大人のお店「ランジェリーはやま」《プロフェッショナル・ゼミ》
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記事:小堺ラム(プロフェッショナル・ゼミ)
「じゃんけんぽん! ち、よ、こ、れ、い、と」
「じゃんけんぽん! ぱ、い、な、つ、ぷ、る」
小学校からの帰り道、私は友達とけんけんぱをしながら帰っていた。
「あ、ちょっと見て! あれあれ! ショーウインドウ見て!」
「マネキンが赤いブラジャーしてるー、スケスケやんか!」
「すごーい」
「きゃー、エッチ!」
2ヶ月くらい前から、通学路の途中で工事が始まって、白い平べったい建物が建ちい始めた。
何ができるのか、小学校の4年2組のクラスメイトと噂していた。
昨日までは、平べったい建物という以外何もわからなかった。
今日になって、スケスケのブラジャーと、お尻がはみ出そうな、ヒモみたいなパンツを履いたマネキンがショーウインドウに飾ってあった。
「大人のお店 ランジェリーはやま」
「大人のおもちゃ 裏DVDあります」
ショーウインドウの上に、ピンク色の字で書かれた看板がかかっていた。
大人のお店……。
小学4年生の私は子供だから入れないのかな?
スケスケのブラジャーとヒモみたいなパンツと、他に何が売ってるのかな。
大人のおもちゃってなんだろう?
立ち止まったまま、ショーウインドウの前から動けなくなった。
スケスケのブラジャーを近くで見たら、白いマネキンの梅干しみたいな大きさの乳首がはっきりと見えた。
丸見えじゃん、と思った。
これ、誰か欲しい人いるのかな?
丸見えのスケスケブラジャー、ヒモみたいなお尻はみ出るパンツ。
これ、大人はみんな、着たいのかな?
「ちょっとー、ゆみこちゃん! 帰るよー!」
「待ってー!」
私は急いで、けんけんぱしながら、かなり先に進んで小さくなっている友達を追いかけた。
ガラガラガラ……。
「おーいみんな始めるぞー、座りなさい」
「きりーつ! れいっ」
「先生おはようございますっ」
私のクラス4年2組の担任は、鮫島圭太先生だ。
鮫島先生は、34歳。
結婚してない。
私のお母さんと同じ年齢。
他の学校の先生は、学校でいつもジャージを着ているのに鮫島先生は、本屋さんで見るかっこいいモデルさん表紙のお洋服の雑誌みたいな服をいつも着ている。
大学生のお兄さんがいるクラスメイトのかおりちゃんが、「あれってジャケパンスタイルなんだって」って言ってた。何がジャケで何がパンなのかわからないけど。とにかくそうらしい。
先生はクラスのみんなに人気がある。
昼休みも一緒にドッジボールをしてくれるし、授業もとっても面白い。
お母さんたちの評判も良くて学級参観もたくさんのお母さんたちがやってくる。
隣のおばちゃん先生のクラスよりも倍くらいのお母さんたちが授業を見に来た。
鮫島先生の授業が面白いからだと思う。
担任の先生が鮫島先生でよかったなあと思う。
「今日は、新しい仲間を紹介する。葉山! 入ってこい!」
鮫島先生が、教室のドアに向かっていうと、女の子が一人入って来た。
うそ、私とおんなじ4年生?
なんか、6年生よりも大人っぽい感じ。背も高いし。
おっぱいなんか、私のお母さんと同じくらいあるんじゃないの?
スッゲー。あれで4年生なんだ。
「葉山ゆりえ」
鮫島先生が黒板に大きく書いた。
「今日から、このクラスで一緒に勉強する葉山ゆりえさんだ。隣の市から転校して来た。家は国道沿いだそうだ。みんな仲良くして欲しい。葉山、みんなに何か話して」
「葉山ゆりえです。よろしくおねがいします」
「じゃあ、葉山、田中の隣の席に座って。わからないことあったらみんなに聞いて。みんなも教えてやってくれ。みんなも転校したら不安だらけになるから、そのことをちょっと想像して、思いやりを持って欲しい」
「はーい」
私は、はーい、と返事しながら、葉山さんが席に向かって歩く途中、運動場をバウンドするドッジボールみたいに、葉山さんのおっぱいが弾むのを見ていた。
そして自分のおっぱいをちょっと触ってみた。
私のおっぱいはこの前、算数で習った「水平」だった。
平等じゃないなあってちょっと思った。
社会の時間に、日本の憲法は国民は平等だって約束しているって習ったけど。
私と葉山さんのおっぱいは、平等じゃなかった。
なんか、自分が葉山さんに負けている気がして、悔しかった。
2時間目と3時間目の間にある15分の中休み。
女子は葉山さんの周りに集まっていた。
前の学校でなんて呼ばれてたの?
