犬に引かれて アタリを引く
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記事:河村イチロー(ライティング・ゼミ)
「ボン太」という間抜けな命名を受けてしまった犬が、我が家にいる。
「おれが飼う」と言い出した三郎が付けた名で、どうせいい加減な三郎のことだから、大した意味などない。……ないに決まっている。だけどやっぱり、どうしてそんな名前にしたのか、聞かずにはおられなくなり、理由を聞いた。すると、三郎はポツリと「ボンタンアメからとった」とだけ答えた。なんだそれ。「じゃあなぜ、ボンタンアメなのか?」とはもう、尋ねなかった。
なにはともあれ、ボン太は家族の一員となった。
だが、言い出しっぺの三郎が、ボン太への関心を失っていくのに時間はかからなかった。
それで、案の定、膝の悪い母が朝に夕にボン太の散歩へ行く。
それで、見ておられず僕が手伝う。
それで、ボン太の散歩は僕の係となった。
とんだハズレクジを掴まされてしまった。
僕とボン太の物語はこうして始まった。
大学生になっていた僕は、それなりに忙しくしていた。バイトで貯めた資金を投じて、カンボジアまでアンコール遺跡を見に行った。ヒンズー教の寺院として建設され、後に仏教寺院に改修された遺跡である。屋久島では千年杉をそばで体感した。人知を超えた生命の息吹とやらを感じてみたかったのである。まぁ、そんな訳でかなりアクティブにしていた。
しかし家に帰れば、三郎のケツを拭くために、僕がボン太の散歩に行かなくてはならない。やりたくないことをやるというのは苦痛である。散々その件ではやりあったが、母はなぜか三郎をかばった。そして、母がボン太の世話をする。なので、嗚呼、やっぱり僕が母のサポートをすることとなる。このサイクルは破れなかった。
ボン太はお外に行きたい。僕は、行きたくない。
ボン太はとても散歩に行きたい。僕は、散歩になんて行きたくない。
大体、散歩にいくと、必ずボン太はウンチをする。多いと3回くらいする。
ウンチしたら、僕がそれを拾わなくちゃいけない。あの質感を思い出すだけで、たまらなく嫌だ。
青春を謳歌すべき時に、なにが悲しくてあいつのウンチを拾わなくてはならぬのだ。
ボン太の散歩ごときに、時間を割いているヒマはないのだ!
そんな訳で、両者の利害関係は一致しない。でも仕方がない。ここは大人の事情ってやつで僕が折れてやろう。ボン太を引いて、めくるめく楽しい散歩の幕開けだ。
「オレ様の貴重な時間を割いて、お前のために、散歩へ行ってやる」という恰好なのだが、ボン太はとしては、とても嬉しそうだった。
「この馬鹿犬め」。僕はボン太を罵った。
一年が過ぎ、二年目が過ぎた。
その間、僕は先の旅を通じ、いかに日本を知らないのか。それを知った。
日本を旅した。いかにモノを知らないのかを痛感した。
図書館にこもり、書籍を読み漁った。僕は、僕自身を知らないことを思い知らされていた。
僕が見たい風景、行きたい世界は、西にも東にも、過去にも未来にもなかった。
求めても得られないひとつのことがあった。
相変わらず、くそ熱い夏は虫に刺され、寒い冬は凍えながら、ボン太を引いて散歩に行った。
行くところは決まっている。裏の栗林と畑を抜けたら、川にでる。僕がいままで、見てきた世界遺産の数々。それらに比べて、誇るべきものなどない川原だ。こんなことをわざわざ口にするのも馬鹿らしいのだが、こんな辺鄙な所が、『地球の歩き方』で紹介されるなんてことは、まずありえない。本当に笑っちゃうくらいに何もないんだよ。そんなつまらない場所に、間抜けな犬を連れて、退屈なルーティンとして川に出る。10分走らせたら、ソッコーで帰る。そんなテキトーな感じが僕のしてきた散歩だ。
そう、雨の日も晴れの日も。気が乗らない日も、具合が悪い日も行かなくちゃいけない。
しかし、ボン太を連れて散歩にでるうちに、次第に僕は知ることとなる。逆だったんだな。
散歩に連れてもらっていたのは、ボン太の方じゃなくて、僕だったんだ。
それは当然来たものなので、なんでそう思ったのかはわからない。でも、そうなんだ。
夏の夕暮れ、冬の木漏れ日の美しさ。そんなものは知っている。
台風が近づけば、どこか不穏な雰囲気が立ち込めた。突然の雨。雷鳴が轟いた。残念だが傘はない。家はまだ遠い。笑えるくらいにボン太と雨に打たれた。抗いようがないので、濡れるしかない。そうして、雨の中を歩く楽しさを覚えた。
雲は静かに、時に忙しくその表情を変える。荘厳なる夕焼けは古えの聖者のようだ。なにもない静謐さの中で無言の教えを聴いた気になった。気づけば小さな祠があり、この村にも歴史と人の想いがあることを知った。
写真でしか見たことがないようなうな空が、ここにも在ったのだ。
いつか見れなかった風景が、ここに。過去でも未来でもない、いまが流れていた。
確かにハズレを引いたのは僕だった。でも、そのお蔭で僕は掛け替えのない経験をしている。
時が止まって感じられる。木々は揺れ、一枚一枚の葉が鮮明に見えた。世界が輝いていた。
その世界のきらめきの中で、ボン太がホカホカのウンチをモリモリしていた。
ボン太が大好きになっていた自分を知った。
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