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童貞はテトリスのように恋をする


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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遠山 涼(ライティング・ゼミ)

高校生の頃。
初めてできた彼女と、ある日なぜかテトリスの話になった。

「懐かしー!小学生のとき、すごいハマった!」
「俺も!なんかキーホルダーくらいの大きさの、すごいボタン小さいやつ無かった?」
「あったよね!最初、ヘンなBGM流れなかった?」
「うわー懐かしー!てーてれてーてれてーてれれーてれれーてれれーてれれーれーれー♪」
「てーてれれーてれれーてれれーてれれーてれれーてれれーてーてー♪」
「すごいね」
「音楽ってすごい記憶に残るよね」
何も生まれず、ただ共感しあうだけの会話。
彼女がそう思っていたかは怪しいが、その頃の僕はラブストーリーの主人公になった気分だった。

自転車をこいで、彼女の前を走る。お互いの声が届く距離を保ちながら、僕と彼女は一緒に下校した。
いつもの帰り道に、何の前触れもなく彼女が言った。
「あたし結婚したい」
「俺も」
即答だった。その返事に迷いはなかった。
今思い返しても、そのときの僕の言葉に嘘はなかったように思う。
大人になったら彼女と結婚するのだろうと、自然に考えていた。

当時の僕は童貞だった。
一般的に勘違いされることが多いが、童貞は必ずしも性欲にすべてを支配されている訳ではない。
むしろ童貞の方が、性欲のしがらみを越えた無垢な心を持っているものだ。
当時の僕がまさにそうだった。自分の欲望よりも、彼女の幸せを本心から願うようになっていた。
自分ではなく他人に幸せになってほしいと思えたことが、童貞時代の僕にはたまらなく嬉しかったのだ。

時は経ち西暦2017年。しがない27歳の僕がいる。
いよいよ世間一般で言うところの「アラサー」に入るような年齢だ。
職場の上司からはまだ20代であることをうらやましがられ、入社2年目の後輩の若さにはついていけない。
もう年なのか、まだまだ若いのか。自分では判断しかねる年齢だ。

休みの日に、クローゼットの中の段ボールからキーホルダーサイズのテトリスが出てきた。
薄い赤色をした半透明のテトリスは、長いあいだ段ボールの中で眠っていたので電池が切れていた。
なぜか無性にテトリスがやりたくなった僕は、駅の近くのコンビニまで電池を買いに行きかけた。しかし、2017年の僕はスマートフォンという便利なものを持っている。それに気付き、すぐに無料でテトリスが遊べるアプリをインストールした。

さっそくプレイしてみる。オープニング画面のあと、おなじみのBGMが流れた。
「てーてれてーてれてーてれれーてれれーてれれーてれれーれーれー」
そのBGMを聞いているうちに、昔の記憶がだんだん蘇ってきた。
音楽は強く記憶と結びつくらしい。
思い出したくないことまで、勝手にどんどん思い出してしまう。

僕が恋人の携帯電話を見なくなったのは、初めての彼女に浮気されてからのことだった。
きっかけは忘れたが、いつからか僕は彼女を疑うようになっていたのだろう。そうでなければ携帯を盗み見たりしない。そしてその疑いは、残念ながらすぐに確信に変わってしまった。

最悪だった。
他校の男子と会ってることすら知らなかった。
中学校時代の女友達とのメールには、中学校時代の男友達と遊びにいって、ソイツの家でついつい(以下略)という文言。
血の気が引いた。あまりに激しく血の気が引いたので、頭皮や髪の毛が引っ張られて痛かった。
引いた波が返ってくるように、今度は地震のような怒りが押し寄せてくる。
体がばらばらに崩れてしまいそうなほど、怒りにがくがくと震えた。

スマホのテトリスにハマって、気がついたら日が暮れていた。
サラリーマンの僕にとって、週末の時間はとてつもなく貴重な時間だ。
その貴重な時間の多くを、ただテトリスに熱中して過ごしてしまった。
真っ暗になった窓の外を見て、自然とため息が出た。それからソファに横になって、とりあえずテトリスを再開した。

テトリスには強い中毒性がある。その強さは並じゃなく、かつてソ連が敵国の生産性を落とすためにテトリスは開発された、という都市伝説が生まれるほどだ。
その原因の一つに、「4段消し」が挙げられる。
T字やL字のブロックをこつこつ積み上げ、いびつな形になりながらも消しては積んでを繰り返す。そして絶妙なタイミングでI字のブロックがやってきて、空けておいたスペースに一気に叩き落とす。大量のブロックが一瞬で消え去る。積み重ねてきた努力がやっと報われる。それが「4段消し」。まさに快感だ。
その快感は、一度味わったら忘れられない。すぐにまたあの快感を味わいたくなり、ついついゲームを続けてしまう。
ましてや4段消しと同時に画面上のブロックを全て消し去ることができた時なんかは、もう、極上の快感を味わうことになる。どんどんテトリスの魅力にハマり、なかなか抜け出せなくなってしまう。

