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メディアグランプリ

もうひとつの桜前線。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:オノカオル(ライティング・ゼミ平日コース)

 

「なるほどですね」

と、その学生は言った。

その瞬間から、嫌な予感はしていた。

 

時刻は午前11時14分。

まだお昼には早いからか、オフィスのラウンジは人もまばらで、

就活生と二人きりでお茶をしていてもそこまで目立つことはない。

 

私はOB訪問を受けていた。

二年目や三年目の頃に比べれば

随分と少なくなったが、こうしてごく稀に訪問を受ける。

 

「御社にはコネ採用があるんですか?」

自己紹介もそこそこに、彼はそう尋ねてきた。

思わず「おい」と言いそうになった。

私は「ある」と答えた。

彼のメモ帳には「コネあり」と雑な文字が書き並べられた。

 

「体育会系の方はいるんですか?」とも、彼は尋ねた。

うっかり「おいおい」と言いそうになった。

私は「いる」と答えた。

メモ帳には「体育会いる」と書かれていた。

そのメモ書きについて突っ込もうか迷っていると、

彼はこう質問を続けた。

 

「僕ぐらいの大学だと、学歴で足切りされてしまうのでしょうか?」

その質問をされ、「おいおいおい」と言うかわりに私はこう返した。

 

「受けるのやめる?」

彼は豆鉄砲をくらったような顔をした。

こう付け加えた。

「学歴で足切りされるくらいなら、受けるのやめる?」

3秒ほど間があって、彼は「いえ、受けたいと思ってます」と答えた。

蚊の鳴くような声だった。

 

「OB訪問ぐらいはしといた方がいいらしいよ」

何となく周りがそう言っているから、

ただそれだけの理由で、彼は今この場にいるのかもしれない。

 

メールを出して日時を決めて会いさえすれば、何か就活のためになる話や、

その業界のキラキラした話が聞けるかもしれないと、

ぼんやりそう思っていたのかもしれない。

 

程度の差こそあれ、スタートは大体みんなこんなものだ。

こんな風に偉そうに書いているが、私の場合はもっとひどかったと思う。

 

 

1年間の留学生活を終えて帰国したばかりで、

なぜか根拠のない自信に満ち溢れていていた。

そして自分はNumberのスポーツライターになると信じて疑っていなかった。

 

「アスリートの知られざる素顔や見えざるストーリーにスポットライトをあてたい」

みたいなことを書いていたと思う。

真夜中に書いた勢いだけのラブレターみたいな文章を

何の恥ずかし気もなくエントリーシートに書き殴り、

コンビニで買ったペラペラの封筒に入れて提出した。

 

恋愛というのは不思議なものだ。

あるいは、男というのは愚かな生きものだ。

フラれるまで、自分のどこがいけなかったのか気づけないのだから。

 

選考書類提出後。

意気揚々と本屋に立ち寄り、“出版社を目指すキミへ”的な就活対策本を開き、

文藝春秋にまつわるページを真っ先に開いた。

他の出版社のページには目もくれなかった。

 

Numberのスポーツライターになりたかった私は、

愚かなことに文藝春秋しか受けておらず、

それ以外のページは眼中になかったのである。

 

そしてもちろんNumberは愛読していたが、

文春そのものはただの一度も、まともに読んだことがなかったのである。

 

まさに「センテンス・スプリング」である。

頭の中がお花畑なのだから、

エントリーシートの内容もめでたいに決まっている。

 

その本をめくる中、「こんな人は受からない」という

キャッチーなタイトルのコラムが目に飛び込んできた。

 

今でも忘れない。

「こんな人は」の“こんな”は全部で8項目ぐらいあり、

その内の7項目が私の書いたものと見事に合致していた。

というか、「俺のESを見て書いたんじゃないか」ぐらいな内容だった。

 

お花畑は、一瞬で焼け野原と化した。

 

さっき出した書類を返してもらおうと本屋を飛び出そうとしていた。

だが、提出したものは二度と戻らない。締め切りは守らなければいけない。

それが社会のルールだ。鉄則だ。

私は学生から社会人になろうとしていた。本人に、その意識がなかろうとだ。

当然、光の速さで私は落ちた。面接に呼ばれることもなく。

 

 

とまあ、そんな立派な経歴をお持ちの私が言うのもなんだが、

すべての就活は“勘違い”から始まっているケースが多い。

 

まず、自分の話をしない。

自分がご子息ご令嬢で生まれたわけではないのに、他人のコネ採用を気にする。

自分が体育会系なわけではないのに、体育会系の人々を気にしている。

やっと自分の話をしだすかと思ったら、今度は学歴に自信がないんですと言う。

ちょっと何かアドバイスすると、「◯◯って言えばいいってことですか?」と、

それが“正解”なのかどうか、訝しげに訊いてくる。

 

ちがうのだ。

そんなことが聞きたいのではないのだ。

あなたは何が得意で、あるいは何が好きで好きで仕方なくて、

近い将来、あるいは遠い未来で何を成し遂げたいのか。

それを、それだけを聞きたいのだ。

 