兄弟はいるの?
習い事は何してるの?
男子二人が遠巻きに見ながら、葉山さんの後ろから近づいて来た。
そして、「ブラジャーしてる、ブラジャー!」と葉山さんの背中を指差しながら逃げて行ってしまった。
指さされた葉山さんの背中に目をやると、お母さんが薄いシャツを着ている時に背中に見えているのとおんなじ、背中の真ん中の横一直線がうっすらとTシャツの上から透けて見えた。
心の中がちょっと苦しくなった。
また一つ、私は葉山さんに負けている気がした。
「もう、男子! バカじゃないの! 葉山さん、ごめんね。」
クラスメイトの声で、ハッとした。
鮫島先生も言ってたし、葉山さんは転校生で不安だから、仲良くしなきゃ、そう思った。
小学校からの帰り道、友達と葉山さんの話ばかりしていた。
葉山さん、なんか6年生みたいやなあ。
葉山さん、なんであんなにおっぱい大きいんかなあ。
私達も葉山さんみたいに、大人っぽくなりたいなあ。
いーなー葉山さん、いーなーいーなー。
みんなで並んで叫んだ。
今日はじゃんけんしたり、けんけんぱしたりする気持ちにはならなかった。
途中で大人のお店ランジェリーはやまの横を通りかかった。
今日もランジェリーはやまのショーウインドウは、スケスケの赤いブラジャーを着たマネキンが頑張っていた。
中休みに男子が指差した、葉山さんのTシャツからうっすらと見えるブラジャーの線を思い出した。
葉山さんも、こんなスケスケブラジャーしてるのかな?
歩くたびに運動場をバウンドするドッジボールのように弾んでいた葉山さんのおっきいおっぱいを思い出した。
ちょっと悔しくて口の中が酸っぱい味がした。
「ただいまー」
「おかえり」
「お母さん、お腹すいたー」
「手洗ってきなさいっ。カップケーキ焼いたから。うがいもしなさいね」
「やったー! ケーキケーキっ! カップケーキっ!」
急いで洗面所に行って、水道の水で手を濡らして、うがいをするふりをした。
「カップケーキ! カップケーキ!」
ドタバタと走って台所に入った。
テーブルの上に、私の掌と同じくらいの大きさの、マーマレードみたいな黄色い色したカップケーキが二つ、お皿に入れられてちょこんと乗っていた。
レーズン入りのカップケーキ。
カップケーキのてっぺんに乗っているレーズンが美味しそうだった。
二つ並んだレーズンが乗ったカップケーキを見つめていると、なんかおっぱいみたいに見えてきておかしくなってきた。
「お母さーん、見て見て、おっぱいみたい」
カップケーキを両手でそれぞれ掴んで、水平なおっぱいの上に当ててみた。
カップケーキのてっぺんのレーズンが、乳首みたいだなと思った。
「何してるのっ、あんた、バカやないね。女の子なんだからやめなさいっ。食べないなら返しなさいっ」
「えー、だっておっぱいに見えるんだもん」
「いい加減にしなさいっ」
「はーい」
私は、カップケーキを食べ始めた。
おっぱいに見えたカップケーキのてっぺんの乳首レーズンから、ガブリと口の中に入れた。
甘酸っぱいけどちょっと苦くもあるレーズンの味が口いっぱいに広がった。
チョコチップよりもレーズンは大人っぽい味だと思うから私は最近レーズンが好きだった。
乳首を口に入れたらどんな味がするのかな?
赤ちゃんじゃないから、もう覚えてない。
私の乳首はどんな味がするのかな?
