未熟な私が反抗期の娘に伝えられること《プロフェッショナル・ゼミ》
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記事:bifumi(プロフェッショナル・ゼミ)
私は、どんな匂いがするのだろう。
甘い匂い? シャンプーの匂い? それとも洗濯物の匂い?
既に身体の一部になっているので、自分で自分の匂いがわからない。
私が好きなのは、母の枕の匂いだ。
母の枕をかぐと、石鹸だろうか、化粧品なのだろうか。
世の中のよい香りをぎゅっと集めたような、そんな匂いがする。
実家に帰って、ちょっと横になりたい時は、母の枕を借りてくる。
枕に顔を埋めて、スーッと息を吸うと、昔と変わらず優しい匂いがした。
この匂いは、いつも私を助けてくれた。
中学生のころ、私はわけのわからない感情に苦しめられていた。
自分が自分でない感覚。毎日が息苦しくてしょうがなかった。
学校での友達が、先生が、部活が、クラスの全てが鬱陶しかった。
友達の話声ですら、耳障りだった。
どうしてそういう風に思ってしまうのか、自分でもよくわからなかった。
ひねくれた考えばかりが、頭に浮かぶ。
目の前にある全てのことにイラついていた。
自分でも何に怒っているのかが、わからない。
そんな自分が大嫌いだった。
私は、なんのためにここにいるんだろう。
自分の中のどす黒い声と、クラスの雑音とで毎日頭がおかしくなりそうだった。
いつも頭の中では大きな音がガンガン鳴り響いていた。
まわりは、楽しそうに学校生活を送っている。
私だけ、どうしてこんなにイライラしていなくちゃいけないのか。
ベタベタした女子特有の仲良しごっこも、上手く演じていた。
嫌われないよう、まわりから浮かないよう、細心の注意を払った。
あんまり引っ付くな! いちいち腕を組んでくるな!
トイレくらい一人で行かせてくれ!
だれだれちゃんがどうのこうのとか報告してくるな!
靴下を伸ばした方が可愛いか、伸ばさない方が可愛いかなんて知らん!
自分で考えろ!
心の中で吐き気をもよおしながら、表情には1ミリも出さない特技を身につけた。
そんな毎日はやっぱり苦しかった。
なんで私が興味ある事をだれもいいと言ってくれないのだろう。
なんで私と同じ気持ちの人がいないのだろう。
自分の思いを誰とも共有できない苛立ち。
中学入学と同時に始まったこの思いは、日に日に大きくなっていった。
みんな嫌いだ! 大っ嫌いだ!!
学校では、面白いことをいう能天気な人のフリをしていたので、私の真っ黒に膿んだ心の中は、誰にも気づかれることはなかった。
私は、どこにでもあるのどかな学校生活の一部を演じていた。
みんなが楽しそうに笑っているのが、不思議だった。
私は笑う事が苦手で、顔がすぐひきつってしまう。
それを隠そうとして、さらに顔が歪んでいく。
考えすぎていつも、頭が痛かった。
学校で無理をすればするほど、心にひずみがうまれた。
学校で吐きだせない苛立ちの矛先は、家族に向かった。
最初は父だった。
ある日学校から疲れ果てて帰ってくると、なんだかすごくイヤな匂いがした。
家中が匂うのだ。くさい! 何のにおいだ?
匂いの元は、食卓のイスにかけられた、父のシャツだった。
疲れとやり場のない怒りから、父のシャツをグシャグシャにして、壁に投げつけた。
その日から、私は父と一言も口をきかなくなった。
うっかりすると父の匂いが私の身体をすっぽり覆いそうで、怖かった。
洗濯物も別々に洗うようになった。父の衣類には触れなくなった。
同じ部屋で息を吸うことも、嫌だった。
食事が済むと私は自分の部屋に閉じこもるようになった。
小さい頃から、どこにいくのも父の後をついてまわっていた私が、突然こんな態度をとるようになり、父は困惑していた。いろんな人に相談しているようだった。
そういう姿がまた一段と、私をイラつかせた。
私を放っておいて! これ以上かまわないで!
