プロフェッショナル・ゼミ

ネットワークビジネスの現場を、斜め下から見た上での結論《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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【東京・福岡・京都・全国通信対応】《日曜コース》

記事:石村 英美子(プロフェッショナル・ゼミ)

「楽してお金を儲けたい」

そんなことをはっきり言えば、「それって人間としてどうなんだ」と思われるだろう。しかしながら、そう思ってない人なんかいるのだろうか。私なんか物凄く儲かりたい。楽して、なんなら愉しく儲かりたい。もっと言えば、何もせずに儲かりたい位に思っている。

しかし同時に「ま。そんな事ぁあるわけないがね」とも思っている。世の中の人の殆どの人はそう思っていて、しかも労働の対価として金銭を受け取るのだから「まっとう」で無いモノに対して嫌悪感があるのでは無いだろうか。その反応こそ至極「まっとう」だと思う。

私のお兄ちゃんは、若い頃すこーしその辺の認識が甘かったようだ。私の記憶にあるのは、半年ほどの音信不通ののち、実家に送られて来た内容証明だった。田舎者の母は「裁判」の文字が書かれたハガキを見ただけでうろたえていたのを覚えている。いわゆる連鎖販売ってヤツだ。

仕事を辞め、ちょっとばかりドロップアウトしちゃったお兄ちゃんは、そういう友人に誘われ、結構な量の商品を購入し(それが入会の条件)案の定、売り先もなく支払いは滞った。程なく、しょんぼりした兄は実家に連れ戻されて来た。居候していた友人宅から引き上げて来た荷物の半分は未開梱の「健康食品」が詰まったダンボール箱だった。おそらく費用は親が払ったのだと思う。

田舎でも多少は物事がわかるおじさんが居て、後始末をしてくれた。夜中の大人の会議を盗み聞きすると、おじさんはこんな風に言っていた。

「あのね、なんの商売でも簡単にはいかんのよ。でもあの人たちは上手に上手に誰でも出来るごつ言うんよ。そりゃ出来るよ。ものすご一生懸命したらね。そこはねぇ、言わんのよねぇ。それこそ上手よ。そういう商売なんよ」

連鎖販売。ネズミ講。ネットワークビジネス。
いろんな言い方はあるが、私は高校生の時点でその現場を見てしまったので、アホな大人になってもそれらに手を出すことは無かった。悪質なものもあるが、「買い物」をするだけなら、結構品質が良いものだってあることも知った。でも、拭えないのは嫌悪感だった。結局「上の方は楽してお金が儲かる」という構造がどうしても気持ち悪かった。

しかしある時、その考えが少し変わる事になる。

そのネットワークビジネスでは「成功者」と呼ばれる、1,000万円単位の高収益を上げる人たちが居た。階層構造の上の上の方、下々(失礼)の人たちにとってのスターだ。そのスターたちは、会社主催ではなく自費で講演会を行う。その講演会の仕事が舞い込んだのだ。

講演会は各地で行われるが、もちろん登壇するのは一人では無い。スター軍団たちのうち、数名がこのビジネスについて実体験に基づき話をするのだ。

で、この講演と講演の間を繋ぐ「幕間コント」が頂いたお仕事だった。私は当初、メイクで参加した。健康食品の会社だったので登場人物に「おばあちゃん」もしくは「おじいちゃん」が必須なのだ。舞台なので、大げさな老けメイクと動きでわかりやすくする必要があった。福岡、熊本の九州で行ったこのコントは評判も良く、人気・実力共にナンバーワンの「成功者」のお膝元、東北仙台でもオファーが来た。

「幕間コント」と言っても、講演に関係がないお話をやるわけではない。登壇者が4人なら三回、5人なら四回、前の登壇者と次に出る登壇者の体験談にリンクする形でコントは書かれる。脚本家さんは、事前にVTRで以前の講演をチェックし、登壇順にお話を書く。肝の情報をきちんと折り込みつつ、当時の薬事法に配慮しつつ、きちんとオチをつける。

箸休め的な意味合いがあるので、ライトで楽しいものが求められたが、実際やる方は大変だった。登壇の順番が変わってしまえば、コントの内容も変更を余儀なくれる。クライアントの意向も反映される。福岡から仙台に発つ直前まで脚本は変更され、メイクと役者の両方で参加した私は、頭がパンクしそうだった。

パンクしそうではあったが、本番前日の移動日には結構な遠足気分だった。機内では脚本に専念すべきだったが、どこで「ずんだ餅」を食べるか「牛タン」を食べに行く時間はあるか等、共演者とくっちゃべっている間に着いてしまった。だって、九州から東北へ行く機会などほぼ無いので、舞い上がってしまったのだ。福岡空港から仙台空港へ直行便があることさえ知らなかった。