もちろん、それだけ強力な快感を味わうにはそれなりの苦労が必要だ。不規則な順番で現れるブロックをいかにきれいに積み上げていくか、タイミングも含めて考えなければならない。
どうやったらあの4段消しまでたどり着けるのかを、自分なりにシミュレーションする。
時には「取り返しがつかないのでは?」と思うほどの失敗もしながら、それでも諦めずにブロックを積み上げていく。
「いまL字がきてほしい!」という時に、正方形のブロックやZを歪ませたようなブロックが落ちてくると無性に腹が立ってくる。テトリスにいやがらせをされているような気持ちになり、そこから連鎖して過去の嫌な経験や感情がこみあげてきて、瞬間的に死にたくなったりもする。

それでもテトリスを止めないのは、「4段消し」の快感が心に深く突き刺さったままだからだ。
高校生の僕が、彼女と別れる気になれなかったのも同じ理由だった。

高校生の僕には辛すぎる彼女の浮気を、僕は許すことに決めた。そのために、僕は当時自分に何回も言い聞かせた。
「浮気をされたからといって、必ずしも別れなければいけないわけではない」
「相手のことが嫌いになったら別れればいいのだし、もし相手のことが好きなままなら絶対に自ら別れを決めるべきではないはずだ」。
学校からの帰り道での他愛もない会話や、そこで感じた幸せな気持ちが、童貞時代の僕の心にきらきらとこびりついていた。
あの幸せをもう一度実現させたいという僕の欲望は、彼女の浮気ごときで消えるようなものではなかった。

当時の僕は、彼女との幸せをもう一度味わいたくて、彼女の浮気を許すことを選んだのだった。
もちろんその後、それなりの苦悩と努力がしばらくの間伴った。

今思い出してみると、当時の僕の恋愛観はついついハマってしまうテトリスのような恋愛観だったように思う。
結局、その彼女とは結婚することなく別れた。高校卒業とともにお互いの住む場所が変わり、大学1年生の夏を最後に、連絡を取ることもなくなった。
大学進学をきっかけにカップルが別れるなんてよくある話だが、その原因は人それぞれだろう。僕たちの場合は結局、僕がテトリスくらいの恋愛観しか持っていなかったのが原因だったのかもしれない。いくらハマったゲームでも、いつかは飽きる時が来る。その情熱が深ければ深いほど、冷めるのも早い。その程度の恋愛観だった。

日曜日のほとんどを使い切ってしまいそうなことに気付き、僕はテトリスをやめた。
窓の外はもうすっかり夜で、あと数時間後には貴重な休日が終わってしまう。
ゲームは節度を守ってたのしむものでなくてはいけない。ついついハマり過ぎてしまうが、周りが見えなくなる程、のめり込んではいけない。
貴重な時間をむやみに消費してはいけないのだ。
テトリスもそう。ゲームではないけど恋愛もそうだ。

しかし、だ。

かつて任天堂から発売されたゲームボーイ版テトリスは全世界で販売本数1500万本を超えるらしい。長年の間、世界中のユーザーによってプレイされ続ける不朽の名作。現在はスマホやオンラインゲームなどに形を変えながら、パズルゲームの金字塔としてさらに多くのプレイヤーを魅了し続けている。

つまり、人類はまだまだテトリスに飽きていないのだ。

たまに熱中して、すぐに飽きてしまい、しばらく経ってから久々にやってみるとついついハマってしまう。そんなふうに、何度も途切れながら決して無くならずに、ずーっと続いている。

同じように、僕の恋愛観も高校生の頃からずっと続いているのかもしれない。
高校生の頃と同じような気持ちで、今でも新しく出会う女性を好きになったり愛そうとしたりしているような気がする。

テトリスも童貞時代の恋愛観も、この先ずっとやめられない気がしてきた。
取るに足らないパズルゲーム。周りが見えていない童貞の恋愛。このまま一生続くのか?
なんだかだんだん不安になってきたが、同時に希望もぼんやりと見えている。

テトリスがパズルゲームの金字塔であるならば、童貞特有の恋や愛の仕方だって、同じく人類が打ち立てた一つの金字塔だと言えるのではないだろうか。

そんなふうに、誰に向けられているのか分からない言い訳をして僕はテトリスを続けている。

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2017-03-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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