幼いころから両親は仕事で忙しかった。
時間を持て余さないよう、私は多くの習い事に通っていた。
習い事を終え、夜一人でバスに乗って帰ってくる。
両親は、いつも22:00過ぎにしか帰ってこなかった。
バス停の角を曲がり、灯りのついていないわが家をみると、胃がキリキリ痛んだ。
あの角を曲がって家に灯りがついていたら、私の勝ち。
誰もいない真っ暗な家しか見えなかったら、今日も私の負け。
いつも、暗い道を一人歩きながら、負けしかない賭けばかりしていた。
暗くて寒い穴ぐらのような家の中で、テレビをみながら両親が帰ってくるのを待つ日々。
二人とも働いてるんだから、寂しいなんて言っちゃいけない。
母の負担にならないように、なんでもこなせる子でいなくちゃいけない。
小さいころから、自分にそう言い聞かせてきた。
学校生活や父への苛立ち、幼いころから味わってきた寂しさへの不満が、今度は母へ向かって一気に爆発した。
同性である母には、遠慮などしなかった。
思いつく限りの、ありとあらゆる汚い言葉を浴びせた。
誰もいない家で、食べるものもなく、一人で留守番することが、どんなに寂しかったか。
いつも優しいお母さんが出迎えてくれる、友達の家にどれほど憧れたか。
母の自己実現のために、放ったらかされ、どれだけみじめだったか。
学校で絶えずイライラするのも、頭の中でずっと変な音が鳴り続けるのも、
頭痛がよくならないのも、みんなあんたのせいだ!
あんたが私をこんな人間に生んだからだ!
自分さえやりたいことできれば、私なんてどうでもいいのか。
私はあんたのおまけか! 大きな声で母を罵った。
聞き分けのいい、よい子でいてねと、言い続けた母を恨んだ。
私が自分から何かしようとすると、必ず反対する母が嫌いだった。
次から次に汚い言葉が口をついて出る。
母を傷つけることで、私も傷ついた。
当時は、誰かを憎むことが、私の生きる力になっていた。
父とは違って、私が暴言を吐くと、母は理路整然と言いかえしてきた。
言い負かされて大泣きすることも多かった。
すべて生活のため、あなたのため、と正論を言われれば言われるほど腹がたった。
誰もそんなこと望んでない。
あんたが自己満足のために勝手にやっていることだろ。
私は普通の生活がしたいだけなんだ・・・・・・
そんな中、私は、付き合っていた人にフラれた。
突然のことだった。
黒い何かを心の中に飼う私でも、みんなと同じように、人を好きになれる。
誰かに受け入れてもらえる。何より、学校生活を楽しむことができる。
私の中に唯一さした光だった。希望だった。
初めて好きになった人だった。
あんなに楽しかったのに・・・・・・
頭の中の音はさらに大きくなった。
教室にいるだけで、吐き気に襲われた。
世の中の全てに対して、文句が言いたかった。
私を苦しめる全てのものに、叫んでやりたかった。
私は体調を崩し、しばらく学校を休んだ。
家に一人でいると、この世界にたった独りになったようで、言いようのない寂しさに襲われた。頭の中の黒いやつがどんどん大きくなっていった。
今私を苦しめている、母の全てをめちゃくちゃにしてやりたくなった。
母の部屋に行き、クローゼットにかかっている洋服をハンガーごと床に投げ捨てた。
布団をベッドからひきずりおろした。
「あんたなんか大っ嫌い! 学校なんか大っ嫌い!
どいつもこいつもバカにしやがって」
下に落ちていた母の枕を取り、両手で引きちぎろうとした瞬間、
枕から、あの匂いがしてきた。
昔から大好きだった母の匂い。
怖い夢を見た時、寂しい時、寒い冬の朝、「おいで」と私をベッドに迎え入れてくれた、あの母の匂いが、枕から匂ってきた。
「くそばばあーっ!」枕にむかって叫ぼうとしたのに声がでない。
「く ごめ ん なさい・・・・・・
すき なのに。 だいすきな のに。 ごめ ん なさい・・・・・・
もう どうしていいか わからん。
どうしたら とめられるか わからん のよ・・・・・・
枕を抱きしめながら、私は座り込んでしゃくりあげていた。
このことで母との喧嘩がなくなったわけではない。
父への嫌悪感も続いていた。
ただこの日を境に、心が騒いで仕方ない時は、母の枕に顔を埋め、思いの丈を吐きだすことで、少しずつ気持ちをコントロールできるようになった。
枕に向かってどろどろした思いをぶつけると、黒い塊が小さくなっていく気がした。
母の匂いをかいでいると、何より落ち着いた。
つらい時、悲しい時、この匂いをかぐと、心の棘がひっこんだ。
母の匂いは私にとって、何物にも変えられない、精神安定剤だった。
心が暴れる時は、枕を抱きしめていると、痛みから逃れられた。