選考する側が学歴を見るとき、それは単に勉強ができるかどうかを見ているのではない。

“目標を立て、計画を練り、努力し、それをどこまでのレベルで実践出来たか”。

それを見られていると思った方がいい。個人的にはそう思っている。

 

体育会もそうだ。

たとえばあなたがこう言ったとしよう。

「僕は負けず嫌いな人間で、常に向上心を持って何事にも取り組みます」

 

そしてあなたの横に座る学生が、こう言ったとしよう。

「高校2年生のとき、甲子園に出場しました。

ベスト8止まりだったので、砂は持って帰りませんでした」

 

一人目の学生も二人目の学生も、結論はほぼ同じことを言っていると思う。

でも、受ける印象はまったく異なるとも思う。

 

甲子園の彼も負けず嫌いなのだ、向上心があるのだ。

“何事にも”というわけではないかもしれないが、ともかくきっと、

ひとつのことに徹底的に集中して取り組めるにちがいない。

 

で、どちらを採用したいか。

あるいはどちらの話をもう少し詳しく聞いてみたいか。

結果はおそらく、誰の目にも明らかだと思う。

 

もう少しだけ、自分の恥を晒そう。

就職活動を始めた頃の私は、

自分のサッカーキャリア全盛期だった“中学時代”の実績をアピールしていた。

成長して見る影もなくなったタレントさんが、

子役時代の雑誌の切り抜きを持ってきた感じだろうか。

自分の真横にU-20だった筑波のキャプテンが並ぶことさえ考えもせずに、

堂々と昔取った杵柄で呑気に餅をついていた。

 

「その土俵では勝負できない」そう、思い知らされる瞬間がきっとくる。

でも裏を返せば、すべての就活はそこから始まると思うのだ。

 

 

生まれてくる場所は選べない。

どんなに裕福な家庭に生まれたくても、それは選べない。

だから、ご子息ご令嬢に生まれなかったことを嘆く必要はない。

 

勉強が得意でなくてもいい。運動が苦手でもいい。

他にそいつらに負けない“何か”を持っていれば、それでいい。

結果が出ていれば尚いいが、そうでなくても努力や工夫の仕方で勝負はできる。

 

とんでもない誇張とか、大袈裟なでたらめとか、

嘘はいらない。というか、いけない。

嘘をつくのは、エイプリルフールぐらいでいい。

 

自分の良さが相手に伝わる何らかの経験を、

必ず誰もがしてきているはずなのだ。

20年以上、生きてきているのだから。

 

就活は、受験ともちがう。これといった正解がない。

どんなによくできた社会人でも、

自分が当時に出した“正解らしきもの”しか、

残念ながらお伝えすることはできない。

 

時代が変わればやり方も変わるし、企業も変わるし、何もかも変わる。

だからこそ、自分が積み重ねてきた経験の中から、

いまはこれが正解だ”と思えるものをぶつけていくしかない。

 

自分の中で何度も出し入れしながら、ときに大人からアドバイスを貰いながら、

「ほんとにそうだな」と思えば柔軟に修正し、「そこは譲れない」と思うなら

どうやったら伝わるかをひたすら考え抜く。それだけの話だ。

 

 

話をOB訪問の場に戻そう。

そこまでをなるべく柔らかく、かつ偉そうでなく、

そして極力ていねいに話すと、大体の学生はしばらく押し黙ることとなる。

 

でも、それでいいと思っている。

自分がいまどこに立っているかを把握することは、とても大切だ。

 

いつまでもお花畑にいちゃダメだ。

そこは、ちょっとした戦場なのだ。

 

他の誰でもないキミが“戦う”ことを選んだならば、

疲れることがあっても、傷つくことがあっても、

進まなきゃダメなんだ。

 

 

苦しくても自分の頭で悩んで、めんどくさくても自分の力で書いて、

恥ずかしくてもひとに見せて、イヤでも他人の助言や忠告に耳を傾け、

それを繰り返し積み上げていくことでしか、思い描いた場所には辿り着けない。

 

そしてあろうことか、それこそが“仕事”の原型なのだ。

自戒の念も込めて、私はそう学生に伝える。

 

だから今は、ライバルのことを無闇に気にする必要はない。

「むしろライバルは“自分自身”なのかもしれないね」と言いかけて、

さすがにそれはこちらも恥ずかしすぎて、言葉を止める。

 

「大丈夫。まだ始まったばかりだよ」

救いになるかはわからないが、そう伝えることにしている。

少なくとも、私の場合は間に合ったのだから。

 

だって、自分のことだろ?

自分がいちばん自分のこと、わかってるはずだよ。

“自分探し”なんかしなくても、そもそも自分は逃げたりしない。

 

大丈夫。

自分自身に言い聞かせるように、力強くそう学生に伝える。

 

 

その学生は、うーんとしばらく唸り、

諦めたように笑い、「なるほどですね」と言った。

私も笑って、「おい」と返した。

 

出直してきますと言って、

すっかり冷めてしまったコーヒーを返すその背中は、

思ったよりもうなだれていなかった。

 

 

今年も桜が開花した。

世の中を明るく照らす若きサクラたちが次々に花開くのは、

もう少しあとの季節になる。

 

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2017-04-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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