プロフェッショナル・ゼミ

私がライティングゼミを始めた本当の理由《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:紗那(プロフェッショナル・ゼミ)

彼女の伏し目がちな目に下向きに伸びるまつ毛が少し濡れていた。
このまつ毛はきっとここ数日毎日濡れているのだろう。腫れぼったい彼女の目を見て、なんとなく私はそんなことを考えていた。
「忙しいのに、話聞いてくれてありがと。ごめんね」
私は大きく首を振ると、胸がキュッと締め付けられる気がした。
「いつでも呼んで。何回でも来るよ」
私は冷めてしまった目の前のコーヒーに口をつけると、いつもより苦く感じるその味にうんざりした。結婚を決めかけていた相手と数日前に別れた友人の顔は、心なしかほっそりしてしまった気がする。
「なんかさ、普通に幸せになりたいだけなのに人生は上手くいかないねえ。フラれるのってしんどいな」
力なく笑い、うつむく友にかける言葉を探しながら私は少し前の自分を思い出す。私には彼女の気持ちが手に取るようにわかった。

「何がきっかけでライティングを始めたんですか?」
今までそういうことを聞かれる度に私は本当の理由を上手くごまかしてきた。
だって私がライティングを始めた本当の理由は、ダサすぎてあまり人様に言えるようなものじゃない。 
「なんとなくです。HPの記事が面白いから気になって参加したんです」
そんな風にごまかしてきた。だけど、私がライティングを始めた本当のきっかけは笑っちゃうくらいシンプルだ。

それは、失恋をしたからだ。
自分を見失うくらいの失恋をしたから。
始めた理由は、それ以上でもそれ以下でもない。

失恋をして感受性が200%に増えた私は、その持て余した感受性を表現するためにライティングゼミの門を叩いたといって過言ではない。何か熱中できるものが欲しかった。彼のことを忘れられて、かつ楽しいと思える何かを私は探していたのだ。

私はこれまで自分が、失恋をしてダメになってしまう様な弱い女だとは1ミリも思っていなかった。生きていれば自分の力ではどうしようもできないということは起こってしまうものだし、その中で失ったものを追い続けるなんて無意味なことをしたくないと冷静に思っていた。過去にも失恋はしたことがあったけれど、いつもすぐに立ち直れたし、自分を捨てた男にすがりつく様な女にだけはならない自信があった。だけど、あの時、あっけないくらいに私は失恋という悪魔に飲み込まれていった。

それは驚くほど静かに私の背後にやってきて、ポカポカ日向ぼっこをしていたような私に突然、訪れた。
金曜夜の駅のホームで、妙に神妙な顔をした彼の顔があった。
「少し距離を置きたいんだ」
振り絞る様な声でそう言った彼を見て、私は、これは夢かなと呑気なことを考えていた。だって、自分がフられるなんて、その時の私は想像もしていなかったのだ。私達はそれなりに上手くいっているカップルだったし、結婚願望の薄い自分が初めてこの人となら上手くいくかもしれないと思えた穏やかな相手だった。優しくて愛情表現が豊かな理想の恋人であったはずの彼に、私は思わぬ形であっけなくフラれることになる。

それから後のことは、正直あまり覚えていない。私は駅のホームで長い間泣きじゃくり、彼に必死にすがりつく恥ずかしい女になっていた。一番自分がなりたくなかったはずの醜い女の醜態を見せていたのだ。
「ねえ、なんで? わかんないよ。だってだって好きって言ってたじゃん」
私は子供みたいに嗚咽して泣きながら、困ったような顔で口を結んで何も言わなくなった彼の顔を見ていた。

夢じゃないんだ。
頭の中でグルグルと色々な考えが巡る。
なんで?
他に好きな人ができた?
飽きられた?
私は捨てられるの?
だけど、浮かんでは消える疑問が上手く言葉にできない。
喉の奥で言いたい言葉たちがざわめいている。

「ごめん。嫌いになったわけじゃないんだ」
心を失った人みたいに空っぽな眼をして私を見る彼の姿を見たとき、私はなんとなくもう駄目だとわかった。どんなに泣いてもわめいても、この人はもう私の元には帰ってこない。そんな気がした。
「嫌いになったわけじゃない」というのは最悪なセリフだ。
「好き」だから、嫌いになるのに、「嫌いになったわけでない」というのは、もはや私は彼にとってどうでもいい相手になったということだ。
それが私たち二人の全てだった。

それから、しばらくして私達は別れを選んだ。
その後しばらくは私の人生の中で一番荒れていた。最初の頃は彼を罵り、次第に自分が惨めでたまらなくなった。冷静に思い返してみると、私の人生の中で誰かを責めたのは初めてだったような気がする。いつも何かあると自分が悪いと思ってしまうタイプだった。争いごとが嫌いで何か揉め事があると自分が悪かったんだと思えば丸く収まるとおもっていた。そんな私が初めて相手のせいだと罵った。

私は好きだからこそ、彼に自分の全てを見せることが死ぬほど怖かった。自分の弱くて汚い部分を知られたら、きっとがっかりして捨てられてしまうのではないかと不安だった。だけどあの別れ話の日、理性とか頭で考えるということが出来ない追い詰められた状況のもとで、私は初めて彼とぶつかりあったのだと思う。人に感情をぶつけても争いが起こるだけならば、そんな無意味な事はしたくない。そんな風に考えていた私が失恋によって自分の大嫌いな気持ちの悪い部分を垂れ流しにしたのだ。