枕を抱きしめることで、私の中のドス黒い生き物と共存できるようになった。
何に対してもイラつき、怒りを覚え、父親の匂いに嫌悪する。
今ならこれが、思春期や反抗期特有の感情だということはすぐわかる。
ただ、あのころは情報もなく、私はまわりと何かが違う、頭がおかしくなったんじゃないかと、不安に押しつぶされそうで、とても怖かった。
とんでもなく長い期間だったような、あっと言う間だったような・・・・・・
私の頭を占領していた黒い感情は、高校生になると、嘘のように消えてなくなっていった。
今、まさに息子と娘が思春期を迎えている。
息子の反抗期の時は定番の、「くそばばあ」「うぜえ」「だりぃ」が順番に飛び交い、初めてのことに胸を痛めた。男の子の取扱いに困惑した。
反抗期が終息した息子に、あの頃どんな気持ちだったのかと、ふと尋ねてみた。
「なんかもう、世の中の全てにイラついて、腹が立った。
生活態度をいちいち干渉してくるお母さんに、イライラした。
正論をふりかざして、押さえつけようとするから、逃げ道がなくて追い詰められた。
ただ、じいちゃんとばあちゃんが、追い詰められた時の俺の逃げ場所になってくれたんで、ずいぶんそれに救われた」と笑いながら答えてくれた。
私は当時の母と同じ年になった。
自分が思い描いていたような大人にはなれていない。
出来ないこと、苦手なこともたくさんある。
私が未だ未熟なように、父や母もあの頃はまだまだ未熟だったに違いない。
初めて子供の思春期を迎え、どう対応してよいのかわからず、不安でしょうがなかったのだろう。
だからつい先回りして、あれはやめなさい、これはやめなさいと、口うるさく言ってしまったのだ。全ては私を思ってくれているからこそ、出た言葉だった。
両親の子供達への愛情を見て、私はそれ以上に愛されていたことに、やっと気づくことができた。
「お母さんは未熟です。朝は苦手、書類の提出は遅い、時間にもルーズです」
事あるごとに、子供達に私の苦手なことを伝えている。
女なので、月に一度イライラする事も、理解してもらっている。
「お母さんが言っていることが全て正しいと思わんでほしい。
今まで経験した中で感じたことを、言っているだけ。
だから、正しいかどうかは、自分たちでちゃんと経験して、
お母さんの言う事が間違っとると思ったら、
自分なりにどんどん常識を書き換えていってほしい」とも、伝えている。
当初子供達はキョトンとしていたが、最近はそれを受け入れてくれているようだ。
大人って完璧じゃなくても大丈夫なんだ。だってお母さん、だらしないとこあるもんね~。
そうだよね~。と、クスクス兄妹で笑いあっている。
それでいい。大事なことは自分の目でちゃんと見て確かめればいい。
私の子育てがうまくいっているかどうかなんて、今の時点ではわからない。
子供達がそれぞれ子育てしていく中で、ああ、お母さん、こんな風に自分たちを愛してくれたんだ、と気づいてくれたら、それだけでもう十分だ。
娘が中学に入り、今、反抗期を迎えている。
息子と違い、女の子は、友達同士の関係が複雑に入り組んでいて、難しい。
つい、自分の時を思いだし、娘がドス黒いものを心に飼っていないか、先回りして心配してしまう(笑)。ほんとに未熟だなあ、私。
先日娘が帰ってくるなり、
リビングに顔も見せず、ドスドスと音を立てて、2階の自分の部屋に上がっていった。
カバンや教科書を投げつける音が聞こえた。
夕飯を作り終え、娘の部屋に様子を見にいくと、私の枕を抱えた娘が、泣き疲れて眠っていた。学校で何かいやなことでもあったのだろう。
私の枕を抱いて寝るなんて、
いくら親子でも、そんなところまで似なくていいのに・・・・・・
娘が私の気配に気付いて目を覚ました。
慌てて顔を隠す。泣き顔を見られたくないのだろう。
「お母さんの枕かりた・・・・・・ごめん」
「いいよ、別に。
何があったかは知らんけど、
生活しよったらさ、楽しいことばかりじゃなくて、嫌な事も悔しいこともたくさんあるよ。
でもさ、それでも一日一日に、ちゃんと片をつけていかないけんのよ。
それが生活していくってことなんよ。
それをやらんと、イライラがたまっていって、いつか爆発する。
お母さんもいろんなことずーっとためこんで、おかしくなったことがあるけ、よくわかる。
今日あった嫌なことはさ、なんもかんも全部ここに吐きだしてから、降りておいで。
出し切ったら、すっきりしてお腹がすく。
落ち着いたらご飯食べよう。下で待っとるけんね」
私なりの愛の伝え方はこれでいいのだろうか。
まだまだ悩む未熟な日々である。
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