仙台空港には、主催側のスター御自ら、大型のRV車で迎えに来て下さった。九州から来た我々に「こっち涼しいでしょ」なんて声かけながら、会場まで運転してくれた。何というか、ただの「気さくな兄ちゃん」だった。

全国の「成功者」さんたちのうち、その会場がホームの人が、その講演会を仕切る。スタッフはこのビジネスの「利用者」と呼ばれる一般の人たちがボランティアで行っている。照明の吊り込みはさすがにプロに頼んでいたが、音響と照明のオペレーション、会場の運営も全て、お揃いのTシャツを着たボランティアだった。

会場に着いた我々コントチームは、テクニカルチェックを待ってリハーサルを行った。登壇者は当日にならないと来ない。しかしコントとはいえ、マイクも照明の転換も使う我々は、リハをやらないとキャスト・スタッフともグズグズになるのが目に見えている。

実は、この時点でセリフをきちんと覚えている役者は一人も居なかった。コントチーム四人は全員脚本を持ったまま演技をした。お手伝いの方に「明日、大丈夫ですか?」と訊かれたので「照明と音響のきっかけを書き込むので、こういうリハは脚本持ってやるんですよ」とニッコリ笑って見せると、安心したようだった。我ながら、なかなかのアドリブであった。

そもそも「成功者」さんたちは何故自費で講演会を行うのか。この頃にはだいぶ捉え方が変わってきた。最初「後続の人たちのため、自分たちの実体験を共有したい」からと聞いて居たが、自分のビジネスの枝葉の末端の人たちの士気向上になれば、結局自分の収益となって戻ってくる「投資」なんだと思っていた。

しかし、どうやらそれだけでも無いようだ。なんだか「ただ楽しくて」やっている様子が見受けられる。ボランティアスタッフさんは真面目だし、素人さんなりに一生懸命やってくださる。我々のお弁当なんか「足りなかったらいけないので」と二倍の数用意してくれて居たし、「何がいいか分からなかったので」とあらゆる飲み物を用意してくれていた。あまりの歓待に恐縮してしまったが、それでも我々を「スターが呼んできた客」という認識でいる彼ら彼女らに、キラキラした目で「何かお手伝いあったら言ってくださいね」と言われると、少し甘えるくらいが礼儀だったのかもしれない。

この構造、何かに似てると思ったら、多分宝塚の出待ちとか、アイドルの追っかけとか、そういった心理かもしれない。しかもそれのもっと親しみやすいやつ。愛情と尊敬を集めるスターのために、一所懸命働く。それってきっと楽しいと思う。私も、大好きな俳優や作家の公演の手伝いに行くと張り切って働くので、気持ちはすごく良くわかる。その対象が、ビジネスの「成功者」だというだけだ。

リハはスムーズにはいかなかった。コントとはいえ芝居の音響・照明のきっかけは初めてやるには難しい。それでも進行を仕切っていたスターは決して怒らず「も1回やってみよう。大丈夫やればできるって何でも」とマイクで声をかけた。

何とかリハが終わり、スターは遠方から来た我々を食事に連れていってくれた。

「何がいいかと思ったけど、やっぱり牛タン食べたいでしょ?」
「いや、もちろん食べたいです」
「でも岩牡蠣も食べて欲しいから、大将に言って用意してもらったよ。牡蠣食べれない人いる?」
「か、牡蠣、大好きでーす」
「でかいよ岩牡蠣。よその人はびっくりするよ」

うん。ドサ回りの役者は、生ものをは食べちゃダメだ。どんなに美味しくても新鮮でも、絶対安全なんて言い切れない。しかしスターの満面の笑顔の前ではそんなことは言えなかった。その夜、我々はおもてなし料理を堪能した。牛タンはジューシーで、岩牡蠣は大きすぎて半分のところで包丁が入れてあった。生ビールだって、飲まないという選択肢は思いつかなかった。

お腹いっぱいで幸せになった我々四人は、青葉城通のホテルへ送ってもらった。そしてホテルの一室に集合し、稽古をした。そもそも、セリフが入ってなくて食事になんか行く余裕がなかったのに、ついつい行ってしまったツケを、深夜までかけて払った。そして幸い、お腹を壊す者は居なかった。

当日、タクシーで会場に向かうと、すでに正面入り口に人が並んでいた。集客予定は800人。全席自由なので、早くくれば前の席に座れるのだ。人気に驚きながら楽屋に入り、本番の準備をした。

全国から集まった「成功者」さんたちのお話は、控えめに言っても面白かった。波乱万丈な人生、挫折、裏切り、借金、大病、そして人の暖かさ。人が感動するコンテンツがてんこ盛りだった。そしてそれは全て実体験から語られるもので、説得力が違った。その合間を縫って、お気楽なコントを繰り広げる。本来なら、登壇者のお話をしっかり聞いた上で演じたいところだったが、まだセリフがふわっとしている我々は「あと15分!」などと言いながら、脚本にかじりついていた。