そんなことをちょっとだけ考えたけど、カップケーキが甘くてとっても美味しかったから、すぐにそんな想像どこかに吹き飛んでしまった。
「お母さん、そういえば、大人のお店ってどんなお店?」
「大人のお店って、あんたなんてこと言ってんの!」
「だってさあ、通学路にできたんだもん。大人のお店ランジェリーはやま。スケスケのブラジャーが飾ってあった」
「そんなのできたって、通学路を変えてもらわないといけないわね。鮫島先生に相談しようかしら」
「ねえねえ、大人のお店って何? 何が売ってるの?」
「もう、あんたはそんなの知らなくていいから。カップケーキ食べたら早く宿題しなさいっ」
「はーい」
私はお母さんに言われて、自分の部屋に行った。
ランドセルから理科の教科書とノートを取り出した。
今日の宿題は、花の断面をノートに書いて、雄しべと雌しべまでわかるように花の作りを覚える宿題だった。
「一つの花の中に男の子と女の子があるんだよ」と鮫島先生が言っていた。
あんなに狭い花の中に男子と一緒にいたら、ちょっと恥ずかしくなるだろうなあと思うと、お腹がムズムズした。
宿題を終わってベッドの上に寝転んでいたらいつのまにか寝てしまった。
目が覚めたら、真っ暗だった。
トイレに行きたかった。
あれからずっと寝ていたのか?
時計を見たら夜の1時だった。
「もう、お母さん、なんで起こしてくれなかったんだよう」
文句を言いながらトイレに行くため廊下を歩いた。
お父さんとお母さんの部屋のドアの隙間から光が漏れていた。
「まだ起きてるのかな? 大人はすごいな」
お母さんたちの部屋のドアをなんとなく見た。
お母さんののけぞった裸の背中がベッドの上に見えた。
大人のお店はやまのショーウインドウのマネキンが着ていたようなヒモみたいなパンツをお母さんは着ていた。
見たらいけないものを見てしまったような気がした。
お母さんに気がつかれないように、猫みたいに静かに静かに廊下を歩いた。
トイレでおしっこをしている時、胸がドキドキした。
マラソンの後と同じみたいだった。
自分の部屋に戻っても、お母さんの裸の背中と小さすぎるパンツの事ばっかり考えて眠れなかった。
部屋で何をしてるんだろうと思った。
次の日、学校に行くと、黒板に赤いチョークでブラジャーらしき絵が書いてあり、その隣に「大人のお店はやま」と書いてあった。
朝の会でそれを見た鮫島先生が、こんなのは今度から書いちゃダメだとみんなに言った。
昼休み、給食のカレーを食べながら同じ班の女子が私に囁いた。
「転校生の葉山さんって大人のお店ランジェリーはやまのお店の子だってよ」
給食のカレーはお母さんが作るカレーよりも辛くなかったのに、汗がじんわりと噴き出してきた。
葉山さんが大人のお店の子だって。
ショーウインドウでさえあんなにスケスケのブラジャーが飾ってあるんだから、お店の中はもっとすごいに違いない。
あんなお店の子だから、あんなにエッチな雰囲気なんだ。
大人のお店って私達みたいな子供は入れないんだろうな。
でも、お店の子だから葉山さんは小学4年生の子供でも「大人のお店ランジェリーはやま」に入れるんだ。
葉山さんはクラスメイトだけど、私よりも一足もふた足も速く大人の世界に行ってしまっているようで、それがとっても羨ましかった。
帰り道、葉山さんが本当に「大人のお店ランジェリーはやま」のお店の子供なのか確かめるため、後をつけることにした。
いつも一緒に帰っている友達には、今日はちょっと早く帰らないといけないからと言って、校舎を出た葉山さんの後をこっそりとつけて行った。
探偵みたいな気分だった。
すると葉山さんは、校門を出て「大人のお店ランジェリーはやま」とは違う方向に歩き出した。
葉山さんは私と同じ、水色のランドセルをからっていた。
あんなに大人みたいなのに、ランドセルをからっていて、ランドセルと葉山さんが合ってなくて変だなあと思った。
葉山さんは、コウダンと呼ばれている団地に入って行った。
葉山さんが「大人のお店ランジェリーはやま」に入っていかなかったので、ちょっとホッとした。
でも、同時にがっかりした気持ちもあった。
