名古屋めしは2度食べよ
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記事:ありのり(ライティング・ゼミ)
「初めての名古屋めしは、美味しいかまずいかの指標を持って食すべきではない」
と、初めて名古屋を訪れる遠方の友人らに、私は必ず釘をさす。
すると、皆きょとんとした顔で、
「どういう意味?」
と尋ねてくる。
しかし、実際に名古屋めしを口にして帰路につくとき、
「あなたの言っている意味が分かった。そして、私はまた名古屋めしを食べにきっとここへ戻ってくるだろう」
と熱い目をして言い残し、名古屋を発つ。
名古屋めしとは、そういうものだ。
ここでいう名古屋めしに、鰻の「ひつまぶし」は入らない。
あれは全国で食べることができる鰻のかば焼きを刻んでどんぶりに混ぜたものであり、ひつまぶしはその食べ方がめずらしくて名物になったのだから。
エビフライも入らない。
あれはタモリが「名古屋といえば、えびふりゃー」などと少々揶揄的なギャグにしてはやらせただけで、たしかにおいしいエビフライやさんは多いが、名古屋でしか食べられない特別な味というわけではない。
私がここで言う「美味しいかまずいかの指標を持つべきではない」名古屋めしとは、名古屋独特の調理法や味付けのものであり、他の地域ではまず口にすることがない類の料理のことである。
例えば、あんかけパスタ。
例えば、山本屋本店や山本屋総本家の味噌煮込みうどん。
例えば、小倉トースト。
そんなものを指す。
これらはほかの地域では、まず、口にできない料理だ。
そもそもこれらは、既存の料理の概念をすこしずつ外している点が特徴的だ。それらはどこか出来損ない感さえある。
見かけも味も、初見では想像できない状態だったり、調理法を間違えているのではないかと思わせる触感のものもあるし、一見アンマッチな食材を組み合わせていたりもする。
にもかかわらず、我々地元民から切に愛され、日常的によく食する正真正銘の名古屋めしである。私たちは、これらの名古屋めしに魅了されている。
いまこのエッセイを読んでいる名古屋人がいるとしたら、きっとその人は「ああ、なんかすごくあんかけパスタを食べたくなってきた」などと、これら名古屋めしのどれかを食べたい衝動に駆られていることだろう。
そして、間違いなく、この週末までにどこかのあんかけパスタ屋にふらりと吸い込まれ、こってりとしたソースに舌鼓を打っているだろう。
本人も気が付かないうちに。
名古屋めしとはそのように、食べた人のハートを狂わす魅惑的な食べ物なのだ。
とはいえ、私は名古屋出身ではない。お隣の三重県の生まれだ。名古屋めしに出会ったのは、大学生になり名古屋に通うようになってからだ。よって、小さいころからその味になじんでいたわけではない。
だからこそ、友人らに冒頭のようなアドバイスができるのだ。
「初めての名古屋めしは、美味しいかまずいかの指標を持って食すものではない」と。
例えば、先のあんかけパスタは19歳の夏に初めて口にした。
ちなみに、「あん」とは、甘いあんこのことではない。野菜を煮込んで黒コショウで仕上げたソースに片栗粉を混ぜてとろみあんにしたものを、かなり太めのパスタにかけてある。
「なにこれ? おいしい……のか? からい……っていうか……あ、赤いウイナーはおいしい。でも、なんか、麺がいやに太いなあ」
これが私のあんかけパスタの第一印象だ。
しかし、今や、月に2~3回は食べるほどの大好物である。何かの拍子にふとあんかけパスタのことを思ったら最後、もうその衝動を止められない。
食べたいといったら、食べたい。
舌が、胃が、炒めた野菜と赤いソーセージにスパイシーな野菜ソースがかかった、ボリュームたっぷりのあんかけパスタを恋しがる。
そんな焦がれた状態になる。
それが、名古屋めしだ。
例えば、味噌煮込みうどん。
有名な味噌煮込みうどん屋さんといえば、「山本屋本店」と「山本屋総本家」だ。それらより少々安く食べることができる、「まことや」という味噌煮込みうどん屋さんも人気だ。
その味噌煮込みうどんを初めて食べる人は、きっと驚くだろう。
あまりに麺が硬いのだ。「まだ麺が生ゆでだ」と、初めて食べた客からクレームがつくこともある、という話は有名だ。私も初めて食べたとき、そう思った。
その硬い麺が味噌スープに浸かってテーブルに出てくる。そのスープも、赤みその味が強くてのどにひっかかる濃さだ。
しかし、名古屋人はこの味噌煮込みが大好物だ。それが証拠に、名古屋には、路面店だけでなく、デパートに、地下街に、ショッピングセンターに、と、あらゆるところに味噌煮込うどん屋さんがある。
とても寒い日、そして逆に暑い日は特に人気で、路面店の味噌煮込み屋さんの駐車場は長い行列ができる。
席について注文をしてしばらくすると、一人分の土鍋に入れられた硬めの太いうどんが、ダシも味噌も濃いスープにぐつぐつと煮えたままテーブルに運ばれる。
あまりに熱いので、土鍋の蓋に麺をとりわけながらふうふうと息を吹きかけながら、冷ましつつ食べるのがコツだ。
寒い日や暑い日に、濃いめの味噌スープは本当にたまらない。
硬めのうどんのもっちりとした歯ごたえもたまらない。
鍋に落とされた生卵が半熟になったところを途中で割り、麺に卵の黄身をからめながら食べるのも、どうしようもなくたまらない。
今や私も大好物の名古屋めしである。
「味噌煮込みうどんが食べたくなってきた」とSNSでつぶやくと、何名かの名古屋の友人から「それを読んで、どうしても食べたくなって山本屋に行っちゃった!」などと、必ずコメントが付く。
それが、名古屋めしだ。
そして、小倉トースト。これは、この名前どおりの食べ物だ。
なにかの間違いではない。
その名のとおり、トーストにあんこがたっぷりと塗られている。
それにがぶりとかぶりつく。
あんこと、トースト、そしてバターの風味が口にひろがる。
「ああ、なんか初めての味。……甘くて、バターのコクがあって、焼けたパンが香ばしくて」
ふたくち目。
「……むう」
3くち目。
「……う~ん」
4くち目。
「……やめられない」
それが、名古屋めしである。
そう、初めての名古屋めしは、美味しいとかまずいとかの指標を持って食するものではない。
初回は、既存の「美味しい・まずい」という尺度を忘れ、その名古屋めしをただ「体験する」べし。すると、身体がその体験をありのまま記憶する。
すると、2度目に食べたとき、こう思う。
「……なんか、いい……。ああ、おいしい!!」
そう、そのときあなたの「おいしい」の範疇は前回の体験で広がっており、名古屋めしは2度目にして初めてあなたの「おいしい」尺度に組み込まれる。
そして、名古屋駅から新幹線に乗るとき、あなたはきっとこう思う。
「次に名古屋に来た時も、あのパスタを、あのうどんを、あのトーストを、絶対食べよう」と。
あなたは、身体に刻まれた名古屋めしの味を忘れることはできない。
この種の名古屋めしとして、ここで紹介したあんかけパスタ、味噌煮込みうどん、小倉トースト以外に、寿がきやのラーメン、名古屋駅新幹線ホームのきしめん、台湾ラーメン、味噌カツ、鉄板ナポリタンなどもあげられる。
果たして、名古屋めしとは何者なのか。
そう、名古屋めしとは、どうしようもなく「クセになる」食べ物なのだ。
名古屋めしは、2度食べよ。
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