講演も盛況なら、コントもウケにウケた。あまりにウケるので「笑い待ち」という、笑いの音量が下がるまで次のセリフを言わずに待つ作業が必要だった。人生初の笑い待ちは、思った以上に難しかった。我々は何とか出番を終え、変な汗で冷えた衣装を着替えて大トリのスターの講演を聞いた。彼の講演は有名だった。途中から「井戸を掘る」というパフォーマンスをするそうなのだが、それが「泣ける」とのことだった。全く想像がつかなかったので、楽屋のモニターに張り付いてそれを見学した。

彼は、ひたすらに購入者を開拓することを「井戸掘り」になぞらえ、ひたすらひたすらスコップで井戸を掘るパントマイムを続けた。掘る。ひたすら掘る。しかし水は湧かない。それでも掘る。来る日も来る日も掘る。ピンマイクが彼の声と一緒に、次第に荒くなっていく息を拾う。舞台後方のスクリーンに大写しにされる彼の額から滴る汗。掘る、ひたすら掘る。でもまだ水は湧かない。音楽が次第に大きくなりシーンを煽る。会場中の意識が、彼に集中している。

ひときわ音楽が大きくなり、クライマックスにさしかかろうとした時、それは起きた。

火災報知器が鳴ったのだ。けたたましいベルの音と電子警報音が鳴り響く。セキュリティの設計上、会場のどこかで火災報知器が反応すると、全館一斉に警報が鳴り、客席舞台上問わず全ての照明が全点灯に変わる。実は、リハの時にも一度あった。ロビーの女子トイレの熱感知式警報機がタバコの火に反応したのだ。本番で鳴らなければいいと思っていたが、本当によりによってのタイミングで、講演は中断された。

ものの2分ほどで安全は確認された。舞台上に取り残された形のスターはどうするのか舞台袖から見ていたが、安全であることを観客に簡潔に伝えると、中空のスコップを握り直し、力強くこう言った。

「それでも僕は諦めません! 掘ります!」

彼はパフォーマンスを再開した。客席から「頑張れ!」と声援が飛んだ。照明と音響も、おっつけ元に戻った。元の、いやそれ以上の熱量で井戸を掘り続けた彼は、ついに水脈を掘り当て、湧き出る井戸と共に大団円を迎えた。

エンディングで、全員揃ってのカーテンコールを終え、各地の成功者たちを見送りながら、楽しげに「びっくりしたね〜」と握手する彼は、何というか、やはりスターだった。器が大きかった。トラブルがあっても、誰かを責めるわけでもなく、何ならトラブルのおかげで会場中の人にますます愛された。これはもう「持っている」と言ってもいいだろう。

全国の成功者たちも、我々を役名で呼んで労ってくれた。「楽しかったよ。みんな喜んでくれてたよ。ありがとう。また会いましょう」と。彼らは仕立ての良いスーツを着て、ゼロハリバートンのスーツケースを軽やかにさばきながら、タクシーに乗り込んで行った。

あまり経験のない仕事で、ぐったり疲れた。この夜ホテルに帰っても寝付けなかったので、昨日からの出来事を考えた。ネットワークビジネスで彼らは稼ぎに稼いでいるが決して楽して稼いでなんかいなかった事。それぞれの成功者さんたちは、別にこのビジネスでなくたって、あの熱量で何かに取り組めば何らか成功する人なのではないか。そして成功したから人気があるのではなく、人気があるから成功したのではないか。

いろんなことをとりとめもなく考え、いつの間にか眠りについた。

時々、SNSで急に連絡を取ってこようとする昔の知り合いがいる。
「会ってほしい人がいる」
「人生を良くしたいと思わない?」
こんな切り口で口説いてくるのは大体、連鎖販売か宗教だ。あなたも経験があるだろう。

それ自体がいいとも悪いとも思わない。うまい話なんてやはり存在しないし、それなりの収益を上げる「上の人」だって、それ相応の努力・労力を費やして成果を上げている。だから、やりたい人はやればいい。虚偽の取引でなければ、別に犯罪でもないのだし。

でも、考え足らずの兄と、トップクラスの成功者の両方を見る機会があった私には「絶対むり!」ということだけは分かる。無理無理、絶対むり! お金儲けにそんな努力ができる素養が、私には無い。

総じて、楽して○○はこの世には無い。しんどい思いをして、それで順当に何かが得られる程度だ。最近出入りしている本屋だって「人生が変わる」とは言っているが「努力もなしに」なんて一言も言ってない。

だから、明日からまた、コツコツと働き、コツコツと書くことにする。努力に対して妥当な報酬または成果が得られることを信じて。

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