水色のランドセルをからった葉山さんが、スケスケの赤いブラジャーとヒモみたいなパンツを着たマネキンが飾ってあるお店に入って行くところを見てみたかった。
「ただいまー」
玄関のドアを開けようとしたら鍵がかかっていた。
あ、そうか。今日、お母さん残業だと言っていたわ。
鍵を自分で開けて、家に入った。
手を洗って、テーブルに置かれていたお母さんが焼いたクッキーを食べて、自分の部屋に行こうとした。
お母さんとお父さんの部屋のドアが全部開いていた。
この前の夜見たお母さんののけぞった裸の背中とヒモみたいな小さいパンツ。
お母さん、あんなパンツ持ってたんだ。
黙って部屋に入る。
部屋の窓際に置いているタンスに近づいた。
引き出しを下から順番に開けた。
お父さんのシャツばかりの引き出し。
お母さんのセーターやズボンが入った引き出し。
順々に開けながら、ドキドキしてきた。
自分の家のタンスの引き出しを開けているだけなのに、泥棒って、今の私みたいにドキドキするんだろうなって、泥棒の気持ちがわかるような気がした。
下から4段目の棚を開けると、ブラジャーやパンツが入っていた。
いつも洗濯物で見慣れている、薄いピンクとかベージュ色のブラジャーと、あんまり可愛くない飾りがついてないパンツがたくさん入っていた。
ホッとした。
でも、でも、あの夜お母さんが履いていたヒモみたいなパンツは?
どこにあるの?
ホッとしたままでよかったのに、気になる気持ちがどんどん大きくなった。
私はベージュ色のブラジャーと可愛くないパンツが入っている引き出しを掘った。
芋掘りの時みたいに掘った。
小さな手のひらの大きさくらいの紙袋があった。
この中を見ると、この前お母さんが履いていたヒモみたいな例のパンツが入っていた。
手に取って広げた。
ものすごく小さかった。
私のパンツよりも小さかった。
ツルツルした、真珠みたいな色の布だった。
私のパンツみたいに、「綿」って書かれた強そうな生地と違った。
優しい生地だった。
触るだけでうっとりした気持ちになった。
このパンツは、両脇が黒いヒモになっていた。
そんなパンツ見たのが初めてだったので、びっくりした。
大人のお店「はやま」のショーウインドウでマネキンが着ていてもおかしくないようなデザインだった。
これって履いて、ヒモが取れたらどうするんかいな?
歩いている時にヒモが取れたらパンツが落ちてしまうよね。
想像したらおかしかった。
おへその下くらいには、黒い蝶々の刺繍がしてあった。
この蝶々はモンシロチョウじゃなくてアゲハチョウだろうなと思った。
モンシロチョウは、私の「綿」のパンツには似合う。
でも、この優しい生地のうっとりするヒモのパンツとは合わない気がする。
アゲハチョウなら、なんかぴったりだなあと思った。
私のアゲハチョウが似合う大人に早くなりたいなあ。
パンツを手に広げて見ていると、これを履いてみたい。
このパンツを履いて、大人になった気分を味わってみたかった。
後ろを振り返る。
まだお母さんは帰ってこないだろう。
自分が履いている「綿」のパンツを脱いで、アゲハチョウのパンツを履いた。
両脇のヒモがツルツルして、手が滑り、とても結びにくかった。
大人はなんて大変なパンツを履くんだろう。私のパンツの方が楽なのになと思った。
履いてみると、ひんやりした。
そして、とっても柔らかかった。
ちょっとごわごわしているいつもの自分のパンツと全然違った。
スカートを脱いで、鏡の前に立った。
お母さんの鏡に私の全身が映った。
おへそのずっとずっと下の所を、ちょっとだけ隠しているような頼りないヒモのパンツ。
上に着ていたTシャツを脱いだ。
水平なおっぱいの私、アゲハチョウの刺繍のうっとりする生地のヒモのパンツ。
おっぱいが大きくなったら、このパンツも似合うようになるのかな。
大人になりたい。
自分の水平なおっぱいを両手で撫でた。
転校生の葉山さんのおっぱいを思い出す。
葉山さんは、このパンツ似合うだろうな。
「クシュん」
くしゃみが出た。
いつまでも裸で鏡の前に立っていたからかもしれない。
お母さんのパンツを脱いで、そっとタンスの引き出しに戻した。
