診察室へお入りください。お連れの方は待合室でお待ちください」
「はい」
「じゃあ、待合室で待ってるね。大事にならないといいのだけど」
「ありがとう、大丈夫だよきっと」

待合室へ入ると先生が開口一番、
「沢渡さん、痛いのは当たり前です」
と、落ち着いた声で言った。
「なんでですか?」
「痛みの原因は尿路結石です。これは激痛ですよ」
「尿路結石ですか」
「そうです。尿が通る管の中に石が通ると思えばいいです。ただし、管のサイズよりも石のサイズが同じかそれ以上だからそれで激痛が走るのです。ちなみに、石のイメージは先のとがった金平糖だと思ってください」

先生が言ったように、金平糖が自分の尿の管を通るところをイメージした。
それは痛い。
「痛くて当たり前ですね」
「尿路結石のあだ名は、King of Pain(痛みの王様)です。とにかく痛いです、痛みは測定することができないから、医学的根拠に乏しいですが」

これ以上の痛みなんてこの世にあるのだろうか。

「ところで沢渡さん、コーヒーはお好きですか?」
「はい、一日にブラックコーヒーを3杯は飲みます」
「なるほど、運動はしていますか?」
「いいえ、ここしばらくは運動をする暇がなかったです」
「なるほどなるほど。元々の体質もあるのかもしれませんが、結石ができやすい生活習慣だったみたいですね」
「コーヒーはダメなのですか?」
「そうですね、結石を作りやすくなるのでできればカフェラテみたいにミルクを入れて、コーヒーを薄めてください。それと、コーヒーだけでなくビールや清涼飲料水も控えてください」(※1)
「なるほど、分かりました」
腰を抑えながら答える。

「あと、運動不足も天敵です。今後はまめに運動をしてください。尿路結石の細かいメカニズムはまだ未解明な点もありますが、運動はしていた方がなりにくくなります」(※2)
「分かりました。ところで、この痛み何とかなりませんか?」
「痛み止めの薬を出しますね、今飲んでしまってください」
「ありがとうございます」
看護師さんが薬と水を持ってきてくれた。
急いで薬を水で飲みこむ。
これで少しは痛みが軽くなるのだろうか。

「沢渡さん、CTを撮ったらすごいことが分かりました」
「何ですか?」
変な病気でも見つかったのだろうか、さらに緊張をしてしまう。

「双子ですよ、おめでとうございます(笑)」
「先生、どういう意味ですか?」
「結石が二つあるので、この痛みがとれた後にもう一回激痛が来ます」
「勘弁してください」

今、死闘を繰り広げている最中なのに、このあともう一度死闘を繰り広げないといけないなんて。
辛い、辛すぎる。

「結石を排出しやすくする薬も出しておきますね、早く出してしまいましょう。これ以上肥大しないうちに」
「分かりました」
「今の痛みが引くまでは処置室で寝ていてください」
「はい。ところで、肝心なことを聞きたいのですが」
「なんでしょう」
「結石が排出されれば特に問題はないのでしょうか? 命とかには影響はなしですか? 本当に激痛だったので」
「大丈夫ですよ、排出されれば。今回の様子ですと、特に手術までは不要だと思いますし。もう1個がしばらく出てこなかったらまた来てください」
「よかった、ありがとうございます」

少し気持ちが落ち着いた。
幸子も安心させることができそうだ。

さて、処置室へ向かわないと。
まだまだ痛いが何とか一人で移動できそうだ。
薬のせいか、原因が分かって落ち着いたからか、少し痛みが和らいだ気がする。

「沢渡さん」
先生が呼びとめた。
「私は出産も尿路結石も経験しましたが、出産の痛みはこんなものではなかったですよ。痛みは時間の問題だから頑張ってください」
よく見ると、先生の左手の薬指には指輪がしてあった。
ありがとうございます、とお礼を言いながら処置室へ向かう。

処置室のベッドで横になる。

少しすると幸子が入ってきた。
看護師さんが気をきかせてくれたのだろうか。

「大丈夫? 診断結果はどうだったの?」
心配そうに僕を見つめている。
本当に幸子の存在がありがたい。

「診断の結果、僕の体の中には双子がいるそうです」
「双子? 聡が産むの?」
「ある意味そんな感じ」
「どういうこと?」

「病名は尿路結石だって。体の中に結石が二つあるんだって。今、そのうちの一つが尿の通路から排出されようとしていて激痛が走っているんだって」
「産むってそういうことね。聡が妊娠したかと思ったじゃない」
「無理無理、先生が双子って言ってたのが面白くてね」
「面白い先生ね。痛みは大丈夫?」
「落ち着いてきたよ。この結石が排出されれば特に問題はないんだって。命とかに影響はないから大丈夫。問題なのは、この痛みが去った後にもう一度激痛が来ることかな」
「それは辛いけど、命に関わるようなことじゃなくて本当によかった。とても辛そうだったから、手術とか必要なのかなって思っちゃった」
「心配おかけしました、ありがとね。薬も飲んだから、あとは時間の問題」
「しばらくここで横になってる?」
「うん、先生がそうしろって」
「じゃあ、そばにいるね」
そう言って、また僕の右手を握ってくれた。
「ありがとう」
幸子の手はやっぱり冷たかったけど、心は温かくなった。

横になっていて、先ほどの先生の言葉を思い出した。

「出産も尿路結石も経験しましたが、出産の痛みはこんなものではなかったですよ」

先生は激痛のさなかにいる僕を励ますために言ってくれたのだろう。

だが、この激痛を
「こんなもの」
の一言で片づけた。

出産の痛みってどんなに大変なのだろう。
その痛みに耐えたからこそ、先生は尿路結石を「こんなもの」扱いしたのだろう。
男の僕にはその痛みは一生分からない。

今回の激痛よりひどい痛みに、僕は耐えられないと思った。
男の僕には出産の痛みなんてきっと耐えられない。
僕以外の男もそうかもしれない。
そして、この先生だけでなく、そもそも女性が痛みに耐えられる強さを持っているいのではないだろうか。
痛みに耐えられるほど強いから、出産という大役を担っているのではないだろうか。

なんてことを考えていたら、急に眠くなってきた。

「痛いのは嫌だけど、あなたの子供なら、産む時の痛みに耐えられると思うよ」

幸子が何かボソッと喋ったようだが、眠りかけていたから分からなかった。
「ごめん、もう一回言ってくれる? 少し眠りかけてた」
「何でもない、何でもないよ」
そう言ってうつむいた。

「変なの」
笑いながら、僕は再び瞼を閉じた。

少し温かくなった幸子の手の感覚を心地よく思いながら、一つだけ心に決めたことがあった。
もし幸子と縁があって結婚して、そして子供ができたのだとしたら、出産の際には必ず立ち会おう。

そして、もし可能なら手を握っていてあげようと。

きっと、痛みを和らげることができるのではないだろうか。

気が付けば眠りに落ち、目が覚めた時には痛みが消えていた。

その翌日、2個目の結石の排出という死闘が繰り広げられたが、幸子が手を握ってくれたおかげで無事に勝利することができた。

僕は子供を産めないが、二人目を出産する母親の気持ちが分かったような気がした。

※1 実際に筆者が尿路結石になった時に医者から言われた内容です。原因については諸説あります。
※2 こちらも諸説ありますが、運動不足は主な原因の一つのようです。

***

この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
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