「仕方のないことじゃない」と、その猫は静かに言った
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記事:あさいあきこ(ライティング・ゼミ)
上京してきて最初に仲良くなったのは、近所に住みついている猫だった。
その猫は、おそらく母親と思われる親猫と2匹でよく近所の駐車場にいた。親猫は近づくと逃げてしまうのだが、その猫は違った。逃げてしまうどころか、自らこちらへ寄ってくるのだ。甘えたような声を出しながら近寄ってきて、靴の先の匂いをかぎ、足元を1周くるりとまわる。そしてしゃがみこんでじっとしている。とてもかわいらしい。
その猫のすごいところは、人を選ばないところだ。老若男女問わず、猫とじゃれている人を何人も何人も見かけた。深夜に猫を見かけたときは、サラリーマンと一緒にいた。サラリーマンは明らかに仕事に疲れ果てた様子だったが、猫を見つめる表情はとても幸せそうだった。なんとも人懐っこい猫だなと感心する。私もあれくらい人懐っこく生きてみたいものだ。
仕事で悔しいことがあった日の帰り、デートのために緊張しながら駅まで向かう途中、少しだけゆううつな毎週月曜日の朝、猫を見かけると心が温かくなった。
初めて猫を見かけてから数年が経った。
気が付くと、親猫らしき猫の姿を見かけなくなっていた。時間は流れている。親猫はもう、生きていないのかもしれない。
その頃、私は友人の恋人Aに思いを寄せていた。
複数人で何度も遊びに行き、皆で仲良くなったころに、友人からAと交際することになったと告げられた。素直に嬉しかった。当時はAに対して恋愛感情を持っておらず、単純に楽しいから遊びにいく予定を企画していたのだ。自分が計画した企画でカップルが誕生するなんて嬉しい以外の何物でもない。「結婚式でスピーチするから、結婚するときは報告してね」と言った言葉は、決して嘘ではなかった。
友人からAの話を聞くたびに、なんだか黒い感情が心の中に渦巻くようになったのはしばらくしてからだ。最初は理由がまったく分からなかった。幸せに対する単なる憧れとか、ちょっとした嫉妬かと思っていた。あるとき、友人とAと3人で食事をしたことがある。交際して1年以上経つというのに変わらず幸せそうな表情を浮かべる友人、友人に対して軽口をたたきながらもどこか嬉しそうなA。……この場から消えてしまいたい、と思った。同時に、自分がAに対して好意を持っていたことに気づいた。3人で会う約束を、私はなにかと理由をつけて断り続けた。
時間は流れ、友人に対してもAに対しても、なにも思わなくなったある日のことである。友人から「Aが最近忙しく、しばらく会っていない」という話を聞いた。仕事が大変なのかもしれないね、趣味の予定とか用事が重なったのかもしれないね、と言いながら久しぶりにAに連絡を取った。少しだけこの状況を楽しんでいるかのような自分に、これはチャンスかもしれないと瞬時に思ってしまった自分に、自分でも驚くと同時に嫌な奴だなと感じた。
友人とAが別れるのに時間はさほどかからなかった。ショックを受ける友人の話を聞きつつも、私はAと連絡を取り続けていた。新しいことに挑戦したい、と友人が東京を去ったタイミングで、私はAに好意を伝えた。答えは、嬉しいが好意には応えられない、だった。よくよく考えれば当たり前だと思う。
友人も東京からいなくなってしまった。Aとも、おそらくもう会うことはないだろう。こんな終わり方はしたくなかったなと、ぼんやりと思った。
相変わらず、駐車場の猫は私を見かけると甘えた声を出し、こちらへ寄ってくる。
けれど最近、以前と比べて元気がないように感じる。もしかしたら、なにか病気なのかもしれない。単純に、人間の年齢に換算したら老人になるような歳なのかもしれない。親猫がいなくなって、1匹になったからそう見えるだけかもしれない。理由は分からない。
ある日、猫とじゃれているときに、散歩中のおばあさんに声をかけられた。おばあさんは少しの世間話のあと、「その猫は、本当は強情な奴なんだ」と言った。言っている意味がよく分からなかったが、話を聞くと、昔このあたりにはもっとたくさんの猫が住み着いていたらしい。だが突如現れたこの猫によって、住み着いていた多くの猫は追い払われてしまったとのことだった。そういえば、猫は縄張り争いが激しい生き物だという話を聞いたことがあるような気がする。
猫よ、お前そんなに強かったのか。いつも甘えてくる姿と全然違うではないか。本当は、こちらが思っているより一枚も二枚も上手だったのだ。知らなかった。かわいい声や仕草の裏に、きっと人間が知らないような強い姿が隠れているのだろう。おばあさんはそれを「強欲」と言ったけれど、猫にとっては当たり前で仕方のないことだ。生きていくためには仕方がなかったのだ。猫が自分と重なった。私も、どうしようもなかったのだ。友人の恋人だから、と割り切ることが出来なかった。
猫よ、お前、他の猫をみんな追い払って、結局1匹になって、後悔してないのか。私の足元で丸く座り込んでいる猫を見ながらそんなことを思う。猫は、じっとしたまま動かない。
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