そして、いつもの慣れた綿のおへその上まであるパンツを履いて、スカートを履き、Tシャツを着た。
お母さんたちの部屋を出て、自分の部屋に戻ったところで、お母さんが帰ってきた。
「ただいまー、あんたおやつ食べたの? 宿題は?」
「う、うん、しゅ、宿題はまだ」
「なんかあったの? あんた。様子がおかしい」
「いや、別に……」
私はどぎまぎした。
お母さんのパンツを履いたことがバレたら怒られるだけでは済まないと思ったからだ。
きちんと畳んで元の通り袋に入れて戻したから大丈夫、大丈夫。
そう自分に言い聞かせた。
「変な子ねえ。なんか大人しくしちゃって。まあいいわ。それよりも、担任の鮫島先生、授業はちゃんとしてるの? あんたたち、なんか変なことされたりしてない?」
「変なって、どんなこと?」
「えーっと、それは……」
今度はお母さんが口ごもった。
「鮫島先生の授業は面白いよ。昼休みもドッジボールで遊んでくれるし。なんで?」
私はパンツを隠れて履いたことをバレたくなかったので、お母さんがそれ以上何も言わないことをいいことに、自分の部屋に戻った。
そして、自分のタンスの引き出しから持っていたパンツを全部出した。
お母さんが買ってくれたパンツ。
今度、お店で自分で選ばせてもらおう。
アゲハチョウみたいなパンツはないかもしれないけど、今よりもおへそより下のところまでしかない、小さくて可愛いパンツを履きたい。
私は柔らかくて綺麗な色の、小さなパンツばかりが自分のタンスの棚を埋め尽くしているのを想像して、とても幸せになった。
なんだかお腹までいっぱいになってきて、夜ご飯はもういらないと思った。
夜ご飯はいらないってお母さんに言って、私はお父さんとお母さんがご飯を食べている時に、横のリビングでテレビを見ていた。
お母さんがお父さんに話しているのが聞こえる。
通学路に大人のお店が出来て、子供たちがざわついていること。
お店の娘さんが、私と同じ小学校の4年生として通学しているらしいこと。
大人のお店の前にある大人の自動販売機で大人のおもちゃが売られていること。
その自動販売機は、運転免許証を入れて年齢を確認しないと買えないこと。
自動販売機で大人のおもちゃを買った人で、買った後に年齢確認した後の運転免許証を忘れた人がいること。
その、運転免許証を取り忘れた人は、鮫島先生らしいこと。
大好きなお笑い番組を見ていた私は、コントなんて何にも聞こえなくなって、お母さんの話ばかり聞いていた。
やっぱり転校生の葉山さんは、「大人のお店ランジェリーはやま」の子供なんだ。
歩くたびに弾む葉山さんのおっぱいと、それを包むブラジヤー。
とても小学4年生に見えない葉山さん。
きっとアゲハチョウのヒモパンツも似合うに違いない。
「大人のお店ランジェリーはやま」の子供だと聞くと、とても合っていると思った。
葉山さんのタンスの引き出しには、どんなパンツが並んでいるのかな?
きっと私みたいな、ダサい「綿」の白いパンツばかりじゃなくて、赤とか黄色とか、黒とか、小さいヒモみたいなパンツがたくさん入っているんだろうなあ。
いいなあ葉山さん。
私より早く大人になれて。
葉山さんを羨ましく思う気持ちと一緒に、鮫島先生のことをちょっと汚いと思う気持ちが湧いた。
大人のおもちゃが何なのかは知らない。
でも、きっと楽しいものではないような気がする。
何かイケないもののような気がする。
授業がとっても面白い鮫島先生。
昼休みにドッジボールで遊んでくれる鮫島先生。
男子にも女子にも人気があった鮫島先生。
今まで鮫島先生にハイタッチしたり、女子は競い合って手を繋ぎたがったりした。
先生が好きだったからだ。
でも明日からは、鮫島先生に触るのは嫌だなと思った。
理由はわからない。
でも、なんかもう、ハイタッチとかはやめようと思った。
お父さんがお母さんに言う声が聞こえる。
「鮫島先生もいい大人なんだし。独身だし健康な男なんだから。多めに見てやれよ」
「でも、あなた。教育者なんだから。鮫島先生は。考えていただかないと」
ちょっとヒステリックな声のお母さん。
今日のお母さんは、アゲハチョウのパンツを履くのかな?