その失恋の日から私にとって色々なものが変わった。それまで私はたぶん誰のことも信じていなかった。彼のことでさえ、いつかいなくなるものだと。もし、いなくなった時に傷つかないように、踏み込まないように付き合っていたのだと思う。そんな自分に気づいてしまった。
そして私の世界の色が変わった。
聞こえる音が変わった。
匂いが変わった。
失恋をすると大好きだったモノが大嫌いになる。
彼とよく行った場所は二度と行きたくない場所になり、これから行こうとしていた場所も避けた。
大好きだったモノも、場所も、全部、一瞬で大嫌いなものになった。

そして、本当に不思議なことに世の中の色がなくなるのだ。
モノクロの世界で、あの頃の私は何をしていても一瞬だって楽しいと感じられなかった。自分の感情を押し殺すように仕事に猛烈に熱中し、帰宅の満員電車で知らぬ間に涙が出てくるという情緒不安定女になっていた。

不意に通る風が、一筋の光が、ふわりと香る花の匂いが、その全てが私の心を大きく振り動かし、感情のダムみたいなものが制御不能になってしまった私は本当にバカみたいによく泣いていた。そして、泣きすぎると涙って本当に枯れるんだなという事を実感した。

また、時間ができれば無意味な「もし」を考えてしまう。
もし、あの時こう言っていたら
もし、違う行動をしていれば
私たちは上手くいっていただろうか。
私はどこで間違えた?
私の何が悪かった?
どうしたらよかった?
考えたってどうしようもないことを何度も何度も自問自答しては、うんざりして自分に嫌気がさしてくる。

だけど、最悪な状況というものは、必ず終わりが来る。
これはこの失恋で私が学んだことだ。
人間はどうやら一生悲しみ続けることは出来ない生き物のようだ。
泣くのも、思い出すのも、忘れようとするのも全てに疲れた私はふと書きたくなった。
私が書くことが好きだったのは中学生くらいまでだと思う。随分と昔に小さな物語を書いたことがあったけれど、本気で文章を書こうなんて気持ちは抱いたことがない。だけどなぜか、失恋をして自分の人生観と価値観がグラグラに揺れ動いた私は、もう一度書きたいという答えを出した。

そして書くことにのめり込んでいくうちに私は失恋の痛みなんてすっかり忘れていた。あれだけ頭の片隅から離れなかった彼のことも、見返してやるという思いも全部綺麗にさらりと浄化されてどこかに消え去っていた。
不思議なことに私がもしあの時フラれていなかったら、間違いなく「書く」ことには出会っていなかったと思う。
そう考えると私をフったあの男に私は心底感謝をしなければいけないのかもしれない。

失恋という異常事態は、自分を思ってもいない場所へ案内してくれる。
普段では絶対に通るはずのない道を危機的状況により、通るしかないという状況になってしまう。そしてその思わぬ道で違う人生への扉に出会うのかもしれない。
正直、自分を見失うほどの失恋は出来ればもうしたくない。
幸せな恋愛だけを知っていられたらと思う。
だけど、今の私はあの暗闇のような失恋に心底感謝している。
だって、そのおかげで私は今書いている。
更に目の前で泣いている大切な友達の気持ちをほんの少し理解することができる。
そう思うと自分の人生において全て必要なものだったのではないかと感じるのだ。

「とにかく、ちゃんと寝て、食べて、あとはそうだな、泣きたい時は泣いた方がいい! ムカついたら一緒にカラオケ行って叫ぼう」
「うん」
私の言葉に少しだけ笑った友の顔はいつもと変わらず綺麗だった。
それからしばらく私たちは他愛のない話をした。どれだけ彼女の話を聞いても私には彼女と恋人との本当のことはわからない。2人が出した結論が正しかったのかもわからない。だけどきっとまた彼女が心から笑えるようになることだけはなんとなく想像できた。
だって人間はたぶんそういう生き物なんだもの。
悲しんでばかりはいられない仕組みになっているのだ。

「じゃあ、またね」
帰り際、くるりと私に背を向けて歩き出した友人の背中を私はしばらくぼんやりと見つめていた。その切なげだけれど、凛とした背中をそっと押して支えてあげたくなる。彼女が失恋という長いトンネルを抜けた後、きっとそこには今とは違う世界が広がっているのだろう。そこで彼女はどんなモノに、ヒトに出会うのだろう。私が「書く」ことに出会えたように彼女にもきっと思いもよらない出会いがある。
だから、私は失恋をした友に慰めではなくこの言葉を贈りたい。

「失恋おめでとう! きっと新しい人生が待ってる」
不本意にも閉じられてしまった扉の隣にきっとまた違う扉が待っている。
だから私たちはどんなに絶望しても人生を諦められないのだ。出会って学んで別れて、また出会う。そういうことを繰り返しながら私たちは痛みを知って、いつの日か同じような誰かの力になることができるのかもしれない。

彼女の背中が見えなくなった時、私は毎日バカみたいに泣いていた過去の自分を思い出してなんだかものすごく可笑しくなった。ほんの少しだけニヤけた私は心の中でこう呟く。
よし、今日も帰ったら書こう! 

***

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