ちょっと前の夜、お母さんたちの部屋を覗き見た時の、ベッドの上で反り返った裸の背中のお母さんは何をしてたんだろう。
私も大人になったらそんなことするのかな?
夜、ベッドの上で、柔らかい優しい生地の小さいパンツを履いて。
裸の背中で反り返るのかな?
ねえ、お母さん何をしていたの?
明日学校で鮫島先生に聞いたら、この疑問がわかるかな?
いや、でも鮫島先生にはもう聞けない。
あ、そうだ、葉山さんに聞いてみよう!
私よりも一足先に大人になってそうだから。
そうだ、そうしよう。
翌日、私は小学校の中休みに葉山さんに話しかけた。
ランドセルの色、一緒だね。水色が好きなの?と聞いた。
葉山さんは「水色、好きよ」と私に笑顔で言った。
私は、この時、そうか、葉山さんは水色が好きなのか、今日のブラジャーも水色なのかなと思った。
でも、そんなこと考えてることなんて黙って、その日一緒に帰る約束だけした。
帰り道、校門を出て私は葉山さんに聞いた。
大人のお店の子供なのかと。
葉山さんはうなづいた。
それでいじめられたりするかもしれないから、黙っていた、他の人には言わないでねと葉山さんは私に言った。
私は、「うん。でも、大人のお店に入らせてよ。だったら黙っといてあげる」と言った。
葉山さんは「わかったわ、いいわよ」と言った。
私と葉山さんは手を繋いで「大人のお店ランジェリーはやま」まで、お揃いの水色のランドセルをからったまま歩いた。
「大人のお店ランジェリーはやま」の入り口に着いた。
入りたいとせがんだのは私だけど、入り口で少し怖くなった。
葉山さんが「大丈夫よ、怖くないわ」と言った。
私の手を離さずに、繋いだままお店のドアをギイーと開けた。
薄暗い照明のお店。
たくさんの棚があって、かけられたハンガーには小学校で使っている絵の具の色24色よりも、もっともっと多い色のパンツやブラジャーがかけられていた。
どれもこれも、アゲハチョウよりも美しいデザインで、ヒラヒラしていた。
夢の国に来たみたいだった。
とても綺麗だった。
私はもっとたくさんのパンツを見たいと思って、すだれがかかって見えなくしてあるお店の奥に進もうとした。
葉山さんが私の背中に言った。
「そっちは入っちゃダメよ」
私は足を止めて、葉山さんの方を振り返った。
その時葉山さんの顔が引きつっているのがわかった。
「先生、鮫島先生?」
葉山さんが小さな声で言った。
私が葉山さんから止められた、本当は進みたかったお店の奥のすだれから、鮫島先生が現れた。
私達を見て、鮫島先生は動かなかった。
鮫島先生は、手に黒い鞭を持っていた。
鞭は一度、熊のサーカスを見に行った時にサーカスの人が使っていたから知っていた。
鮫島先生は、鞭と一緒にお巡りさんが持っているような手錠も持っていた。
先生は鞭と手錠を何に使うんだろう?
葉山さんに聞こうかなあと思った。
でも、やめた。
私は小学4年生の子供だ。
だけど、鮫島先生は鞭と手錠を、何かイケナイことに使うんだろうなということだけはなんとなくわかった。
ちょっと前の日の夜、家で、お父さんとお母さんの部屋を覗いた時、お母さんがベッドの上で裸でのけぞっていたのを思い出した。
鮫島先生は、ベッドの上できっと使うんだろうな。
私は、私達の顔を見て固まっている鮫島先生に近づいた。
そして言った。
「先生、黙っといてあげる。大人のおもちゃ買ったこと、黙っといてあげる。私子供じゃないから、黙っといてあげる」
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